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視線のその先


明日は非番だと言われて、つい笑みが零れた。
非番という事は一日好きに過ごしていいという事で、先輩に会えるという事だ。
俺、というよりかは藤堂が非番であるのだが、体が空く事に違いはない。
代役を任され一時的にとはいえ新撰組に入る事になってから、ろくに四季の手伝いが出来ていないので、休日は四季で過ごすと決めていた。

朝、営業時間前に四季の戸を潜る。
入口に立っただけで聞こえてくるまな板を叩く音。
とんとんとリズミカルな音は先輩の料理の腕を教えてくれる。
既に始めている仕込みの準備に参加する前に、エプロンを着用した先輩がキッチンに立つ姿を想像して顔が緩む。
時代的にたすき掛けをしている訳だが、思わずエプロンが出てきたのは現代の人間だからだと思っていただきたい。
軽く頭を振ってそれ以上の意味を掻き消した。
台所に顔を出し、おはようと声をかける。
笑顔と共におはようと返ってくる朝の挨拶は、俺の心を満たしてくれた。
まるで未来の自分達のようだと勝手な感想を抱き一人浮かれる。
そう、一人で浮かれているだけだ。

開店前だというのに店の戸が開く。
誰が来たのか分かったのだろう、先輩が反応して顔を上げた。
邪魔な袖を止めていたたすきをほどき、一目散に戸口へと駆けていく。
分かりたくないのに、俺まで分かってしまう。
先輩の抱いている想いも、その相手も、そして、相手の気持ちも。

「土方さんっ」

「飯、いいか?」

「はい、勿論!すぐお持ちしますね」

先輩から視線を外して鍋を見る。
誰の為に作られた食事なのか、分かりきっている料理をぼーっと眺めた。
勝手場に戻ってきた先輩に再び目をやる。
心なしか頬が紅潮している気がした。
四季での仕事分担は大変分かりやすい。
先輩が調理、俺が配膳。
他に仕事を頼まれた時は臨機応変に対応している。
彼が相手の時だけ、この分担作業が機能しない。
先輩の視線の先には彼一人。
俺は視界に入る事も叶わず、ただ眺めているだけに終わる。
分かっていながら非番の度に続ける朝の挨拶。
一瞬の幸福の為に茶番を繰り返している。
ほんの一時で構わない。
先輩の目に俺が映っていなくとも、俺の視線の先には貴女しかいないのだから。

視線のその先には、少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑う、幸せそうな貴女。

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補足しなくても分かっていただけるかと思いますが、土方ルートで書かせていただきました。