▼ 08:さんきゅー事件
なにやってるんだか、自分でも説明できなかった。
目の前で、至近距離で、俺様の手つかんで黙りこんでる伊達くんに、頭がやられてしまったのかもしれない。
どうしても我慢ができなくて。
伊達くんを抱き寄せて腕の中でぎゅっとしてしまった。
脳みそが沸騰してるんじゃないかってくらい、顔がガンガン熱くなっていくのがわかって、自分の事ながら余計に戸惑いを隠せなくなった。
伊達くんの背中に回した腕が、若干震えてて情けない。
急に男に抱きつかれて、きっと気持ちが悪いと思われてしまっただろう。
それも今日初めてちゃんと会話をしたような、出会ったばかりの男に。
自分が不審人物すぎて泣きそうだ。
そもそも自分が、好きな相手の前ではこんなにいっぱいいっぱいになるだなんて、想像もしていなかったんだ。
抱きついてしまった。
抱きついてしまった。
姿を見てるだけでも精一杯だったのに、抱きつくなんて高度なことをしてしまった。
どうやってこの腕を解いて、どうやって何もなかったかのように話し始めればいいんだろう。
正直離したくない。
だけどこれ以上この状態なのも心臓が耐えられない。
心臓が活発すぎて吐きそうだよもう…
「おい、猿飛」
ずっと無言だった伊達くんが、俺様の名前を呼んだ。
「……なんでしょうか」
なんでしょうかじゃないよ何言ってんだ俺様。
せめてその情けない声、もうちょっとどうにかならないのか。
「もーわかったから、離せ、な?」
「…へ?」
わかった?
わかっちゃったの?
えっと、なにがわかっちゃったの??
「礼ならいいから、さっさとメシつくろうぜ?腹満たしてくれた方が嬉しいぜ?」
あまりにも伊達くんがけろっとしてるから、調子が狂って自然と腕から力が抜けた。
礼ってどういうことだろう。
俺様の腕の中からひょいっと出て行った伊達くんは、そのまま吹きこぼれた鍋のところに行って、火をつけ直す。
普通だ。
普通すぎる。
逆に不安なんだけど、えっと、今の俺様の行動に引いたりとかしなかったの?
「…伊達くん」
「ん?」
本当に何事もなかったかのように、さっきと同じ表情で振り向く。
普通は驚くなり、引くなり、むしろ笑い飛ばしてくれた方がよかったんだけど、なんかあるよね?
ポーカーフェイスが上手いだけなのかな。
「礼って?」
「なにがだ?」
「礼はいいからって、さっき言ってたじゃない」
「ああ、あれだろ?お前もThank you言えない代わりにハグでごまかすタイプだろ?」
「……へ?」
なに言っちゃってんのこの人。
「へ、じゃねえよ。」
「いや、えっと、そうなの?ていうか気持ち悪いとか思わなかったの?」
ここまで聞いていいのか分からなかったけど、もう今さらだ。
今しか聞けない。
「そうなの?ってお前…まぁ自覚なくやってる友達は何人もいたけどな、気にしねえよ。お国柄そういうのは多かったからな」
「お国柄って?」
なんだか雲行きがあやしくなってきた。
「ああ、俺な、中学の3年間はアメリカにいたんだよ。」
あ め り か
「帰国子女ってやつですか」
「Exactly!だからな、お前みたいな奴いっぱいいたぜ?」
ほう。
なるほど、どうやら思ったよりもハードルは高いらしい。
とりあえず安心したような、ガッカリしたような…
複雑な感情がぐるぐるしている。
「伊達くんもうちょっと警戒心持った方がいいよ」
不審な行動してる自分で言うのもなんだけど…
これから俺様と同じようなことしてくる奴がいたら、同じようにはいはいって受け入れてしまうのかと思うと、ちょっといやだなって思った。
「ん?なんだって?」
この人きいてないし、
