▼ 13.Kissing at Garbage
捨ててきたものは山程ある。
「あの頃」の俺は、そうすることしかできなかった。
これから捨てるものも山程ある。
建前、世間体、大人の事情。
「あの頃」の俺と唯一変わらない、歪みきった右目と、断片的に甦る記憶。
そこから生まれたつまらない意地は、まだ必要だと判断したから感情を絡めて押し付けた。
押し付けた俺のその情欲に、アイツは何かを感じただろうか。聞く余裕すらないままに、誘い文句に乗っかった。後悔させる気満々で。
何も覚えてないくせに、仕草や表情はあの時代の面影を残して見せつけてくるのだからタチが悪い。
「伊達ちゃんの事…抱きたいって言ったら笑ってくれる?」
これは、正直言って予想外の事だった。
アイツの後ろに、かつての想い人の姿を思い浮かべていたはずなのに、もう戻れないと感じる程に「今」のアイツに執着していたのだと、気付かされてしまったのだ。
うっすらと滲む罪悪感。
過去の自分たちが過ごしてきた時間を、裏切ってしまったような気がした。
考えすぎ、そう。考えすぎなのはわかっている。
「今」ここに存在しているのは、あの時代の二人ではないのだから。
それでも俺は、目の前の佐助も、あの時代の佐助も、どちらも抱え込んでしまいたかった。
これもきっと、捨てるべき執着心なのだろう。
息苦しさに顔を歪ませ、じんわり涙を浮かべながら伸ばされた手。汗に濡れた俺の前髪を、そっとかき分け右目に触れる。
「ぜんぶ、みせて?」
眼帯の紐を人差し指でするりと撫でて、結び目をカリカリと力なく引っ掻き遊ぶ佐助の、この扇情的な視線。
既視感に教われて息を飲んだ。
『自分だけ隠してるとこあるの、ずるくない?』
嫌味な笑顔は、あの頃の方が上手かったか。
俺はわざと同じ言葉で挑発する。
「外してみな、ゴミくずみてぇな真っ暗闇しか入ってねぇぜ?」
それが見たい、って、アイツが笑う。
過去のアイツと同じ顔で。
少し強引にずらされた眼帯の下に、傷にまみれた空虚な右目が灯りに照らされ姿を見せた。
繋がったままの下半身…擦れる快感を飲み込んで佐助が体を起こしてこちらの顔を覗き込んでくる。
たまらない気持ちが込み上げてくる、きっとこんな思いをしてるのは、俺だけなんだろう。
それがなんだか悔しくて、口をつぐんで目を閉じた。
右目に触れる、佐助の唇。
おでこ、鼻、頬、もう一度、右目。
ただただひたすら繰り返される口付けは、あの日のソレを思い出させる。
傷を舌で軽くなぞり、俺がやめろと言うまで愛でる。
心地よくて、憎たらしい。
どうして
どうしてお前は何も思い出せないんだ?
俺の中には、大事なものが増えていく。
古い俺に、古いお前。思い出せない記憶の端と、今ここにいる、俺とお前。
上書きされずに蓄積される。
抱えきれない過去の罪は右目の奥にしまい込んだ。
そうして朽ちた右目でさえも涙を流すことくらいは、まだ出来る。
この真っ暗な涙の意味を、お前は一生理解できない。
なあ、そうだろう?
「ほら、これでもう全部俺様のもの。ね?」
ああもう、さっさと黙ればいいのに。
END
***************
にっちもさっちもいかない葛藤。
伊達ちゃんばっかり悩んで泣いて…ちきしょう佐助、もっとやれ。
戦国:01「ずっとそこに、きっとココに」
↓
戦国:02「感情リセットボタン」
↓
コレ
↓
現代:05「今は俺だけの特等席」
↓
現代:10「あの日の君が、どこに居ても。」
の順で読むとなんとな〜く分かるかもしれないし、分からないかもしれない!←
(2012.11.29)
prev /
next