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破れたその先



※転生現代パロにより閲覧注意


夢を見る。
毎日毎日同じ夢を見て、同じ目覚め方をする。
夢の中の私は、時代劇でしか知識がなくても豪華だと分かる調度品が備えてある和室で、艶やかな着物に身を包んでいた。
表情を綻ばせたと思うと、いつも現れる大きな手。
来いよのたった一言に嬉しそうに笑う私は、差し出された手に自分の手を重ねるのだが、夢は必ずここで途切れて、続きを見る事は叶わないまま。
私へと差し出される手の大きさや骨格、一言だけ発せられた声で相手が男性だという事は分かったが、それだけだ。
何故毎日同じ内容の夢を見るのか、何か意味があるのか、考えても分かる訳はなく、本屋で夢診断と書かれた占いの本を読んでみても、何も成果は得られなかった。
着物姿の自分に違和感もなく、寧ろしっくりとくる不思議な感覚に首を傾げる事もあったが、所詮は夢だと然程気にはしなかった。
今は夢よりも夏祭りの事を考えようと、頭を切り替えて朝食を掻き込んだ。
今日は夕方から夏祭りがある。
毎年近所の神社で開催される夏祭りだ。
こういった催しがない限り着る機会がない浴衣を箪笥から引っ張り出し、昨日のうちに虫干しを済ませてある。
あとは着付けて、軽く化粧を施し、髪を結い上げて出掛ける準備が整う。
滅多にしないおめかしに胸が弾んで、あと数時間で始まる夏祭りにわくわくと心が躍った。

夏祭りには幼馴染みの庄吾と行く約束をしている。
小さな頃からよく一緒に遊び、数える程しか喧嘩をした事がないくらい仲が良い。
楽しみにしていた約束の時間となり、カラコロと慣れない下駄を鳴らして待ち合わせの場所へと向かった。
変じゃないかと自分を見下ろして、やはり和服がしっくりとくる感じに、変なのと小さく呟いた。

「おーい、なまえー!」

待ち合わせ場所に着く前に、後ろから聞き慣れた声で名前を呼ばれて振り返る。
大きく手を振りながら駆けてくるのは幼馴染み。
足を止めて合流を計ると、庄吾はすぐに追い付いてきて、息を弾ませて私の隣に並んだ。
肩を並べて歩き出し、既に視界に入ってきている祭りの灯りに、楽しみだねと二人で笑い合った。

笑い合っていたはずなのだが、何がどうしてこうなったのか。
飲み物を買ってくるから待っててくれと言って離れた庄吾がいつになっても帰ってこない。
腕時計に目をやると10分は経っている。
とっくに戻ってきていい時間だが、一向に姿が見えないので、痺れを切らして探しに行こうと一歩足を踏み出した時、進行を塞ぐように二人の見知らぬ男性が声をかけてきた。
あまり体験をした事がないので固まってしまったが、どうやら私は今ナンパにあっているらしい。
どう対応していいのか分からずおろおろと困り果てていると、腕を掴まれてやばいと焦った。
このままでは連れて行かれると鈍い私にも分かる。
庄吾!と心の中で頼れる幼馴染みに助けを呼んだ。

「おい、何してんだよ」

助けを呼ぶ声は空しく、届きはしなかったようだ。
また新たな男性が一人現れて、今の状況から抜け出せそうになくなった。
離してくれればいいものを、私の腕を掴んだまま言い合いを始める三人を恐る恐る見た。
瞬間、あれ…と思わず声に出してしまった。
一斉に視線を感じたが、後から現れた人から目が離せなかった。
毛先を跳ねさせた茶髪に一部のアクセント。
和柄があしらわれた赤いTシャツ。
そして、光の加減でオレンジにも見える明るい茶色の澄んだ目。
私はこの人を知っている。
会った事はないはずだ。
これだけ綺麗な顔立ちをした男性と出会ったら忘れる事はないだろう。
では一体どこで彼を見たのか、さっぱり思い出せない。
瞬きをするのも忘れてじっと見入っていると、私に向かって差し出された大きな手。

