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08



目の前が真っ白で何も見えなかった。
両手で持つ荷物が重くて腕がぷるぷると震えている。
やはり無理だと断ればよかったのだろうか。

次の授業で使うからこの資料を運んでおいてくれと教科担当の教師に言われた。
たまたま目の前を通りがかってしまった私の不運だった。
自分達が使う資料だし仕方がないと頷くと、運べと言われた資料の量を見て顔を青くした。
あの教師は使いっぱしりにする生徒を選ぶ目を養った方がいい。
到底女の私が持ち運べるものではなかった。
いや、気合いと根性でどうにかなるやもと試してみたのだが、やはり難しかったようだ。
資料が積まれて目の前はプリントの山しか見えない。
つまり視界が塞がれて何も見えない。
それだけ量があればそれなりに重みもある訳で、足元がよろけてしまうのは無理もなかった。

「何をしているんだ」

突然重圧が軽減されて視界が開けた。
誰かが資料を持ってくれたらしい。
全部、とはいかなかった所でその人の内面が伺えるのだが。

「征十郎」

誰か、なんて見なくても声で分かった。
幼馴染みである。
見かけた私に見兼ねたらしい赤司が少し持ってくれたようだ。

私は知っている。
分かりにくいが、彼は優しいのだと。

「これだけの量を運ぶにはなまえでは無理だろう。分からなかったのか?」

優しいと分かっているが、毎度聞かされる説教じみたお小言はどうにかしていただきたい。
いつもいつも赤司はどうしてこうも口煩いのか。
適当に相槌を打ちながら教室へ向かった。
それでも優しい彼は、全部は持ってくれないものの、私より多く運んでくれていると気付いている。
さり気ない気遣いが嬉しくて思わず笑みが零れた。

「何を笑っている。気持ち悪い」

何を言われても痛くも痒くもない。
心優しい幼馴染みに、ありがとうと微笑んだ。



なんて懐かしい思い出なのだろう。
些細な事なのに鮮明に覚えている。
帝光中時代の幼馴染みとの思い出だ。
今頃氷室は試合中だろう。
彼からの誘いがきっかけできっと思い出してしまったに違いない。

それにしても、よく覚えているものだ。
ありきたりなただの日常だというのに。
好きだと、秋田の地にいてまでも思い知らされている気がした。

コートの中で巧みにボールを操っているであろう氷室の姿を思い浮かべた。
今は何よりも彼の勝利を応援したかった。
頑張れと心の中でエールを送って、仕事に勤しんだ。