Short-SxD- | ナノ

 12.Doubt



納得がいかない。

昨日までハロウィンだなんだと街中が賑やかさでいっぱいだったくせに、0時を過ぎた途端に一気に年末に向けてみんな走り出した。

夢の国は今日からクリスマスだし、ケーキ屋は聖夜のための予約アピールを始めるだろうし、街の大通りの並木にはイルミネーションがつけられてカップルの為のロマンチック演出に全力を注ぐんだ。

フライドチキンのCMには毎年恒例のあの名曲、テレビ番組もどんどん冬を意識した特番が増えてきて、気がついたら年末、そのまま年越ししてハッピーニューイヤー、別段代わり映えのないものを食べて冬休みが終わるのをごろごろして待つことになるんだろう。


納得がいかない。
これからの季節は1人で楽しむイベントなんか1つもないってのに。

ないってのに!


…そんな事を考えながらとぼとぼ歩く学校からの帰り道。
吹く風も冷たければ、まんまとその風に冷やされた自分の指先はもっと冷たい。
それを暖めてくれる恋人がもう自分には居ないのだという現実も、一層寒い。

クリスマス用の彼女なんて、作ろうと思えば簡単に出来るんだろうとは思うのだが、全くその気になれない理由は、単純に前の恋人に未練があるからというありがちなもの。
そしてあろうことかその元恋人は、今でも自分の隣に居続けている。

歩くときも座るときも眠るときも、自分の左隣には彼がいた。
隻眼の彼にとっては、見えない右側に俺様が居ることが安心できるんだ…と、以前モゴモゴと照れながら話してくれた。
可愛すぎて最後まで聞かずにちゅーしたら、顔真っ赤にした彼に思いっきりぶん殴られたからよく覚えている。

とにかく彼は、俺様の左隣というスペースに、当然だとでも言わんばかりに居続けているのだ。


『なぁ、ちょっと別れてみるってのどーよ』

一緒に帰ろうぜ、と同じノリで別れ話された時は、さすがの俺様も凍りついた。
悪ふざけのつもりで言ってるんじゃないっていうのは、彼の目を見れば聞き返すまでもなかった。
そもそも彼は、そんな面白い事を言えるような人ではない。

『別れるっつーかさ、キスしなくなるだけ。友達に戻るの。俺の言いたいこと、わかるか?』

それじゃあ体の関係はいいんですか先生〜
…って、今の俺様なら言えるかもしれないけど、あの時は頭が真っ白で涙も出なくてね。
何も言わずにその場を去った。


あれからまだ24時間すら経過していないだなんて、この世界の時間軸は一体どうなってしまったんだ?

もっと言うなら、最愛の恋人に突然振られて傷心な俺様が、1人きりで枕を濡らして眠るはずだった今日、今、この瞬間。
なぜ自分の左隣には彼がぴったりとくっついて眠っているんだろうか。

わからない、伊達ちゃんの言ってることもやってることも、わからなさすぎる。
いつも通りの寝顔に耐えられなくて、右側に寝返りをうって背中を向けた。今までからは考えられない自分の行動に、心臓が痛くなる。

だって…別れたんでしょ?
そうなんじゃないの?
なんで普通に合鍵使って泊まりに来るの?
『キスしない関係』を自分から選んでおいてこんな仕打ちひどいじゃないか。一体自分が何をしたって言うんだ、ねえ伊達ちゃん、寝てないで答えてよ、ねえ、起きてちゃんと話そうよ、なんで別れるって言い出したのかまだ聞いてないよ、ねえ伊達ちゃん、ねえ

まだこんなに好きなのに。





「…泣くほど嫌なら…っ、なんでそうやって言えねえんだよ…」


急に背中に投げかけられた声。
狸寝入りなんて、やっぱり伊達ちゃんはずるい男だ。
こっそり泣くくらいしたっていいだろうと、ようやく絞り出した一筋を静かに流してみただけだったのに、しっかりバレてしまっていた。
だけどそんなことよりも何よりも…
背中に体を預ける伊達ちゃんの声が、そんな俺様以上に涙ぐんでいることに戸惑いが隠せない。



