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 09.名前も知らない神様へ


「だから今日だけは残業しないって言ったのにー!!」


無念の凱旋帰宅を果たした男がひとり。
部屋に上がるも電気もつけず、深いため息といっしょになって、ソファにどさりと倒れ込んだ。

胸元から出した携帯電話のディスプレイが放つ白い光が、冷たい空気が流れるその部屋でさみしさを一層強く演出してくれている。
いらぬ世話だ。


本当であれば、今日は定時ダッシュで退社して、ケーキとワインを買って、最愛の恋人の家に突撃訪問でもしてやろうかと企てていたのだが…
社会人というのは本当に不便な生き物だ。
あれほど何日も前から「8/2だけは絶対に俺様帰るからね!!!」とあらゆる方面に言いまくっていた、あのアピールの意味は一体なんだったのか。

なにもこんな時にトラブルを起こさなくたっていいじゃないか、後輩よ。
いつもだったら余裕でこなせちゃう仕事だったじゃないか。
なんで、どうして、今日なのか。


「あーあ、あと3分って…ていうかケーキなんて売ってるとこもう開いてないよ…」


携帯の待ち受けに表示されたカレンダーの、明日のところ。
「3」の数字の上に星マークがきらきらしているその日付をタッチすると、画面が変わって予定一覧が表示された。
そこに、もう何か月も前から入れておいた、<伊達ちゃんの誕生日>。

「日付変更と同時に直接お祝いしてあげたかったなあ…」


ゆるゆるに結んでいたネクタイを更に緩めながら、仰向けに寝転んだままで電話をかける。
会いに行けなくとも、おめでとうを言うのは自分が一番最初がいい。
ああ、なんで今日はまだ木曜日なんだ、金曜日なら次の日の仕事なんて考えないで、今すぐにでも家を飛び出す所なのに。

ディスプレイの時刻は23:59

ちょうど電話に出た頃に、日付が変わるだろう。
すこしだけ、お腹の奥がきゅ…と緊張するような、変な感覚が沸き起こってくる。
もうサプライズでもなんでもない、ふつうのお祝いになっちゃうけど、それでもいいよね。

通話ボタンを押して、すう、と部屋の空気をもう一度すいこんだ。



そこで気が付いた、ある違和感。
この真夏の炎天下の中、いくら深夜とはいえなんでこんなに部屋が冷えているんだ。
ああ、もう!
またエアコン切り忘れてたんだ…俺様としたことが…。
夏場の電気代は、エアコン様と扇風機様のご機嫌次第だ。


電話の中から聴こえてくる大音量の「待ちうた」のメロディ。
伊達ちゃんが好きな洋楽バンドの、メガヒット曲。
待ちうたって機能をよく分からないまま設定して、自分に全く聴こえないと気付いた時の伊達ちゃんのあの顔が…
ははっ、思い出したらなんか笑えてきた。
自分が聴けないのが悔しいからって、俺様からの着信音も、まったく同じ曲にしてたよね。
可愛くって仕方ないでしょ。


ところで全然でないな電話。
もう0時になっちゃうよー!出てよー伊達ちゃーん!

…と、そこで、もうひとつの違和感に気が付く。
右耳に流れ込んでくる、聴きなれたその音楽…なんだか音がダブって聴こえる。
昨晩電話をした時は、こんな二重には聴こえなかったはずだが…














えっと、
ほんとに?


なんてことだ


こんなことってありえちゃうの?




携帯を耳から外してソファから勢いよく起き上がる。
そのままリビングを出て、隣の自分の寝室のドアを開けて電気をつけた。






ああもう、これだから大好きで仕方ない!!!!!


狙ってないとしたら大罪だよ!
可愛すぎてどうしたらいいのか!




スーツのままベッドにころんと転がっている見慣れた寝顔。
手に握った携帯がぴかぴかと光りながら、佐助の携帯から流れる音楽と同じ曲を奏でていた。


「ふふっ、伊達ちゃんもお疲れ、みたいだね?」


これだけ大音量で流れる音楽にも気付かずに、ぐっすりと眠るその姿に、つい口が緩んでしまった。
終話ボタンを押して、もう一度部屋を沈黙に戻す。
ベッドの脇に腰かけると、体重の重みで軋んだベッドの音がぎし…と響く。


汗ばむ額に張りついた前髪を、さらりと撫でて名前を呼ぶと、んん…と身体をもじもじさせて、ほんの少し、目を開けた。
寝ぼけて焦点の合わない左目が佐助の笑顔を捉えるまで、ほんの少し時間がかかったようだった。


「ん…おかえり、おそかったじゃねーの…いまなんじ」

「仕事でトラブってね、後輩の尻拭いで予定外の残業だよ。もう12時を過ぎていますよお姫さま」

「ばあか、んな目つきの悪ぃ姫がどこにいるんだよ」


ごろん、と寝がえりをうって起き上がろうとするも、思ったように力が入らなかったようで、うわあ〜とだらしない声を上げて再びベッドに戻ってきた。


「ほら伊達ちゃん、着替えないと。来るなら来るって言ってくれればよかったのに。」


腕をひっぱって抱き起そうとしたその時、思わぬ引力に引っ張られてそのまま政宗の上に重なるように倒れ込んだ。
いたずらをした張本人は、にこにこと寝ぼけ眼のまま佐助の身体にしっかりしがみついている。


「こーら、あんまりいたずらしてると襲っちゃうよっ」

冗談混じりの、いつもの台詞。
そこで初めてのカウンター攻撃を繰り出す政宗。

「なんだ、まだ何かしないと襲って来ないのかよ」

「…っ!?ちょっ、何て言ったのこのお口!!!」

今まで「はいはい」で済まされてただけに、この殺し文句の効果は絶大だ。
顔を真っ赤にしてあたふたする佐助の耳元で、政宗がトドメの一撃を繰り出した。



「お前に出逢えたこの命に感謝を込めて、最初のおめでとうはお前に言わせてやってもいいぜ」





今まで信じていなかったあらゆる神様、仏様。
これからも信仰深くなることはないと思いますが、一言だけ…。

伊達ちゃんと俺様を引き合わせてくれた事だけは、揺るぎない成功だったと思いますよ。
なんというか、あのその、えっと、ありがとう。




「誕生日おめでと、伊達ちゃん。ケーキのかわりにアツーいちゅーはいかがですか」

「明日、最高に美味いチョコケーキ買ってくれな」

「チョコでもイチゴでも生クリームでも、今の伊達ちゃんより甘いものないって」



はは、ちげーねーやー…なんて、いつもだったら絶対言わないくせに。
どこまで反則技を叩き出せば気が済むのか。

可愛いから許すけど。




あ、盛り上がる前に、色気の無い話を今のうちにしておくね。
今度からはエアコンちゃんと切って寝てください、お願いします。





END

(2012.08.03)

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HAPPY BIRTHDAY 伊達ちゃん!!!
わたしもあなたに出会えて幸せ!!!!



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