Long | ナノ

 前編

『屠蘇で竜を釣る』

お屠蘇  1年の邪気を祓い無病息災を祈って
正月三が日の朝に飲むお酒。
屠蘇(とそ)は、中国の唐時代の名医が調合した
長寿の薬用酒で、山椒や桔梗など8つの
薬草が入っている。



奥州の正月は騒がしい。
毎年雪も深々と積もっているというのに、年の瀬が近付くと城の庭先では家臣たちが餅つきの為の場を作り、その餅を盛大に振る舞い、大晦日の夜から三が日までどんちゃん騒ぎ。
御節料理も酒も余興も、他国とは類を見ない程の規模で用意される。
勿論今年も例外ではない。
城中で笑い声が飛び交い、酒でもてなし合い、凧揚げで競ったり、羽子板に夢中になるあまりうっかり石灯籠を倒してしまったり、うっかりそれが軍の副将に見つかって大目玉をくったり、と。
新たな年を迎えられた事を思い思いの楽しみ方で祝福している。

とりわけ今年は干支に辰をこさえられては、独眼竜を筆頭とする奥州で盛り上がらないわけがない。

元旦から政宗の元には多くの客が訪れては、新年の挨拶口上を述べてゆく。
落ち着く暇などあるはずもなく、だがひと時その喧騒から外れた時、遠くから自分の家臣たちの笑い声が聞こえてくる、まるで太平の世であるかのような明るく平和な雰囲気に包まれる正月は、嫌いではなかった。

側近である片倉小十郎と軍の幹部達が集う大広間に政宗が姿を見せれば、その場が一層に華を増し、宴の熱もぐっと上がる。
しかし大将が居る前では委縮してしまう者もいるであろうと、宴の席を立とうとすると、珍しく酒で上機嫌な政宗の片腕が声をかける。

「政宗様、どちらへ」

「部屋に戻る、お前らはゆっくり羽を伸ばしな」

途端に部屋中からブーイングの嵐が沸き起こる。
日ノ本広しと言えど、一国の筆頭に向かって宴の席でブーイングが出来る軍など、伊達軍を於いて他に無い。

「なに言ってるんですか筆頭!」

「そうですよ!これから料理もどんどん来るっていうのに!!」

「…だそうですよ、政宗様。正月ぐらいは皆に遠慮などせず酒を呑んでやってください」

「せっかくの正月だからと思っての優しい心遣いじゃねぇか」

政宗はフッと呆れたように小さく笑い、やれやれと再び腰を下ろした。
言われた通り、すぐに女中たちがぞろぞろと新たな料理や酒を運んできた。
皆の笑顔にすっかり気を良くした政宗が、膳を運ぶ女中に声をかける。

「もっと強い酒はないか?折角こいつらが俺と呑みてぇと言ってやがるんだ、今日はとことん酔っちまいてぇ。」

まだ若くはつらつとしたその女中が、にこにこと答える。

「ええ、では蔵から持って参りましょう!政宗様もきっとお気に召される一品が届いております。片倉様が先程お持ちになられましたよ。」

「Ah?届いた?小十郎、誰からだ?」

「甲斐の武田からでございます、政宗様。今朝方、例の忍がわざわざここ奥州まで届けに参りました。」

「なんでそれを早く言わねえんだよ!アイツが来てたなんて聞いてねぇぞ?…おい、とにかくその酒持って来い」

「はい、只今!」

この真冬に甲斐の国から、ましてや正月の忙しい時期に奥州までたかが酒の為に足を運ぶなど、正気の沙汰ではない。いや、さすが武田の忍と言うべきか…しかし…

「俺に顔も見せずに帰るとはどういう訳だ」

やや不機嫌そうに口をとがらせ、文句を言ってやりたい相手の代わりに小十郎をひと睨みしてみる。

「政宗様の元に参る時間は無い、と申しておりました。甲斐での宴に間に合わなくなる…と」

「Oh my…愛しの俺より宴かよ、いくら何でも傷付くぜ…」

「仕方ありますまい、武田の宴は奴が居らねば収拾がつきそうにありませぬ」

そう言われた政宗は、ああ成程な…と納得せざるを得ない。
自国の正月も賑わってはいるとは思うが、武田の宴はきっと年中そうなのだろう、可能な限り避けて通りたいものだ。



ほどなくして女中が漆に塗られた鮮やかな紅色の盆の上に、同じく紅色の盃と銚子、そして桔梗の押し花が添えられていた。

「屠蘇(とそ)か、こりゃ武田のオッサンにはいいもん返してやらねえとな」

「日本酒も大変いいものを使っているようでございます。この桔梗の花は、原料となったものから摘んだのでございましょうな」

盃の注がれた屠蘇の独特な香りがふわりと広がる。
皆にも同じように振る舞い呑ませたが、薬草が含まれた酒ゆえの生薬の味に渋い顔をする者、ぐびぐびと一気に飲み干して悦に入る者、まるで百面相を見ているようだ、と政宗が笑う。


そしてしばらく宴を堪能した後、席を立って小十郎にこう告げた。

「小十郎、この酒を運んできた女中に、俺の湯浴みが終わったら部屋までこの酒を持ってくるように言っておけ。後で一人で呑みてえ」

「そんな事をせずとも私がお運び致します」

「いいんだよ、お前はここで、出来上がっちまったコイツらの相手してやってくれ」

「はぁ…承知致しました」





湯浴みから戻ると程なくして、先程の女中が新しい屠蘇器に入れた酒と、すこしばかりのつまみを運んできた。
膳の用意をそつなく済ませ、サラリとその場を離れようとしたその女中に、政宗がまた声をかける。

