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接客業のアルバイトをしている私にクリスマスも正月もない。
年が明けた元旦。
いつものように私は働いていた。
流石に営業時間が通常時より短く、普段より早くバイトが終わって帰ろうと外に出ると、何故か常時と変わらず私を待つ彼の姿が見えて小走りで駆け寄った。

「バイトお疲れ様。明けましておめでとう」

「明けましておめでとうございます、辰也先輩。どうしてここに?」

まさか元旦まで部活がある訳はないだろう。
私の上がる時間もいつもと全く違う。
送り迎えも頼んではいない。
というか、元旦までお願いするほど図々しくもない。
氷室がここにいるのはとても不思議な事なのだが、彼は不思議な人だと分かっているので深くは考えないようになった。
未だに捉え所のない人だ。

「なまえを待ってたんだ。新年の挨拶ぐらいしたくてね」

「メールで挨拶したじゃないですか」

「こういうのはちゃんと会ってするべきだと思ったんだけど、間違ってたかな?」

本当に、今時珍しいくらい紳士だと思う。
だからだろうか、氷室はとても律儀だ。
それが理由かは分からないが、彼とは付き合いやすい。
気を楽に出来る親しい友人だった。
氷室らしい行動にくすりと笑みが漏れる。

「いえ、間違ってないですよ。その通りです。今年もよろしくお願いします」

丁寧にお辞儀をすると、彼も私を追って頭を下げる。
ただそれだけの動作なのに目が離せなくて惹き付けられた。
やはり氷室は綺麗だ。
こうしてよく一緒に過ごすようになった今でも思う。
そして見惚れてしまうのだ。
よく分からない悔しさが込み上げてくる。
どうしてそこで見惚れるのだと自分を叱る事もしばしばだ。
美しいものは罪深いとはよく言ったものである。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

そしてとっておきが、この笑顔だ。
氷室の笑顔はとても綺麗で、思わず照れてしまう時がある。
彼と一緒にいると時折美形が憎く思えてくる。
美しいとは恐ろしい。
綺麗だというだけで色々な感情が生まれるのだから面白いとも思う。

改めて挨拶を済ませて家まで送ってもらうと、受信を知らせるライトがチカチカと光っている。
気付くのが遅くなって申し訳なくなりながらメールを開くと、謹賀新年という件名で一通。
手に力が入らなくて携帯電話を落とすかと思った。
開いた目が元に戻らず、見開いたまま力なくベッドに腰を下ろした。

『明けましておめでとう。今年もよろしく』

彼らしい簡潔な新年の挨拶メール。
高校に入学してから初めてであろう、幼馴染みからのメールだった。
そういえば顔を合わせない年明けは初めてだ。
それでも赤司からメールが届くとは思わなかった。
なんて事はない一通のメールから目を逸らす事が出来ず、じっと携帯の液晶画面を見つめてその夜を過ごした。