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青い、青い…



携帯を手に取り届いたメール画面を開く。
一週間前の日付のそれは、会社の飲み会の案内だ。
部署が異動になってから一年が立つ。
久しぶりに会おうと、前に所属していた部署の人達からの誘いだった。
行くと返事をしたのは、もしかしたら会えるかもしれないと淡い期待があったから。
会える事はもうないと分かっていながら、つい姿を探してしまう。
未練がましいと思っても、やめられるものではなかった。

よく二人で並んで歩いた並木道を一人で歩く。
いつも俺が待たせてばかりいた駅に着いても、求めている姿はやはりない。
ホームの上を抜けていく雲だけが、そこにあるだけだった。
寂れた青いベンチが新しくなっている事に時間の経過を感じさせられて、堪らなくなって腰かけた。
珍しく俺が遅刻をしなかった時、このベンチで待っていた事を覚えている。
その時名前を呼ばれて顔を上げると、手を振りながら駆けて来てくれた。
顔も、声も、仕草も、全て記憶の中にあるのに、本人はここにはいなくて、記憶の中でだけ生きている。

青いベンチをそっと撫でた。
時間が経つのは思ったよりも早くて、今まで共に過ごした季節を、もう何度も一人で過ごした。
季節達は想いを掻き消すどころか甦らせるばかりで、気付かない程遠い存在になってしまったのだと気付かされる。
このベンチさえもが、遠く感じさせるのだ。

秘めていないで言えばよかった。
喉を痛めるくらいに、枯れるのではないかと思うほど、声を大にして、叫びかという勢いで。
好きだと、伝えればよかった。
後悔ばかりが残る。
現代に帰ってきてから後悔ばかりだ。
どこにいても、何をしてても、会いたくて仕方がない。
帰って来れて嬉しいはずなのに素直に喜べない。
ただ一人、貴女だけがいない。
それだけで心の置き場がない。
俺だけが思い出の中を生きている。

ずきっと胸が痛んでうずくまった。
呼吸が上手く出来ない。

「先輩。なまえ先輩。いてぇよ…」

もう二度と戻らない想いに胸の痛みがひどく感じられて、ひたすら姿を求めて手を伸ばす。
届かないと知りながら。

俺の中の時間は止まったまま動かない。
胸に走る痛みだけが、動いていた。

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短いですが、テゴマスの「青いベンチ」という曲を引用して書かせていただきました。