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思いきり泣いてから、なんだかすっきりとして心が軽い。
氷室とより親しくなれた気もする。
弱い所を見られたからだろうか。
この人なら何でも話してみようかという気になるのだ。
何でも受け止めてくれるような、そんな感じがするからだと思う。
実際はどうなのか、まだ分かりはしないが。

「なまえ、隣空いてるかな」

昼食を取ろうと食堂ならぬカフェに足を運んだ。
いつもは弁当を作って持参するのだが、給料が入ったので奮発しようと思ったのだ。
席はまだ空きがあるから、多分彼は私を見付けてわざわざ声をかけてくれたのだろう。
少しくすぐったい気持ちになる。

「空いてますよ。辰也先輩っていつもカフェなんですか?」

「残念ながら料理の腕はなくてね」

何でもそつなくこなしそうな印象がある氷室だが、料理は苦手らしい。
本当の所はどうなのか不明だが。
口ではこう言っていても、実際にやらせたらさらっと作ってしまいそうだ。

隣に腰かけた氷室の昼食のメニューは、サラダとベーグルサンドにアイスティ。
私が悩んで諦めたメニューだった。
どれにしようか悩んで決めた私の昼食もベーグルサンドだが、氷室とは内容が違う。
私はブルーベリーソースにクリームチーズ。
氷室はがっつりとてりやきチキン。
悩んだメニューだったのでどんな味なのだろうと興味が湧いて、氷室の口へと運ばれていくベーグルを知らずじっと目で追っていた。

「よかったら少し食べる?」

私の視線に気付いた氷室がこちらにベーグルサンドを傾けて寄越してきた。
思わぬ誘惑に揺らめいた心は理性に勝り、いただきますと一言断りを入れてからあぐっと噛り付いた。
迷っていただけあってやはり美味だ。

「おいしいっ」

美味しい物を口にすると自然と頬が緩む。
ありがとうございますと氷室に礼を言うと、彼もにっこりとした笑顔でどういたしましてと満足そうだ。
自分の選んだ食事が褒められてきっと嬉しいのだろうと、さして問題視せず昼食を続けた。

「ねぇ、なまえ。俺もそのベーグル食べてみたいんだけど」

氷室に指差された先には、今まさに口に含もうと口元に運んでいたブルーベリーソースのベーグルサンド。
先程一口貰ったのだし、お返しに一口あげようと彼にベーグルサンドを差し出した所ではっと気付いた。
これはいわゆる、あーん、と恋人が互いに食べさせ合うやつではないか。
一度意識すると気になって仕方がないが、差し出した物を引っ込めるのもおかしいのでそのままだ。
どくんどくんと脈が早まっていく。
徐々に近付いてくる氷室の唇がやけに色っぽく見えた。
ぱくっと一口齧って、口元に付着したソースを親指で拭ってはぺろりと舌先で舐め取る仕草に、かぁっと顔が熱くなる。
いつも思う事だが、まだ高校生で私と一つしか違わないのにその色気はなんだ。

「ごちそうさま。なまえの、美味しいね」

予想以上に恥ずかしい。
氷室の顔を直視出来なくて俯くと、それはよかったですと言葉を返して、彼が齧ったばかりのベーグルサンドをもそもそと食べた。
早く顔に集まった熱を冷ましたくて、ベーグルサンドと一緒にオーダーしたウーロン茶を一気に飲み込んだ。
残された氷とグラスがぶつかり合ってカランと鳴る。
ごくっと喉を鳴らして飲んだウーロン茶は、冷えていたはずなのにぬるく感じた。