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囚われの身の上


壁際に詰め寄られて、正面には射抜かれるのではないかと思うほどの視線を注いでくる赤い瞳。
長い腕に退路を絶たれて、私は逃げる事も抗う事も出来ずにいた。
俯きたくとも顎にかかった手が許してはくれず、目を逸らしておろおろとする事しか出来ない。
どうにか現状を打破しようと懸命に思考を巡らせてみるものの、私を捕らえた赤い瞳のせいで上手く頭が回らない。

「聞かせてもらおう、レディ。一体何をしようとしていた?」

問われてびくっと体を震わせる様は、まるで蛇に睨まれた蛙のようだと怯えながらも客観的に思う。
ほんの出来心で行動してしまった少し前の自分を責めたい気持ちに駆られ、心の内で己を叱咤した。

事の始まりは数分前に遡る。
ブラッドレイ邸でしばらくの間預かってもらう事になった私は、誰かと顔を合わせるでもなく、宛がわれた部屋に一人で過ごしていた。
閉じ込められたと言っても過言ではない対応に憤りを感じていたが、共に訪れたアレクの身も心配であったし、味方でいると言ってくれたユアンに助けられながら、ひたすらに兄であるラッド様からの連絡を待った。

そうして過ごす事数日。
ローガン様の私室に呼ばれた私は、ユアンも仕事で出払っている今、大人しく従う他なくノックで断りを入れて入室したが、呼び出した当人は不在。
このまま部屋に戻って煩く咎められても面倒なので、仕方なく待っていようと部屋の隅に移動したところで、ふとソファの背もたれに乱雑にかけられたコートが目に入った。
柔らかなファーで包まれた襟元が印象的なロングコートは見覚えのある物で、ローガン様が愛用している物だと一目で分かった。
些細な点にまで拘りを持つローガン様が愛用品を乱雑に置いて去るとは、余程忙しいらしい。
余計な世話かもしれないが、せめてクローゼットに納めておいて差し上げようと、抱き上げるように丁寧にコートを手にするとふわりと鼻を掠める香りに動きを止めた。
もしかしてとコートに顔を寄せると、やはり香りの出所は腕の中にあるコートのようだ。
普段ローガン様が見に付けている香水の香りだろうと難なく予測出来た。
さっぱりとしていてくどくなく、その中にある少しの甘さが気分を和らげる。
香水一つからでも品の良さが伺えた。

「何をしている」

感心してコートを眺めていると、突然ガチャリと音をたてて開いた扉から部屋の主が現れ、いけないと思った時には既に遅かった。
コートを手にした私を見るなり、眉尻を上げて問われる。
ゆっくりと歩み寄ってくるローガン様から逃げる事は叶わず、距離が詰まれば一歩下がってを繰り返し、とうとう壁に行き着き冒頭に至る。

「…コートをかけて差し上げようとしただけです」

下手に取り繕うより素直に話した方がいいだろうと重い口を開いた。
目の前から感じる威圧感に負けじと、真っ直ぐにローガン様と目を合わせて言う。
親切心でやった事だ。
悪い事など何もしていないし、そう下手に出なくてもいいはず。

「勝手に触れられたくはないんだが?」

正論を返されて言葉に詰まる。
確かに、そう親しくもない間柄の人に私物を気安く触れられていい気はしないだろう。
今回はこちらに非があったので、本当に余計な世話であった事に肩を落としながらすみませんと詫びた。
分かればいいと言いながら私の腕からコートを奪い取ると、だが、と言葉を続けられて改めてローガン様を見上げる。
見上げると同時に、ふんわりと再び品の良い香りに辺りを包まれた。
何が起きたのかすぐには把握出来ずに数度瞬きを繰り返す。
まさかと思うものの、肩に乗った重みと全身に感じる温もりは私に纏わり離れない。
そっと自身を見下ろすと、ローガン様の手に渡ったはずのコートが私を包み込んでいた。

「えっと、ローガン様?」

「なんだ」

「これは、どういう…」

「コートを掛けた」

コートを掛けるのはクローゼットではないのか。
意味が分からず、えっとと繰り返すだけで次の言葉が出てこない。
どうしたものかと眉を寄せると、ふっと口端で笑うローガン様に目を見開いた。
当初の嫌味な笑みではないものに驚いて目が離せない。

「悪くないな」

何故かは自分でも分からない。
妙に羞恥を感じて、熱くなった顔を俯かせた。
こんな事になるのなら、本当に余計な手出しなどするのではなかった。
やはりこの屋敷に長居はしたくないと改めて感じ、目を伏せて兄を想う。

「レディ、君は本当に面白い」

笑みを絶やさず尚も私を眺めて言うローガン様に、あとどれほど囚われていなければならないのか。
考えると気が重い。
思い通りにさせる訳にはいかないと、コートの肩口をぎゅっと強く握った。

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久遠寺様の素敵なローガンレディのイラストを拝見して、つい書かせていただきました。
一応ラッドルートの設定でまた勝手に書かせてもらったのですが、ツッコミ所満載すぎる上にローガン様こんなんちゃうやろって自分で自分に突っ込みながら書いた撃沈。
イラストは本当に素敵でほわほわ美女なのに泣きそう…!
思わず筆をとったもののこれが私の限界でございました。