Short-SxD- | ナノ

 01.ずっとそこに、きっとココに


照りつける陽光の中、時折吹く清々しい風。
緑も深く色づき始め、季節が夏に染まっていく奥州の6月。
今年は例年よりも、初夏の訪れが顕著に表れているように思える。


「政宗様、新しい香が届きましたぞ」


縁側に腰掛け、陽の光に照らされた庭を眺めていた政宗に、小十郎が声をかけた。
そしてその手に持っていた木箱を、すっ…と政宗の隣に差し出す。


「今年はこいつの出番が早まりそうですな」

「Ah?蚊取りの香か?」

「ええ、今朝方届いたようでございます。まだ出来の善し悪しは試しておりませぬが、心配はありますまい。政宗様が例年御贔屓なさっている物と同じ物でございます故」


そう言って箱を開いて中を見せる。
政宗はその独特な香りに鼻を寄せ、また一つ季節の変わり目をその身に引き寄せた。


「小十郎、夕餉の後でいい、俺の部屋にこいつを焚かせておけ」

「もうご使用になるので?まだ虫取りには少々時期が早いかと…」

「いやあ、折角届いたんだ。でっかい曲者を捕ってやろうと思って、な」


含みのある言い方に、小十郎の眉がピクリと歪む。


「曲者…と申しますと…今宵はまた人払いが必要になるのですかな?」


その場に立ち上がり、普段では絶対に見せない解れた笑顔で小十郎を見下ろす政宗。
小十郎はこの表情をする政宗を見る度、頭を抱えたくなるのだった。
…また今宵もあの猿が…
一時の気の迷いで済めば良いと、何度思った事か…
しかし主は、回を重ねれば重ねるほどに、あの忍の手管にハマっていってしまった。
そこに熱のある感情を抱いていると自覚してしまったのだろう、小十郎の諫める言葉など聞き入れようともしない。

無駄な問答と理解している小十郎は、溜息で政宗の笑顔を受け入れて、女中に香を託しに下がった。





その夜、政宗が夕餉を済ませて自室へ戻ると、女中頭が丁度その香に火を入れたところであった。

「政宗様!これはお早いお戻りで。香はまだ焚き始めたばかりでございますゆえ、香りが立つまではもうしばらくお待ちくださいね」

「ああ、Thanks…下がっていいぞ、もう休め」


香の入った箱を隅に片付けていた女中頭が、頭を下げてその場を離れた。
…と同時に、政宗が立つその場所と全く逆の位置…部屋の奥に、見慣れた影が降り立った。


「今日はお早いお戻り…だったんだ?そんなに俺様に早く会いたかったの?」


軽口を叩くその影が、暗がりから一歩ゆっくりと歩み出る。
無意識でやっている事なんだろうか。
この優秀な忍は、何度も訪れているこの場所ですらまず周囲の気配を探る事を怠らない。


「んな気張らなくたって、人払いは小十郎にさせてある」

「だってさっき女中さん居たじゃない」

「てめぇがいつもより来るの早いからだろ。夕餉の間にここを任せて、やってもらわないとならねえ事があいつらには山ほどあるんだよ」


政宗の私室は、基本的に女中頭が清掃や寝具の用意、冬は火鉢の手入れなども行うが、そのほとんどが食事と湯浴みで政宗がこの場を離れている間に済まされる。
いつもであれば、佐助がここ奥州に到着するのは月が真上に昇る頃なのだが、今日はやけに早くに潜んでいたようだった。

逢瀬の時間がいつもより長いというのは嬉しい…がしかし、それを素直に口にするのは癪に障る…
政宗自身はそう思って平静を装ってはいるが、佐助は政宗の緩んだ目元から全てを察していた。
いつも何かしら優位に立つのは佐助であり、それは閨での睦び事でも同様である。


佐助が政宗に歩み寄り、その頬に軽い口づけを落として政宗の腰元をするりと撫でた。
政宗もまた、佐助の首筋に顔を埋めて背中に腕を回して佐助を近くに引き寄せる。
そのまま佐助に押しつけられるようにして壁に背を預けた政宗は、こもり始めた体の熱にその身を震わせた。

政宗の乱れた息に触発されて、佐助もまた、目の前の色香に溺れていく。
本来であれば敵同士…
二人にとっては、こうして時を共有できるというだけでも貴重な事なのだ。
逢瀬を重ねて想いを膨らませていたのは、何も政宗に限った事ではなく、佐助もまた同じように政宗に焦がれる気持ちを抱えていた。
それを一気に発散するかのごとく、生まれた熱を微塵も逃さぬように、互いに貪り、求めては果て、果てては新たな熱を求めた。



***



右目にかかった前髪を、サラリとかき分ける指の感触。
情事の後、糸が切れたように眠りに落ちていた政宗が、一瞬瞳を開き、またゆっくりと閉じる。
額で遊ぶその指の冷たさをまどろみながら心地よく受け入れ、だんだんと意識をこちらに預けて…

