▼ 07:すき、きらい
「なに変な顔してるんだよ」
変な顔にもなるよ…こういう可能性を全く考えていなかった自分、迂闊すぎる。
「な、何でもないよ。ご飯つくろっかな、手伝って?」
「おお、そのために残ったんだろ」
リビングのドアを閉めて、台所に2人で立つ。
違和感しかない。
なんでこの人ここに居るんだろう。
あの伊達くんが俺様んちの台所に立ってる…
「なー、サラダって何つくるの」
「や、なんにも考えてないから一番簡単にポテトサラダとか…?」
「…ふーん」
なんかもじもじしてる。
「ポテサラきらい?」
「いや、食える」
んー?
なんか言いたげだけど、まぁいいか。
冷蔵庫の野菜室をあけて、じゃがいもときゅうりを出す。
あとでハンバーグのつけ合わせに使うであろうにんじんや玉ねぎも出しておいた。
「これ、剥いて?」
しゃがんだまま、横に立つ伊達くんにじゃがいもを手渡した。
受け取ったじゃがいもを、お手玉のようにぽんぽんと投げいじりながら、伊達くんがシンクに向かう。
無言で作業し始めたかと思ったが、水でいもを洗い始めた時、冷蔵庫の物色を続ける俺様を振り返りながら声をかけてきた。
「あ、あれくれ、ぴーってむくやつ。」
ぴ ー っ て む く や つ ・・・
いや分かるけど!!分かるけどさ!!
確かにぴーって剥けるけどさ!!!
不意打ちだ…かわいすぎるでしょ伊達くん…!!!
じゃがいも剥くだけでこんなにめっためたにやられててどうする、俺様。
「はい、結構滑りやすいから手、気を付けてね?」
「Yes,Mom」
「母ちゃんじゃないってばー!」
「ははっ、説得力ねぇよ」
どうやら俺様の母ちゃんキャラは定着してしまったらしい。
ああもう…慶ちゃんのせいだ…
でも、笑い飛ばしてくれたおかげで、なんかだんだん緊張がほぐれてきた。
包丁持つから、緊張しっぱなしは本気で危ない。
小さな鍋にお湯を沸かしながら、伊達くんが剥き終わったじゃがいもを次々とざっくり切って、ボウルに入れる。
きゅうりとにんじん、たまねぎも、同じようなローテーションで…
と思ったのだが、伊達くんがにんじんを掴んでにらめっこしている。
微動だにしない。
「だ、伊達くん…?」
「お前、にんじん好きか?」
なんだろう唐突に。
しかもそんな神妙な面持ちで…
「や、うん、そうだね、嫌いじゃないけど…」
「そうか…」
なに?
その悲しい顔、なに??
「にんじん、どうしても入れなきゃだめか?」
「えっ」
「だから、にんじん」
「えっ」
「しまっていいか、にんじん」
体ごとこっちを向いて、にんじんを握りしめながら俺様にそう尋ねる伊達くんの目は本気だ。
これから戦場にでも向かうかのような…
「なくても別にいいけど…伊達くん、にんじん嫌いなの?」
「……食べられた試しがない」
「…じゃ、しまっちゃって、い、いいよ、ふふっ」
「てっめ、何笑って…!」
ごめん伊達くん。
だって、にんじんごときにあんな戦慄した顔…っ
可愛いし、そのギャップでなんか笑えるし!!!