「悪いがもう一杯酌してくれねぇか、そのあとすぐに帰してやるよ」

「と、とんでもございません!私めなどが政宗様へお酌など…か、片倉様をお呼びして参ります故…」

「いいじゃねぇか堅い事言うな、正月くらいは無礼講…だろ?」

政宗にここまで言わせて断ることなど到底出来ず、では一杯だけ、と袖に座す。

「お味はいかがでございましょうか?」

グイッと勢いよく酒を煽った政宗にそう聞くと、政宗の腕が素早く肩に回り口づけられた。
突然の事で驚き開いた唇に、直接酒が注ぎ込まれる。
戸惑いながらも注がれたそれをコクリと飲み干すと、政宗はニヤリと笑って口を開いた。


「自分で運んだ酒の味はどうだ?お前はいつから女装が趣味になったんだ、佐助」

口元を袖で覆っていたその女中がニコリと笑う。

「あら〜バレてたのね〜…おっかしいな、完璧だと思ったのに。右目の旦那は騙せたから、イケると思ってたけど」

「いや、あいつも気付いてるはずだぜ?俺が女中頭以外に、酒を部屋まで運ばせた事なんざ一度もねえからな」

「成程ネ。やっぱ奥州の竜の目はごまかせない、か。俺様からバラして驚かせたかったのに〜!」

そういってふてくされる仕草が子どものようで、つい笑みがこぼれる。

「しかしそのお陰か、新年早々うちの副将は気が利き過ぎだな。しっかり人払いまでしてくれてやがる」

「それなら変装してる必要もないってわけだ。」

そう言ってスックとその場に立ちあがったかと思うと、一瞬でその女中の姿は見慣れた男の姿に変わっていた。
そして政宗の隣に座り直し、盃に再び酒を注ぐ。

「そんじゃ、折角だから俺様にも呑もうかな、長寿の酒♪」

「これは武田のオッサンから俺への酒だろう?お前は甲斐で飲め」

「政宗のものは俺のもの…でしょ?」

ニコニコと、さも当たり前かのように言い放つ恋人。
馬鹿言ってんじゃねぇよ、盃の中をあっという間に空にする。
と銚子を佐助から遠ざけながら手酌で新たに盃を満たすと、佐助がじりじりと寄って来た。

「まあまあ、堅い事言わないでさ〜正月は無礼講なんでしょ〜?それ、ちょーだい」

「飲みたきゃ盃をもう一つ持って来いよ、準備悪ぃな忍のくせに」

そう言ってまた盃を空にする。
そしてまた新たに注ごうとすると、今度は佐助に先に銚子を取られてしまった。

「カッチーン!こんな真冬にせっかく会いに来てあげたっていうのに!俺様もう怒っちゃった、もうこのまま呑んでやる!」

銚子の注ぎ口から直接酒を自身に煽る佐助。

「…!テメェ!それは俺の分だって言っ…」

そしてそのまま、政宗の肩を引き寄せ口づける。
先刻やられた事をそっくりそのままその通りにやり返して、満足の表情を浮かべた。
二人の舌で転がされた酒が政宗の喉を通った後も、佐助の舌は政宗を飲み込みそうな程に絡みつき、苦しさで政宗が鼻を鳴らすまでそれは続けられた。

「ごちそーさまっ、美味しかった…でしょ?」

「あ、味なんかわかんねーよ、ばか」

見ると先程同じ事を佐助にした人物とは思えぬほどに、顔を真っ赤に染め上げた政宗がその顔をフイっと背けた。

「え、ちょっと政宗、なに照れてんの!やめてよ!俺様まで恥ずかしくなってきちゃうじゃん!」

「照れてねぇよ別に!!自惚れんな馬鹿!!!」

嘘がバレバレすぎて本当に恥ずかしい。

「大体お前…!何の報せもなく突然、しかも二ヵ月ぶりに会いに来たかと思えば、そうやって人をからかいやがって…もー帰れよばか…」

これが本当に先刻まで家臣たちの前で男気溢れる振る舞いを見せていた奥州筆頭なのであろうか。
そう疑問に思わざるを得ない程、その表情は羞恥と佐助への愛情で満ちており、そっと頬に触れるとピクリと示す反応が妙に初々しい。

(あ〜もうなにこの可愛い生き物…!)

堪らず腕を伸ばして政宗の腰を引き寄せ、そっと抱きしめる。

「さっきからバカバカ言いすぎ…。ほら怒らないでよ、今日は酔いたい気分なんでしょ?もっと酔ってよ、俺様に、さ」

そんな事を言われずとも、先程の仕返しの口づけで既に佐助の引力に囚われていた政宗は、出てくる言葉とは裏腹に柔らかい口づけを佐助の唇に落とし、そっと耳元で囁いた。

「だからお前は馬鹿なんだ…俺はもうとっくにお前に狂ってる…」

「…!その声は、反則でしょ…!」

佐助は思わず赤面した自分の顔を見せぬようにと性急に政宗の唇を塞ぎ、冷たくなった畳の上に酒で火照る政宗の体を押し倒した。








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