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06



火曜日と木曜日のバイト終わりに、部活帰りの彼が迎えに来てくれるようになった。
日曜日には部活メンバーを連れてたまに食事に来てくれる。
親しくなるのは自然な事だった。

週に2回家まで送ってくれる彼は氷室辰也という。
なるほど、室ちんとは考えたものだ。
二年生で一つ上の先輩だと知った時は驚いた。
紫原と一緒にいるのをよく見かけるので、同学年だと思っていたのだ。
今までアメリカにいたらしく、帰国してから転校生として陽泉にやってきたと言う。
帰国子女かとなんだか格好良く感じた。
彼の何でも隠さずストレートに物を言う所はアメリカ仕込みかと一人納得した。
紳士的な態度もそのせいだろうか。
おかげでやたらと大人の雰囲気があるように感じる。

キセキの世代と言われるからには紫原が我が校のバスケ部エースかと思っていたのだが、どうやら氷室もエースであるらしい。
そうクラスの女子が言っていた。
どこに行っても女子とは噂話が好きなものである。

「なまえ、暇な日ってあるかな」

よく一緒に過ごすようになってきたと思った時には、名前で呼ばれるようになっていた。
氷室も親しくなってきたと思ったのだろう。
少し仲良くなったと思ったらもう呼び捨てかとも思ったが、呼びたいように呼んでもらおうと考え直して放置だ。
それからというもの、なんだか氷室の接し方が気安くなったように思う。
バイトの帰り道、そんな彼から開口一番に聞かれたのは私の予定。

「バイトがない日なら時間ありますけど、何かあるんですか?」

「映画のチケットを貰ってね。一緒にどう?」

嬉しいお誘いだ。
秋田に来てから遊びに行く余裕などなく、久しく出かけていない。
映画なら尚久しぶりだ。
受験前に行ったきり全く行けていない。

「いいんですか?!行きたいですっ!」

即答だった。
久しぶりの娯楽を断る理由がない。
チケットがあるという事はコストもかからない。
万々歳である。
誘ってくれた氷室に感謝だ。

「よかった。待ち合わせ決めたいし、連絡先を教えてもらいたいんだけど」

そういえばお互いの連絡先を知らないと今気付いた。
頻繁に会っていたから思い付きもしなかった。
出かけるのなら教え合った方がいいだろうと了承して、赤外線を合わせてアドレスを交換した。
映画に胸を弾ませていた所ではっと気付く。
ジャンルによっては見れないものがある。

「あの、ホラー映画じゃないですよね…?」

もしホラーだと言われたら断らなければならない。
私はホラーやミステリーが大の苦手だ。
今から断るのも申し訳なくて恐る恐る氷室を見上げた。
こちらは真剣だというのに、見上げた先にいる氷室はぷっと小さく吹き出して肩を小刻みに揺らして笑っている。
怖いものを怖いと言って何が悪い。

「大丈夫、感動作だから」

そう言いながら尚も笑う彼にむっとした。
何がそんなにおかしいのか。

「氷室先輩、笑いすぎです」

「ごめん、可愛かったものだから」

これは子供扱いをされているのだろうか。
またむっとして頬を膨らませた。
先輩だからといって後輩に対してひどいものだ。
やっと落ち着いてきた呼吸を整えながらごめんと繰り返す氷室を仕方なく許してやった。
どうであれ、映画が楽しみな事に変わりはなかったのである。