恥ずかしそうに口とんがらせて、ぶつぶつ言いながら冷蔵庫ににんじんを戻す伊達くん。
それすらもなんだか微笑ましくて、ついついまた、笑ってしまった。
「伊達くん、態度はでっかいのににんじんには弱いんだね」
「アイツにだけは勝てねえんだよ、しょうがねえだろ」
「じゃあシチューじゃなくて、卵とウィンナーとたまねぎ入れて、コンソメスープにしようか。伊達くんのために」
「シチューもにんじん無ければ好きだがなぁ…あんま子ども扱いすんなよ。あと、あいつらには黙っとけ」
ああ、みんなには内緒にしてあるんだね。
また、照れくさそうに口をとんがらせて、ちらっとこっちに視線を投げる。
それがあまりにも俺様のキュンポイントをついてしまったもんだから、手元が狂っていもが数個、鍋に入らずコロリと落ちた。
俺様がスープと一緒にパスタに手を付けている間、伊達くんがポテトサラダを作っていてくれた。
幸村に手伝ってもらうよりも遥かに手際がいいのはそれだけでも分かったし、料理は割と好きなんだということも分かった。
初めはあんなに緊張していたけど、いざ話をしてみると意外とすんなりいくもんだな。
まぁ、そうは言っても伊達くんの一挙一動にキュンとさせられてる事については、否定のしようがない。
俺様よりも少しだけ身長が低いということも、こうして隣に立てたから気が付けた。
案外人見知りなく話してくれるということも。
あ、あと、にんじんね。
この瞬間が、ふわふわと浮き立つような感覚に包まれるほど幸せで、ずっと願っていた事だった。
伊達くんのことがもっと知りたい。
一体どんな経緯で慶ちゃんと知り合って、どんな話をしに来たのかは、あとでゆっくり聞くとして…
やっぱり気になるのは恋人の有無ですよねー。
みんなが居る前で聞いたら、慶ちゃんにバレちゃうかな?
だからって、今ここで突然そんなこと聞くのはおかしいような…
それこそさっきの伊達くんみたいに必死な顔しちゃうかもしれないし…もし彼女とか居たら、ポーカーフェイスなんて作れる自信がないよ。
「おい、猿飛」
やっぱりこのチャンスを逃すわけにはいかないし…だからといって何て言い出せばいいのか…
だって、今日ようやくまともに話せるようになった奴にそんなプライベートなこと聞かれても、「聞いてどうすんの?」ってなる気がするし。
ていうか俺様だったらそう思う。
「猿飛、おい聞けよ、鍋」
そもそも慶ちゃんに好きな人がいるってバレている時点でなんだか危ない気がする。
例のごとく誰にどこから伝わって、どう広まっちゃうのかは予測がつかない。
自惚れじゃないけど、俺様の情報嗅ぎまわってる子たちは未だにたくさんいるからねぇ…
「おいってば!火!ああもうどけって!」
「えっ、あっ?わあっ」
伊達くんに体をぐいっと引っ張られて、ようやく事態に気が付いた。
ぼーっとしすぎていたせいで、パスタを茹でている鍋が盛大に噴きこぼれてしまっていた。
「何ぼけっとしてんだよ。お湯飛んでねぇか?火傷してねぇ?」
「ああ〜ごめんごめん、考え事してた…なんともな…い…ようなあるような」
伊達くんが、俺様の手を掴んで自分に引き寄せたと同時に、コンロの火を止めに手を伸ばしたりしたもんだから…
目の前に、伊達くんの顔。体の距離、ほぼゼロ距離。
これはなんともないとは言えない。大事件、再びってやつだ。
火傷していないか、掴んだままの手を持ち上げてじろじろ見ている。
「だ、伊達くん、俺様なにもなってないよ?」
「や…うん、なら、いいんだけど…」
「えっと…ありがとね?あと、ごめん」
「まぁ…よくある事だけどさ、気をつけろよ?」
大丈夫だよ〜って言ってからも、なんで手離さないんだろう。
聞いてみてもいいんだろうか。
あと距離が近すぎるから、俺様の鼓動が早くなってるってバレてしまいそうだ。
その焦りがまた、心臓をうるさくさせる。
ああ、どうしよう。
顔があっつくなってきた、これ、顔見られたらアウトかもしれない。
たぶんすごく赤面してて、伊達くんの事、特別な感情で見てるってばれちゃう。
あと手、手がさ、やばい恥ずかしい、めっちゃ汗かいてきた…!
離してほしいけど離さないでほしい。
ねえ、なんで無言なの。
俺様どうしたらいいの。
もうわけが分からないんだけど、えっと、あの、その、
ごめん、我慢できなかった。
To be continued…
(2012.09.04)