ふっ、と政宗の口元が緩んだのを見て見て、佐助は単純に愛おしく思ったのかもしれない。
少し汗で肌にくっついた黒髪を指に絡め、そっと触れるだけの口づけをした。
未だ睡魔にひきずられているその体に体重を預け、重さに沈んだ分だけ交わす口づけ。
胸元の圧迫感に、政宗が短く息を吐いた。


「ん…さすけ」

「おはよ。…って言ってもまだ真夜中だけど」

その言葉に、政宗がまたふふっと笑う。

「おまえがまだいるなんて、めずらしーじゃん」

いつもさっさと帰っちまうくせによ、と話すその表情はいたずらに成功した子どものようで、佐助は困ったように笑顔を返した。


「ったく…どの口が言うんだか…政宗のせいでしばらくここから出られないじゃない」

「さあ…なんの事だか?」

「顔に『仕掛けた』って書いてあるよ。ねえ、このお香さ、いつもより濃いよね。蚊取りの香みたいだけど、なんか余計なモノ混ざってるでしょ、コレ」

「Exactly!流石だな、小十郎は気付きもしなかったぜ?」

「一体コレなに混ぜちゃったの…気付いてすぐに消したのに、全然においが取れないよ…」


佐助が腕を上げて、自分のにおいをすんすん、と嗅ぐ。
そしてハァ…と溜息をつくと、寝具の上で胡坐をかいている政宗の太ももに頭を乗せて寝ころんだ。



「効果を持続させるってゆーな、何だかっていう良く分かんねえ薬品足すように、商人に言っておいた」

「こんなに濃いのつけられちゃ、完全に消えるまで動けないじゃない。残り香で俺様の抜け道ばれちゃうよ」

「アンタの知識を盗みたがってる輩は多いからなあ?」

「分かってるならこういう愛情表現はご遠慮してくださいませんかね」


こちらを見上げて、また、いつもの困り笑い。
佐助が政宗の頬に手を伸ばすと、つい政宗もつられて少し、背を丸くする。


「素直にもうちょっと長く居ろって、言ってくれればそれでいいのに。おばかさん」

「ばぁか、んなのてめーの勘違いだ」


指が左の首筋に降りて来ると、つい顔が右に動く。
政宗のその反応を待ってたかのように佐助がふわりと身を起こし、今度は政宗の胡坐の上に跨って、空いた左の首筋に顔を埋めた。


「はいはい、イタズラが上手くいって、俺様といつもより長く居られて嬉しいのは分かりますけどね」

「だからっ、そんなんじゃねえって…っ、ちょ、離れろって…」

「さすがにさ、コレ自然に消えるの待ってちゃ朝になっちゃうからさ、お湯貸して、お湯」

「うるっせーよ!か、勘違いだって言ってんだろ!もーいいから水でも湯でも勝手に使えよ!!そこでしゃべんな!!」

「人にこんな危ない香りつけておいて一人で行けって…?」


言うなり、跨ったままで政宗の中心を腰の動きでぐりぐりと刺激する。
つい先程まで散々に弄り倒していたそこは、耳元で遊ぶ佐助の囁き声と、その軽い刺激であっという間にその気にさせられてしまう。

「てめ…なにして・・・っん、だよ…っ」

「ん〜?一人でそれどうにかしたくなかったら、お湯、一緒に入りに来てよって事、かな」

「あぁ!?」

「俺様も、素直について来てって言えないみたい♪」

「嘘付け!この性悪…っ」

「政宗って汗かいててもいいにおい、ね、ココとか」


襟足に鼻をこすりつけるように、ぎゅっと近付く。
腰元に集まる、甘ったるい欲の感覚。
背筋に心地いい寒気が走った時、佐助がパっと政宗を離した。


「さ、ほら、いこ?政宗のいいにおいを、もっといいにおいにしてこよっか。その前に嫌ってほど構ってあげるから、ほら立って?」

「ば…っかやろ…っ、変態くせえこと言うなっ」

「え〜?政宗のにおいかぐのは俺様だけでいいんだから、いいじゃない言ったって。せっかくの俺様専用の特等席なんだからさ、ココ。ずっとココは、俺様の。ね?」


腕を引っ張り政宗を立たせて、ぐいっと腕の中に包み込む。
襟足にまた、鼻を寄せて。


「政宗が仕掛けたんだから、ちゃーんとにおいが消えるまで、付き合ってよ?」

「Shit……誤算ってこういうことか…」

「なーに言ってんの、嬉しいくせに♪」

「…否定できねーな」

「えっ」

「……なんだよ」

「えっ」

「なんだよ!!!」

「いやあ…素直って恐いね…」

「もーお前一回死ね」

「わかった、死ぬ前にもっかい政宗食べさせて」

「今すぐ死ね!!!」





END


*******************

照れておちょくられて、また照れる政宗が書きたかっただけなんだ…
オチなさすぎてw
そしてR18部分はまた別のお題の時に書きたいですね。
今回もらったお題「蚊取り線香の香り」でした。


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