「いや、なんでもないです」
「なんだよ、もっかい言えよ」
「いや、結構です、そのパスタ湯切りしてください」
「なんで敬語?」
「そういう気分でして」
「ははっ、なんだそりゃ」
そういう気分ですよ本当に。
伊達くんに気付かれないように、ものすごく静かに溜息をこぼしてみた。
こっちはまだ心臓が痛いくらいだっていうのに、目の前のこの人はあのハグを日常生活の1シーンとして処理してしまっている。
頭にあるのは夕飯の事だけらしい。
切ないというか…なんというか…
「おーっす、もどったぞー」
「佐助っ!アイスと大福を買ってきたぞ!」
「幸村、大福のアイス、でしょ?」
玄関が急に騒がしくなって、聞きなれたボケとツッコミがとんできた。
「うわあ〜もういい匂いする〜!」
「言われたもん全部買ってきたぜ?さあ作れ!」
さあ作れってアンタ…
作るけどさっ
「はいはい、全員ちゃんと手洗ってきて?」
「某が案内するでござるっ!慶次殿、元親殿っ、こっちでござるよ!」
「幸村〜そのおっきいお子ちゃま達に新しいタオル出してあげて〜」
「うむ!!」
「おいおい誰がお子ちゃまだこら、年上に向かって」
そう言ってひょこひょこと幸村のあとについていく元親の姿は、ただの大きい子どもにしか見えなかった。
受け取った肉をガサガサと取り出しながら、ふっ…と小さく笑う。
すると、一部始終を黙って見ていた伊達くんが、急に笑い出した。
「ははっ」
「えっ、笑うとこあったっけ」
「あるだろ、お前、ほんとにあいつらの母ちゃんみてえじゃねえの」
「どこが!!!!」
「どこもかしこもだ」
冗談やめてくれ。
手がかかりすぎて倒れてしまう。
「幸村だけで手いっぱいだよ、これ以上は勘弁して」
「お、母ちゃんポジションを認めたな?」
「認めてません!!!」
実際は、確かに保護者な気質はあると思ってるけど。
「何の話してんの〜?こんな短時間でそんなに仲良くなっちゃって〜!おれもまぜてよっ」
「おい慶次、コーラ買って来いって言ったじゃねえか。なんで玄米茶なんだよ」
「幸村がさ〜、スーパーの試飲コーナーで変なおっさん従業員につかまったんだよ」
「うむ、ものすごく強引に菓子とお茶を渡されたので、買うしかないと」
幸村ってほんと…
お菓子につられて誘拐されても、その事に気がつかなさそうだ。
「まぁいーよお茶でも。伊達くんはとりあえずこのまま手伝って?残りの三人適当にその辺で遊んで待っててよ」
「メシはやくー!!腹へったー!!」
「元親、ほら幸村が渡されたお菓子ちょっと食べてようよ」
「なっ…!某のでござるぞ!!」
「幸村と慶次は勉強してなさいね〜」
「………そうであった…」
数分前まであんなに緊張のさなかにいたというのに。
この空気の変わりようは最早イリュージョンだ。
自分1人だけがあたふたしているのが、すごく滑稽に思えてしまって、またひとつ溜息が零れた。
隣で一緒になってハンバーグ捏ねてる俺様の好きな人も、本当に何事もなかったという風に、元親たちと話している。
実際彼の中では、ヤケドを心配してくれたお礼としか思われていないのだろうけど。
気付いてよ、俺さま、生粋の日本人なんだけど。
ありがとう、もちゃんと言えるよ。
好きな人にしか抱きついたりしないよ。
俺様、伊達くんのこと、すきなんだよ。
気付いて。
気付いて。
気付いて。
やっぱり気付かないで。
いやでもやっぱり…
なんだろう、この悲しい感情。
恋するって、こんなに心が忙しいものだったっけ。
出来上がったハンバーグは、「形がいつもより汚い」って幸村からクレームが来ました。
To be continued…
(2012.09.29)