「来いよ」

目を見開いた。
これはまるで、毎日見るあの夢と同じではないか。
着ている服も、場所も、何もかも違うというのに、私には夢と重なって見えた。

本当に私は彼を知っているのかも分からないし、助けてくれる素振りを見せてもそれが嘘なのか真なのか分からない。
それなのに、この人なら大丈夫だという確信があった。
何より、考えるよりも先に体が動いていた。
掴まれた腕から強引に手を引き剥がし、すぐにでも駆け寄りたい衝動に駆られて真っ直ぐに彼の元へと進んだ。
届いた手を握ると、きゅっと握り返されて胸が高鳴る。
どうしてこんなにドキドキするのかという疑問を置いて、行こうかと言って歩き出す彼について行った。

「ここまで来れば、もう大丈夫だろ」

しばらく無言で歩き続け人混みを掻き分けると、簡易だが机と椅子が並んだ休憩所が見えた。
どうやら座れる場所まで誘導してくれたらしい。
本当に親切に助けてくれた彼に、少しでも疑ってしまって申し訳ない気持ちになった。

「あの、ありがとうございました。助かりました」

「変なのに引っ掛からないように気をつけろよ」

言いながら繋がれていた手が離されて、寂しいと思った。
失った温もりにどうしようもない寂寥感が込み上げてきて、やり場のなくなった手を軽く握った。
手に残った彼の温もりを閉じ込めるような仕草に、何をしているんだと己に問いかける。
助けてもらった上に優しく接してもらったのだ、しっかりと見送ろうと、背中を見せて立ち去る彼を見つめた。
もう一度改めて礼を言おうとした時、顔だけを振り向かせて彼が言った。

「じゃあな、なまえ」

名乗っていないのにどうして彼は私の名前を知っているのか。
どうして、そんなに悲しそうな顔で笑うのか。
不審に思わなければいけない事なのに、名前を呼ばれて胸が熱くなる私もおかしい。
やはり私は彼を知っていて、彼も私を知っている。
会った事がないであろう人に名前を呼ばれて歓喜し、温もりを感じて安心するのは何故だ。
必死に考えを巡らせても答えは出ない。
今分かる事と言えば、少しずつ距離が出来ていく彼とまだ一緒にいたいと思う不可思議な気持ちだけ。

「待って」

早く呼び止めなければ彼が行ってしまう。
次があるのかも分からないのに、もう会えないかもしれないのに、このまま別れるのはどうにも耐え難い。
初めての対面だろうがどうでもいい。
私は二度と彼と離れたくはない。

「待って、鷹司!」

自分の声に自分で驚いた。
決して声の大きさに驚いた訳ではない。
自分の口から出た名前に驚愕した。
遠ざかった彼がぴたりと足を止めて体ごと振り返る。
どうやら彼に声が届いたらしい様子に安堵する。
一歩、二歩と、ゆっくりとした足取りで私の元へと戻ってくる彼は、信じられないものを見るように探り探り私を見る。
最早数え切れない程の疑問が私達の間を飛び交っていて、彼も私も何が起きているのか、しっかりと把握出来ていないだろう。
しかし、当たり前のようにこれだけは言わなければならないと、伝えなければならないと、直感して震える口を開いた。

「一緒にいたいの、あなたと」

想いを言葉にした時、近くで遊んでいた子供の水風船が地面に落ちて割れた。
水の弾け散る音が耳に入ってきて、子供が残念そうに肩を落とす。
破れた水風船が自分の事のように思えて息を飲んだ。
言葉もなく伸びてきた彼の手が私の頬を撫でて、たったそれだけの事で心が浮き足立つ。
彼の温かさに意味も分からず涙が出そうだった。
ただ大きいだけではない優しい手も、躊躇いながらも嬉しそうに笑う顔も、何一つとして譲れないと思った。
理由は後でいくらでも考えればいい。
きっと彼も手伝ってくれると、訳の分からない自信がある。
今は…いや、多分これからも、他の誰でもない、彼の温もりを欲するだろう。
戸惑いながらももっと彼を知りたいと、強く思っている自分がいるとはっきり分かる。
そして私は気付いてしまった。
破れた水風船は、もう元には戻らないのだと。


BGM:水風船(藤田麻衣子)
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リスペクトしている藤田麻衣子さんの曲を引用して書かせていただきました。