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 02.thing

出会いは意外と早かった。
中学が同じ地区だった俺達は、別の学校に通いながらも部活の公式試合でよく顔を合わせていた。
当時もやはり、お互いチーム内でそれなりに実力もあって目立つ存在だった為か、話すことは無くとも顔だけはよく覚えている、それだけの間柄。

だが一度だけ、引退直前の試合会場でアイツに名前を呼ばれた事があった。

『伊達くん、次は高校選手権で。ね?』

既にトーナメントで敗退して引退が決まっていたアイツのチームが、帰り支度をして体育館のエントランスに集まっていた時だったと思う。
たまたま通りかかって、一瞬目が合って、会話をするには少し遠い距離のまま、そう話し掛けられた。

少しばかり急なコンタクトに驚いて、そうだな、とだけ返す。名前が分からなかったから…というのはおかしいかもしれないが、言葉に詰まって会話を続けられない俺を見て、アイツは『じゃあ、またね』と手を振った。

「名前…俺の名前知ってたのか、アイツ」

中学最後の試合の前に、なんだか申し訳なさのような、ぼんやりとした噛み砕くことのできない感情を抱いたのを覚えている。



それから再び顔を合わせる事になったのは、高校3年の夏だった。
夏期講習の為に訪れた予備校で、バッタリと鉢合わせ。ほぼ3年ぶりだと言うのに、目立つ髪色のおかげか、俺の記憶はすぐにアイツの存在を脳みその奥から引っ張り出してきた。
中学の頃よりも幼さが抜けた顔つき。ぐんと伸びた身長。背幅も広くなって、18才らしい体型をしている。

高校選手権でまた、なんて言っていたくせに、アイツも俺も高校では部活には入らずに過ごしてきたとその夏に知ったのだった。

『うわぁ、すっごい久しぶり』

そう言って近付いてきたアイツの視線が、当時まだ着け慣れていなかった俺の眼帯に向けられた。
俺が条件反射のように、右へ流した前髪を指ですいて誤魔化そうとしていると、アイツはまた少し俺に近づいて目の前に立ち、自分の身長と比べるようにして笑って言った。

『伊達くん、何も変わらないね。身長伸びたくらい?』

事故で右目を失ったばかりの当時の俺に掛ける言葉としてはあまりにも意外だったソレに、逆にギクリと身じろぎしてしまう自分が情けなくもあった。

黙ったままの俺に、先程よりも少し静かに、念を押すかの様にもう一度告げる。

『何も、変わらないよ』

その瞬間。
「ああ、こいつは頭がいいんだな」
そう思った。
一種の感動でもあったと思う。
何も変わらないなどそんな訳がない、誰が見てもそれは明白。右目に掛けられた眼帯は嫌でも目立つし、隠す為に少し長めに伸ばした前髪は、この猛暑が続く夏には不似合いだ。

だけどどんなに否定しても、事情を何も知らない筈のアイツが返す言葉は同じだった。
『変わらないよ』と、ただそれだけ。
興味本位で触れられるには、まだ当時は自分の中で受けたショックを消化しきれていなかった。何も知らないからこそ、頭のいいあいつは俺の様子から察してくれたのかもしれない。


『そんなに頑なに否定しなくても良くない?逆に何が変わったの?童貞捨てたとか?』

「お前そういう事言う奴だったんだな…」

『伊達君はイメージ通り、下ネタ苦手なんだね。で?どうなの?』

「3年前に見ていた景色よりも、今は少し窮屈になったな」

『いやいや童貞捨てた時の話が聞きたいんだってば。カッコつけたこと言っても、オレは誤魔化されないからね、聞き出しちゃうよ〜』

「なんだ、お前まだ捨ててないのか。飢えてんだな、かわいそうに」


慰めにもならない、くだらないやり取りが楽しかった。見た目を気にして俯いていたのが急にどうでも良くなって、何も気にせず誰かと居られる事にホッと安心した。
たった1つになってしまった俺の瞳が、不覚にもアイツの馬鹿さに救われて、じんわりとした温かさに包まれて揺れる。

俺の右側でノートにらくがきしていたアイツは、知らない事だと思うけど。



(2014.02.10)
(2014.06.27 加筆修正)



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