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 08:さんきゅー事件



なにやってるんだか、自分でも説明できなかった。
目の前で、至近距離で、俺様の手つかんで黙りこんでる伊達くんに、頭がやられてしまったのかもしれない。
どうしても我慢ができなくて。


伊達くんを抱き寄せて腕の中でぎゅっとしてしまった。



脳みそが沸騰してるんじゃないかってくらい、顔がガンガン熱くなっていくのがわかって、自分の事ながら余計に戸惑いを隠せなくなった。


伊達くんの背中に回した腕が、若干震えてて情けない。

急に男に抱きつかれて、きっと気持ちが悪いと思われてしまっただろう。
それも今日初めてちゃんと会話をしたような、出会ったばかりの男に。
自分が不審人物すぎて泣きそうだ。
そもそも自分が、好きな相手の前ではこんなにいっぱいいっぱいになるだなんて、想像もしていなかったんだ。


抱きついてしまった。
抱きついてしまった。
姿を見てるだけでも精一杯だったのに、抱きつくなんて高度なことをしてしまった。



どうやってこの腕を解いて、どうやって何もなかったかのように話し始めればいいんだろう。
正直離したくない。
だけどこれ以上この状態なのも心臓が耐えられない。

心臓が活発すぎて吐きそうだよもう…






「おい、猿飛」




ずっと無言だった伊達くんが、俺様の名前を呼んだ。



「……なんでしょうか」


なんでしょうかじゃないよ何言ってんだ俺様。
せめてその情けない声、もうちょっとどうにかならないのか。


「もーわかったから、離せ、な?」

「…へ?」


わかった?
わかっちゃったの?
えっと、なにがわかっちゃったの??



「礼ならいいから、さっさとメシつくろうぜ?腹満たしてくれた方が嬉しいぜ?」



あまりにも伊達くんがけろっとしてるから、調子が狂って自然と腕から力が抜けた。
礼ってどういうことだろう。
俺様の腕の中からひょいっと出て行った伊達くんは、そのまま吹きこぼれた鍋のところに行って、火をつけ直す。

普通だ。
普通すぎる。
逆に不安なんだけど、えっと、今の俺様の行動に引いたりとかしなかったの?


「…伊達くん」

「ん?」


本当に何事もなかったかのように、さっきと同じ表情で振り向く。
普通は驚くなり、引くなり、むしろ笑い飛ばしてくれた方がよかったんだけど、なんかあるよね?
ポーカーフェイスが上手いだけなのかな。


「礼って?」

「なにがだ?」

「礼はいいからって、さっき言ってたじゃない」

「ああ、あれだろ?お前もThank you言えない代わりにハグでごまかすタイプだろ?」

「……へ?」



なに言っちゃってんのこの人。



「へ、じゃねえよ。」

「いや、えっと、そうなの?ていうか気持ち悪いとか思わなかったの?」



ここまで聞いていいのか分からなかったけど、もう今さらだ。
今しか聞けない。



「そうなの?ってお前…まぁ自覚なくやってる友達は何人もいたけどな、気にしねえよ。お国柄そういうのは多かったからな」

「お国柄って?」



なんだか雲行きがあやしくなってきた。




「ああ、俺な、中学の3年間はアメリカにいたんだよ。」



あ め り か



「帰国子女ってやつですか」

「Exactly!だからな、お前みたいな奴いっぱいいたぜ?」





ほう。



なるほど、どうやら思ったよりもハードルは高いらしい。

とりあえず安心したような、ガッカリしたような…
複雑な感情がぐるぐるしている。



「伊達くんもうちょっと警戒心持った方がいいよ」


不審な行動してる自分で言うのもなんだけど…
これから俺様と同じようなことしてくる奴がいたら、同じようにはいはいって受け入れてしまうのかと思うと、ちょっといやだなって思った。



