▼ 04.near
待ち合わせはいつものファミレス、とだけ言われて電話を切られた。予備校の帰りに必ず寄る、駅前のファミレスの事だ。
30分もあれば到着できる距離ではあったが、何せ今の今まで部屋でゴロゴロとだらけていたのだ。服装も髪型も何もかも、すぐに出発できる準備は何一つ出来ていない。
どうせ佐助の事だから一時間くらい待たせても平気だろうと、軽くシャワーを浴びてから家を出た。
しかし、実際にファミレスに到着するなり、早く来てやれば良かったと後悔する事になる。
「伊達ちゃん…おそいよ…」
そうボヤいてテーブルに突っ伏す佐助。四人掛けソファーのボックス席で一人、奥側に山のように積まれたショッピングバッグを支えるかのように、佐助が通路側に座っていた。
「何なんだ、この荷物の量は?全部女物じゃねえか…」
積まれた荷物に書かれているのは、およそ佐助が着るとは思えない服のブランド名ばかり。
疲れきった様子の佐助に尋ねると、その問いに答えたのは背後から現れた別の声だった。
「全て私のものだ」
驚き振り向くと、そこには見覚えのない金髪の女が一人、ドリンクを二つ持って立っていた。
「奥に詰めてくれないか、私も座りたい」
そう言って俺の肩をぐいっと座席の奥に詰め込む強引さにぽかんとしていると、佐助がようやく口を開いた。
「ちょっとちょっと、伊達ちゃんに失礼な事しないでってば」
突っ伏した体を起こして、女が持って来たコーラを飲みながら溜息を漏らす。
「あ〜驚かせてごめんね〜伊達ちゃん。こいつは、かすが。この買い物の山は全部こいつの。ひっどい量でしょ?荷物持ちする身にもなれってんだよ〜…」
「お前が先に買い物に付き合えと誘ってきたんだろう!たまたま私の方が買う物が多かっただけで…!」
「おかげでオレは一つも買い物出来てないんだけど。折角お揃いで浴衣買ってあげようと思ってたのに」
目の前で繰り広げられる口喧嘩を黙ってしばらく聞いていて、大体状況が分かってきた。
このかすがという女と佐助は付き合ってるのか?良く分からないが、とにかく俺は佐助がこの場からエスケープする為に駆り出されたようだ。
「…で?俺はどうすればいいんだ?」
やいやいと言い争う二人の会話を遮ると、視線が一気にこちらを向く。
水を刺されて冷静さを取り戻したのか、二人ともソファーに座り直して静かに手元のコーラを飲み始めた。
「ん〜オレはとにかくこのまま伊達ちゃんと買い物のやり直しに行きたいんだけど」
「あ〜…つまり佐助は買いたかったお揃いの浴衣がまだ買えていないけど、この荷物を持ってまた買い物に行くのはダルい。で、え〜と、かすがさん?は荷物を持って一緒に帰って欲しい。でも佐助はもう一度俺を連れて買い物に出たい。買うものは二人のお揃いの浴衣、と」
要点を並べてみると、想像以上にバカバカしい。佐助の手からコーラを奪い、多めの一口を勝手に飲んで、率直な意見を叩きつけた。
「俺、帰っていいか?」
「ええええ待ってよ伊達ちゃん!聞いて!オレを助けて!」
佐助が慌てふためき、コーラを持つ俺の手に縋り付くように握ってくる。必死すぎて気持ちが悪い。
「俺が居てもしょうがねえだろ、一旦その荷物持って帰って、もう一回二人で浴衣買いに行きゃいいじゃねえか」
「いやいやどうせ、かすがの買い物だけで終わるんだって!オレと買い物行こうよ伊達ちゃん〜お願い〜!」
「そうだな…確かにまた買い物に行けば欲しい物はあるかもしれないしな。私は家まで荷物を運んでくれさえすれば、その後はお前たちだけで出掛けようが全く問題ないが?」
「ほら!だってさ!伊達ちゃんお願い、かすがの家まで荷物運び手伝って〜!!」
…呆れて怒る気にもなれない。
初対面の女の荷物運びをする為に呼び出されて、その女と佐助のお揃いの浴衣を買うために買い物にも付き合わされるとは…だが…。
「佐助、お前残りの夏期講習の間、昼飯おごれ。それで付き合ってやるよ」
「マジ!?おごるおごる!」
…自分の甘さにも、呆れてしまう。
佐助があまりにも必死だったので段々と可哀想に思えてきたのだ。
このかすがって女、絶対に付き合いたくないタイプだ。
「お前、よくあいつと付き合えるな…体力持たねえよ普通…」
かすがの家に向かうバスの中で、小声で佐助に話し掛けると、少し困ったような顔をして返事をした。
「まぁ慣れだよね。幼馴染みってやつ…それにしても、伊達ちゃんが他人の女にケチつけるの珍しいね?」
他人の女…そうか、やっぱりこいつら付き合ってるのか。
別に困らせようとしたつもりは無かったのだが、確かに自分の彼女をそんな風に言われてイイ気はしない。
「あ、ああ…悪い。気にすんな」
「気にしてないよ。言われて当然だと思ってるしね〜オレも」
そう言うと佐助は、両手に抱えた大荷物を持ち直し、バスが着くまで黙り込んでしまった。
申し訳なさと同時に、何か胸の奥がざわめいた。
(あんだけ毎日俺と遊び倒してたくせに、佐助には大事な奴がちゃんと居たんだな…)
女がいる素振りなど、今まで欠片も無かった。しかし現にこうして付き合っている奴がいる。
俺の知らない事があとどれ位あるのだろうかと、急に淋しさのような感情が胸いっぱいに広がっていった。
「……俺も彼女作るかな」
本気さはひとつまみ程度だった。
それに、バスの走行音に掻き消されてくれるように呟いたのに、佐助の耳はこれを拾い上げてしまったようだ。
「なに突然…やめてよ、びっくりするじゃん」
「冗談だ。夏だからな、言うだけタダだろ」
それに彼女なんて作っても、俺は佐助とばっかり遊んでそうだ…とは口に出しては言わなかったけど。
実際そうなる気がして仕方がなかった。
(2014.06.28)