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 03.極彩色に、ぼやけて見える


さらりさらり、と澱みなく流れる川の音。
するりと頬を撫でていく、穏やかな風。
足先をくすぐる草花は露に濡れ、少しだけ鮮やかさを纏って、
何も考えずにただ眺めるだけの壮大な闇に、ぽつりぽつりと顔を出す白い光。

本来であれば感嘆のため息が漏れてしまうであろうその天体の輝きも、彼の目にはぼんやりと物足りなく映るばかりだ。
細く流れる奇跡の瞬間美も、静かに佇む小さな煌めきも、一つきりの彼の目には捉えにくい存在。

独眼竜と呼ばれる前に、この光景を見た記憶は無い。
ただじっと、こうして誰かと夜空を眺める事など今まではしなかった。
いや、出来なかったというのが、彼の本音なのだろう。
望めばいくらでもそんな機会は得られただろうに、それを望まなかったのは、彼の心の内に「孤独」に対する拒絶というものが居座り続けていたからではないか…彼の腹心がぽつりとそう零したのを、改めて今噛みしめるように思い出した。
どんなに気丈に振る舞い、圧倒的力量で他国の武将を蹴散らしていても、まだ齢十九の青年。
何を以ってしても拭えぬ「闇」というのは誰にでもあるものだ。
そしてそれが膨れ上がる程に、若い彼の瞳はまた、少しだけ翳りを見せる。



『闇に紛れるのは忍の仕事。俺様自身は、せいぜいソレに飲まれて酔うだけさ』


そう言って不敵に笑う目元は、珍しく下ろされた橙色に隠されて、一瞬のうちに暗闇に消えた。






あれは、そうか。
もう一年前の今日のことだったのか。
覚えてるぜ、何もかもが曇って見えて、背中に感じる忠誠心すら煩わしくて、

気が付いたらここでこうして、今のように仰向けになって身を投げ出していた。

何の意味も無かった。
あの行動全ても、自分の生涯にも、意味なんてないと思った。
自分が居る事で意味を持つのは、周囲に生きる全ての者たち、それでいいと思っていた。
恐くなどない、死を恐れた事は無い。

恐れているのはそんな一瞬の代物ではなく、永遠に、必要とされなくなる事だ。





…と。
自分の隣で無防備に寝転ぶ隻眼の青年が、そう語る。

隣にいるはずなのに、「自分」をなんて遠くに置く人なのだろうか。
思わず目元に情が滲み出る。
果てしない闇夜を覗き込んでいた鷲色の瞳が、ふ、とこちらを見て笑う。


『忍のくせして、んな顔してんじゃねえよ、ばか』


心外であっただろう。
忍と呼ばれたその男は、そんなつもりは微塵も無かった。
忍として会いに来た事など、一度もなかったというのに。
少なくとも、今日というこの日だけは、確実に。
責務から解放されたこの場所で、一対一の人間として言葉を紡ぎ、体を重ねて温度を分かつ。
一年前から続けてきたこの逢瀬でも、彼は自分を忍としか思っていなかったのか。
そして、こんなにも必要としている存在が誰よりも近くに居るというのに、彼はそれを受け入れてはいなかったのか。
そう気付いた瞬間に、堪え切れないモノを見せない為に、不自然なほど強引に唇を塞いだ。

苦しそうな表情、体を退かせようと胸元を叩く両腕。
不意の事に戸惑い乱れた体に、自分の体を滑り込ませて一層深く口づけを落とす。




重力通り、頬に落ちた感情に、彼は気付いてしまっただろうか。




息を乱してうっすら涙を浮かべながら、いつの間にか愛おしそうに、この隠しきれない橙色を撫でつける。
ああ、その仕草に、表情に、想いの深さに、何よりも何よりも囚われているんだ。
誰よりも美しく、誰よりも孤高で、いかなる時も強くある。
快楽に従順になったこの肌を、永劫自分の物にしたいと願う事は罪とされるのだろうか。
考えるまでもない、きっとそうだろう。
認められる要素など皆無に等しく、自分の立場は痛いほど分かっている。
一瞬でいい。
この人を腕の中に抱いている、今この瞬間だけでいい。
この翳った瞳の中では、猿飛佐助という一人の男として映っていて欲しいと、そう願う事すら許されないのだろうか。

その答えは、先程この胸に突き刺さったばかりだ。




『お前の涙の方が、隠れちまってる天の川よりよっぽど貴重で震えるぜ。色のないモンは見ていて飽きるがな、お前のソレは、俺には極彩色にぼやけて見える』



ああ、こんなに。
こんなに遠い人だったのか。
ならば渡りきって見せようか、それまでこうして戯れてくれ。
もう、その瞳の奥には興味がないよ。
願うことももうしない。
アンタの中での俺様は、曖昧で光りきれない極彩色。
だったらそのままその身に溶けて、いつか絶対に見つけてやるさ。
心の奥底、そこで眠ってるアンタの感情。
眠ってるはずの、俺様への感情。
じんわりじんわり、染めてあげる。



そう、闇に紛れるのには、慣れてるんだ。





END





***************


東京は雨模様の七夕でした。
だからってこれは…あまりにも暗すぎましたねw
佐助の「好き」が政宗の「好き」よりも大きいと、個人的にとてもテンション上がります。
そこから政宗を落としにいかせるのが大好き。


そういうゲーム出ないかな…


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