「ん?なんだって?」


この人きいてないし、



「いや、なんでもないです」

「なんだよ、もっかい言えよ」

「いや、結構です、そのパスタ湯切りしてください」

「なんで敬語?」

「そういう気分でして」

「ははっ、なんだそりゃ」



そういう気分ですよ本当に。

伊達くんに気付かれないように、ものすごく静かに溜息をこぼしてみた。
こっちはまだ心臓が痛いくらいだっていうのに、目の前のこの人はあのハグを日常生活の1シーンとして処理してしまっている。
頭にあるのは夕飯の事だけらしい。


切ないというか…なんというか…




「おーっす、もどったぞー」

「佐助っ!アイスと大福を買ってきたぞ!」

「幸村、大福のアイス、でしょ?」


玄関が急に騒がしくなって、聞きなれたボケとツッコミがとんできた。


「うわあ〜もういい匂いする〜!」

「言われたもん全部買ってきたぜ?さあ作れ!」


さあ作れってアンタ…
作るけどさっ


「はいはい、全員ちゃんと手洗ってきて?」

「某が案内するでござるっ!慶次殿、元親殿っ、こっちでござるよ!」

「幸村〜そのおっきいお子ちゃま達に新しいタオル出してあげて〜」

「うむ!!」

「おいおい誰がお子ちゃまだこら、年上に向かって」



そう言ってひょこひょこと幸村のあとについていく元親の姿は、ただの大きい子どもにしか見えなかった。
受け取った肉をガサガサと取り出しながら、ふっ…と小さく笑う。
すると、一部始終を黙って見ていた伊達くんが、急に笑い出した。


「ははっ」

「えっ、笑うとこあったっけ」

「あるだろ、お前、ほんとにあいつらの母ちゃんみてえじゃねえの」

「どこが!!!!」

「どこもかしこもだ」



冗談やめてくれ。
手がかかりすぎて倒れてしまう。



「幸村だけで手いっぱいだよ、これ以上は勘弁して」

「お、母ちゃんポジションを認めたな?」

「認めてません!!!」


実際は、確かに保護者な気質はあると思ってるけど。


「何の話してんの〜?こんな短時間でそんなに仲良くなっちゃって〜!おれもまぜてよっ」

「おい慶次、コーラ買って来いって言ったじゃねえか。なんで玄米茶なんだよ」

「幸村がさ〜、スーパーの試飲コーナーで変なおっさん従業員につかまったんだよ」

「うむ、ものすごく強引に菓子とお茶を渡されたので、買うしかないと」



幸村ってほんと…
お菓子につられて誘拐されても、その事に気がつかなさそうだ。



「まぁいーよお茶でも。伊達くんはとりあえずこのまま手伝って?残りの三人適当にその辺で遊んで待っててよ」

「メシはやくー!!腹へったー!!」

「元親、ほら幸村が渡されたお菓子ちょっと食べてようよ」

「なっ…!某のでござるぞ!!」

「幸村と慶次は勉強してなさいね〜」

「………そうであった…」



数分前まであんなに緊張のさなかにいたというのに。
この空気の変わりようは最早イリュージョンだ。
自分1人だけがあたふたしているのが、すごく滑稽に思えてしまって、またひとつ溜息が零れた。

隣で一緒になってハンバーグ捏ねてる俺様の好きな人も、本当に何事もなかったという風に、元親たちと話している。
実際彼の中では、ヤケドを心配してくれたお礼としか思われていないのだろうけど。



気付いてよ、俺さま、生粋の日本人なんだけど。
ありがとう、もちゃんと言えるよ。
好きな人にしか抱きついたりしないよ。


俺様、伊達くんのこと、すきなんだよ。



気付いて。
気付いて。
気付いて。

やっぱり気付かないで。

いやでもやっぱり…



なんだろう、この悲しい感情。
恋するって、こんなに心が忙しいものだったっけ。







出来上がったハンバーグは、「形がいつもより汚い」って幸村からクレームが来ました。






To be continued…

(2012.09.29)




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