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07



先日氷室と二人で観に行った映画は本当に感動した。
幕が閉じた後も溢れる涙が零れないように鼻をすすっていたら氷室に笑われた。
この人は笑い癖でもあるのだろうか。
事あるごとに笑われている気がするんだが気のせいか。
ひどいですと言うと、可愛くてと返ってくる。
どんなに抗議しても返ってくる言葉はいつも同じ。
からかうにも程がある。
どうにかならないものかと唸る日が続いた。

『もしもし、なまえ?今平気?』

その氷室から突然電話がかかってきた。
今日はバイトがないので彼には会っていない。
用件があるなら携帯電話しか手段がないのは分かるが、メールでいいんじゃないだろうか。
別に電話が嫌という訳でもないし構いはしないが、つくづく不思議な人だ。

「大丈夫ですよ。どうしました?」

『今度試合があるんだ。見に来てくれないかなって思って』

試合とはきっと部活で行われる試合の事だろう。
それはつまりバスケの試合な訳で、こればかりは遠慮したい。
嫌でも思い出してしまうのだ、幼馴染みを。
未だにふと思い出す。
好きな気持ちを忘れるのには時間がかかるらしい。
自分勝手な理由で氷室には申し訳ないが、私の心の平和の為にも断るしかなかった。
離れて既に数ヶ月経つというのに、涙が出るほどの想いは褪せる事を知らない。

「すみません、バイトがあるので…」

当たり障りのない理由を必死で見付けた。
まだ出会ってから間もないと言えど、私にとって大切な人だ。
ここまでよくしてもらって心から感謝している氷室を傷付けたくなかった。
出来れば笑っていてほしい。
あの綺麗な笑顔で。

願いとは裏腹に、機会越しに聞こえた彼の声は至極残念そうだった。
どうして私は忘れられないのだろう。
想っても無駄だと、よく知っているのに。