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おかえり



ルイの指導の元ダンスレッスンを終えたなまえは、日が暮れて暗くなった回廊をよろよろとした足取りでゆっくりと歩いていた。
食後の運動には適していると笑顔でレッスンを促すジルに抗えず、夜も遅いというのにルイを付き合わせる事となってしまった。
申し訳なさから頭を下げるが、別にの一言で済ませるルイは本当に不快には思っていないようだ。
それならばせっかくの練習の機会なのだしと張り切った結果なまえの体力は底を尽き、歩く事にも苦痛を感じるほど足へのダメージは大きかった。
誰が見てもふらふらと危なげななまえの姿を夜も深いこの時間では目にする者はいない。
ならばと暗い廊下を照らす灯りを頼りに壁伝いに歩き進める事しばらく、見えてきた自室にほっと安堵するもすぐに眉を寄せた。
部屋に灯りがついている。
執事のユーリかと当たりをつけて、やっと手が届くほど距離を詰めたなまえは中の様子を伺うように照明の光が漏れる扉をそっと開いた。
室内に足を滑らせ辺りを見回すが予想していた者の姿はない。
では一体誰が部屋の灯りをとなまえは首を傾げた。
暗いはずの部屋が明るいのは来客を知らせているはずなのに人影が見えないのはおかしい。
とにかく疲れ切った足を休ませ考えるのはそれからだと、ソファに目を向けてぎょっと見開いた。
対面しているソファしか視界に入っていなかったが、自分がいる方面にある死角となっていたソファに探していた人の姿があった。

「レオ!」

シャツ一枚とラフな格好でソファをベッド代わりにすやすやと眠る男に驚いたなまえが声を張り上げて名を呼んだ。
レオと呼ばれたその男は、なまえの大きな声に反応して身じろぎ緩慢な動作で閉じていた瞳を見せる。
ゆったりと上体を起こしたレオは未だ眠そうにくあっと欠伸を零すと、お疲れ様とレッスン帰りのなまえを労った。
寝苦しくないようにと開かれたシャツから露わとなった肌と起きたばかりの擦れた声に、瞬く間になまえの頬が色付く。

「なんでレオがここに?」

「用があって会いに行ったんだけど、レッスン中だってジルが言うから、それならなまえちゃんの部屋で待ってようかなって」

目のやり場に困ったなまえがレオから視線を外しながら問うと、察したレオがくすくすと笑いながら答えた。
すんなりと答えてもらえるのは大変喜ばしい事だが、合間に可愛いとからかう一言は余計だとなまえは頬に手を添えてレオの目から隠す。
その仕草さえもレオにとって愛しいものにしか映らないのだとなまえは分かっていないようだ。
このままでは心臓が煩くて仕方がないので話題に乗ってはぐらかそうと試みたなまえが、用とは何かとレオに返した。
けれどレオはそれに答えずにっこりと笑みを浮かべて言った。

「いい加減俺の方見てほしいんだけど?」

動揺したなまえが体を震わせ、しどろもどろに言葉にならない言葉を漏らす。
えっと、うんとと唸ってばかりのなまえは勿論照れが生じての事であるし、レオもそう分かっている。
分かっているにも関わらずレオは悲しげな声を落とした。

「そんなに俺を見たくない?」

しゅんとした寂しそうなレオの声に、違うと強く否定しながら勢いよく顔を向けたなまえの目に映ったのは、してやったりと口の端を上げて不敵に笑うレオの姿。
その笑顔は肌を露出した今の姿とひどく合いより色気を醸し出している。
騙されたと一層顔を赤くして憤慨するなまえに堪らず声を上げて笑うレオは、ひとしきり笑い終えた後にっこりと、それは嬉しそうな笑顔を見せた。

「やっとこっち向いた」

どきりと心を震わせたなまえが眉尻を下げながらも零した笑みに満足してレオが手招く。
素直に歩み寄ったなまえを抱き寄せて耳元に唇を触れさせたレオが、リップ音に次いでおかえりと送る。
自身を抱く腕に手を添えてただいまと返したなまえの表情に疲れは見えず、ただただ恋人を慈しむ情だけがそこにあった。

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以前にも書かせていただきました野月真名さんの素敵なレオのイラストにこうして文をつけさせていただきました。
前回同様大変短い仕上がりになってしまって申し訳ない…。
随分前に描かれていたイラストなので今更な感じがものっそいしますが、ずっと書きたいと思っていたのでやっと実現出来て嬉しいです。
夜曲、王宮と書かせていただいたので次は眠り姫もいきたいですね!