「…泣かせてるのは自分のくせに、なんで俺様より泣いてんの?」

乾いた唇が情けなく震える。

「お前が嘘ばっかりつくせいだ」

背中にしがみついた手が震えてる。

「伊達ちゃんに嘘なんか、ついたことないんだけど」

震える手が触れているところだけ、背中があつい。

「…俺になくても、自分についてんだろうが、バカ」

バカって言われた。
ひどいなぁって呟いてみた。
だけど何にも、言えなくなった。

「お前はなんでもかんでも、自分の気持ちを隠すことでしか物事成り立たないと思ってる」

ほんとうに何にも。

「好き、はうざいくらいに言えるのに、なんでイヤだ、が言えねえんだよ」

…おっしゃるとおりで。

「お前が自分を偽って俺との関係を続けてるのは、お前が俺に嘘をついてるってことにはならねえのか?」




…ああ、なんてことだ、こんなに頭を悩ませたのに、こんなことだったのか。

嫌に決まってるじゃないか。
なんで失わないとならないんだ、こんなに自分の事を大事に想っている人を。



「伊達ちゃん、俺様実は結構ヤキモチ焼きだって知ってた?」

「しらね」

言ってないからね。
端から見たら俺様は何にでも冷静っていうイメージなんだと思う。
間違ってないけど、伊達ちゃんの事となると別なんですよ、っていう説明はあとでするね。

「今じゃないと言えない事があるんだけど、顔見て話すのとこのまま話すのと、どっちがいい?」

「今ここベスポジだから動きたくねえ」

スエット、そんなにぎゅってされたら背中のとこだけのびちゃうよ…
可愛いなあとか言えば照れて離してくれるんだろうか。

「…って言われても無視します、顔見せてください」

「じゃあなんで聞いたんだよ」

「そういう意地悪なことするのも好きです、知ってた?」

「しらね。俺、3ヶ月もお前と付き合ってんのに、お前の事なんにもしらね」

だから不安になって俺様の本音を聞き出そうとしたとか言われたらどうしよう。
別れ話切り出してまで、そんなこと試しちゃうくらいギャンブラーだったっけ?
もしかして伊達ちゃん、俺様のこと相当大好きなんじゃないだろうか。

「付き合って3ヶ月は決して長くないですよ、伊達さん」

「…俺の中では最長なんだよ」

もぞもぞ、と寝がえりを打って、後ろに逃げようと距離を取った伊達ちゃんを少し強引に引き寄せる。
腕の中に窮屈そうに収まった伊達ちゃん。
背中を掴んでいた二つの掌が行き場を無くしてふらふらと布団の中で彷徨っている。

「こんな感じで自称Sな俺様なんだけど、何を犠牲にしてでも別れたくないってすがるの、女々しくて気持ち悪くない?」

「…まったくだな」

これはひどいと思った。
だけど、もう一度ぎゅ…と背中に感じる暖かさと、俺様の胸元に顔を押しつける仕草に、すぐさま意識が持って行かれて、どうでも良くなって。

「伊達ちゃん、素直になれない気持ち悪い俺様ともう一回お付き合いしませんか」

「最高に気持ち良く痺れられるキスが出来たら、考えてやってもいいぜ?」

「…得意分野ですけど、いいんですか」

「じゃあだめ」

なにがしたいの、っていう心の声が聞こえたらしい。
さっきまで俺様より鼻声だったくせに、ふふふ、って笑って、背中がまたぎゅってなる。
ああ、本当にずるい、どこまでもずるい。
最初から、別れる気なんて微塵もないくせに、そうやって焦らして焦らして…最後に溶けちゃうのは伊達ちゃんの方なんだよって、ちょっと分からせてあげないといけないみたいだ。

不意に足に触れた、伊達ちゃんの冷たい足先。
くっつきたい、って思ってる時に無意識に出る伊達ちゃんの癖。
これ結構すきだから、癖だよね、とはまだしばらく教えてあげない。

仕方ないから、いっしょにあったかくなってみようか。
これから寒くなるしあからさまなイベント増えるし、伊達ちゃんはそういう恋人イベント好きじゃないかもしれないけど、俺様今までよりもわがまま出してもいいらしいので、目いっぱい付き合ってもらうからね。

ひとまずここは、お布団の中で。
愛情の再確認、どうですか。





END

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