Short-SxD- | ナノ

 05.今は俺だけの特等席



ふわふわした意識の中で、鼻を掠める苦いにおい。
いつかの自分にも纏わりついていた、じんわり沁みるような、あのにおい。

ああ、あいつが来てたんだっけ。
また俺の真似か、嫌がらせかと思うぐらいだ。

わざわざベランダ出てるってのに、網戸も全開じゃ意味ねえじゃねえか…


「なぁ、窓しめろよ」

「ん?あぁ、伊達ちゃん起きたの?二日酔いへーき?」


二日酔い…ああ、そうだな、順調に絶不調だ。


「まったく…あんなに飲んであんだけ体力使う様なことしてれば、体辛いの当たり前でしょ。加減ってものを覚えなよ」

「…その台詞、そっくりそのままテメェに言ってやるよ」


酔った俺を散々いいようにして揺さぶりまくってたのはどこのどいつだよ…
ああ〜もっと言い返してやりてえ…


「ちょっと体起こして風にでも当たりなよ」

「ん、だりぃよ…」

「ほら、おいで?」

腕を引っ張り起こされる。
脱力したままの体は、引き寄せられた勢いでそのまま佐助の腕の中にすっぽり抱きかかえられる。

ああもう、ほら。
沁みついてる。


「お前、たばこくさい…」

「何言ってるの、元はこれは伊達ちゃんの匂いでしょ」

「俺はもう吸ってねえよ。お前が真似して吸い始めたんだろーが」


吸いたくなるからやめろよな
そう言ってアイツの肩を押しのけて、ベランダに出る。

もう昼過ぎでかなり気温も高い。
太陽の照り具合が二日酔いにてきめんにダメージを上乗せしてくる感じ…でも、確かに風だけは気持ちいいかも。

ベランダの手すりに手を置くと、金属的な冷たさはそこにはなくって…生ぬるい体温が残されてるのを掌で感じた。


…ああ、さっきまで佐助もここに手乗せてたのか。

掌ひとつ分右にずれて、今度こそひんやりした感覚を吸収する。
あいつの体温は嫌いじゃないけど、今は俺をクールダウンさせてくれるこっちの方がいい。


「もう1本吸いたいんだけど、いい?」

「ん、あっち向いて吐けよ」


はいはい〜って軽い返事。
あいつのこういうふわっとしたとこ、イラつくけど結構嫌いじゃないんだよな。

そうそう、最初会った時はとんでもなく適当でチャラくて、絶対関わりたくないタイプの人間だって思ってたんだよ。
なのにあっという間にこんなことになった。

思い出しちまったから。
こいつの手の冷たさを、懐かしく感じちまったから。
もう一度、『そこ』に触れていたくなった…というか…帰らなきゃいけない気がした。


匂いがつくと命に関わるからって、絶対に吸わなかったよな、たばこ。
何にも覚えてないのはお前だけなんだよ、佐助。


「なに?人の顔じっと見て…あ、見惚れてた?」

「ばぁか。今日も相変わらず腹立つ顔してんなって思ってたんだよ」

「またまた、いいって〜照れなくても〜」


な?
腹立つだろ?
何が腹立つって、俺がこいつをからかえた試しがねぇってことだ。
昔から、口じゃこいつには勝てねえよ…


「さ、そろそろ中はいろ?ご飯作ってあるからさ」

「…もーちょっと居ろよ」

「ん?」

「お前が居ないと俺がここに居られないだろ」


何言ってんだか訳分かんねえな俺。


「・・・・・・」


なんだよその真顔。


「伊達ちゃんてさ、そこ好きだよね。」


そう言うと、佐助が部屋に入りかけた足を戻して俺の隣に並んで立った。
じんわり伝わるたばこの匂い。
お前はいつもそうやって、『俺だったもの』を抱え込んでる。

お前がたまに既視感を覚えて頭悩ませてるのは知ってるぜ。
そういうお前を見る度に、いっそ言ってしまおうかって思ってた。

無意識に発した言葉一つにも、立ち姿にも、こうして俺の隣で眠そうな欠伸こぼしてる横顔にも、昔のお前が刻まれてる。


早く思い出せよ、いい加減約束を果たさせてくれ。


「さっき俺様さ、伊達ちゃん寝てる間にここでたばこ吸ってたでしょ?」

「ん?ああ…」

「あの時窓閉めなかったの、なんでだと思う?」


なんでって…わざとだったのかよ…


「え…嫌がらせ?」

「いやいやいや、そんな地味な嫌がらせさすがに…いや、するかもしれないけどさ」


するのかよ


「な〜んか懐かしくなったんだよね。前の時は、逆に俺様がそうやってされた気がするなって」

「……っ」

「ほら、俺様元々は禁煙者だったじゃない?なんか吸っちゃいけないって思ってたけど、伊達ちゃんのたばこの匂いならついてもいいかなって思ってから、ここでたばこ吸うようになったんだよね〜確か」

「俺が禁煙し始めたくらいだっけな、お前が吸い始めたの」

「そうそう。でもさ〜変だよね、伊達ちゃんにそんな微妙な嫌がらせ、されたこと無いじゃない?」

「…俺は…、そんなくだらねえ事、しねえな」

「だよねえ。でもなんか、思い出させてやろ〜って思ったんだよね」

「………」

「ま、いつものアレでしょう、夢、夢」


ははっ、て笑って今度こそ部屋に入ろうとする。
さりげなく取られた手がひんやりしてて、俺の体温に溶けようとしてた。

さっきまで、ちゃんとあったかかった筈なのにな。
お前の手はいろんなものにすぐ染まる。
そして、古いものはその度に置き去りにして前に進む…昔の俺はまた今日もその犠牲者になるんだな。

もーちょっとだけ、あの頃の俺を傍に居させてくれねえかな。


「なぁ、たばこくさいから、先に風呂はいろーぜ」

「えっ、いいけど…くさいなら何で髪の毛かぐの」

「…これから洗って消されるから、今のうちにな」

「あはっ、なにそれ、意味分かんないよ?」

『アンタのそのにおいを嗅げるのは、俺だけでいいんだよ。折角の特等席なんだから』

「ちょっ、伊達ちゃん!?なにその素直な感じっ、可愛いんだけど!」


…あの時お前が俺に言ったこのセリフ、そのまま使うのはちょっと滑稽だったか。
お前が思い出したら、その時しっかり笑われてやるよ。





END

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