▼ 05:ハンバーグだけは譲れない
俺様に好きな人がいると分かってからの、慶ちゃんの行動は不審そのものだった。
やたらと一緒に帰りたがるし、バイト先にも頻繁に来るようになったし、二人っきりになった途端に質問攻め。
残念ながら全く進展がないどころか、姿を見かけてもいない。
同じ街にはいるはずなのにね。
試験期間で幸村の勉強を見てあげるか、バイトに行くかのどちらか、の生活がしばらく続きそうだから、体育館にもなかなか行けないだろう。
同じ高校生なら、あっちも試験期間だろうから居ないとは思うけど…。
来週からの期末テスト、俺様はぶっちゃけ余裕。
元々レベルを落として入った高校だし、まぁ授業聞いてればできるでしょ〜テストなんて。
…って言っておけば、幸村が悔しがってちゃんと勉強する気になるから、あえてそう言う事にしている。
今日も帰り道にあるファミレスに、幸村を連れて行ってお勉強。
家に居たら落ち着きすぎて眠くなるから、外での勉強の方がはかどるらしい。
まぁ分からないでもないかな。
音楽かけながらの方がはかどるタイプだしね〜俺様も。シーンとしてるのは苦手。
ここのファミレスは、駅から近いこともあって、夕方を過ぎると家族連れやカップルが多く来店してくる。
俺様たちと同じように教科書やプリントを広げ、試験勉強にいそしむ他校の学生の姿もある。
けっこう賑やかな場所だから、幸村がうんうん唸りながら教科書とにらめっこしてても、迷惑にはならないしね。
「佐助、この公式はいったいどこから出てきたのだ…?」
「さっきの問いで出た答えを使うんだってば。それを代入したらその公式ができるでしょー?」
「なんとっ…!その手があったか!一度終わったと思わせて二重の構えとは…やりおる…」
「・・・一時間前も同じこと言ってたよ?ていうかそろそろ別の教科に移った方がいいんじゃない?」
明日の試験科目は、数学と英語と日本史。
数学はご覧の有り様だけど、英語はもっとひどい。
日本史は暗記しろって言ってポイント教えてあるからたぶん大丈夫だと思うけど…
ほんと、俺様って幸村専属の家庭教師として金稼げると思う。
「英語の範囲、とりあえず全部見終わってる?」
「うむ…実はあと半分残っておる…」
「・・・・・・とりあえず数学しまおうか。英語出しておいて?ちょっとドリンク持ってくる」
いつものことだからね…もう慣れたよ…
空になったグラスをふたつ持って席を立つ。
改めて周りを見渡してみると、かなり混雑してきているようだったが、席を空けなければならないほどではなかった。
時間制というわけでもないので、今日もこのまま夜中までここに居られるだろう。
ドリンクバーで、メロンソーダとジンジャーエールをそれぞれのグラスに注ぐ。
幸村は、メロンソーダ以外だと頑張れる気がしないらしい。
そして頼む夕飯はハンバーグ。
お子様ランチでも似合うと思うけどね。
席に戻る途中、ズボンのポケットに入れていた携帯がブブブブっと振動して着信を知らせてくれた。
急いでテーブルに戻って、ごそごそと英語の教科書と電子辞書を用意している幸村にメロンソーダを渡す。
戻る途中、急いだせいで少しこぼしてしまい、グラスを持っていた手がベタついていた。
「幸村、ごめんちょっとココのポケットに携帯入ってるから取って?ていうか電話来てるから出てくれない?」
新しいおしぼりを出して手を拭きながら、ズボンの右ポケットを幸村に向ける。
もぞもぞっと取り出された携帯は、まだランプを点滅させながら振動していた。
「もしもし、幸む…じゃなかった、佐助の携帯でござる」
『ん?あれっ?佐助は〜?』
「その声は慶次殿ですな?今佐助は手が汚れていて、代わりに某が出るように頼まれたのでござる」
『あ〜なるほど!ねえ今って勉強中?いつものファミレス?行ってもいいかな?』
「某は構いませぬが…あ、佐助が出られるようなので代わりまする!」
おしぼりを置いてジンジャーエールを一口飲んだところで、幸村が電話を返してきた。
ランプの色が黄色かったから、慶ちゃんから電話だってことは分かってたけど、何の用だろ。
「はいはいなーにー?慶ちゃんの勉強までは見ないよー?」
『違うって〜俺はもう諦めたからいいの。そうじゃなくてさ、佐助来週の予定どうなってる?』
「来週?試験終わっちゃえばバイト以外は暇だけど」
『あのさ〜悪いんだけどちょっと佐助にお願いがあってさ。こないだ友達になった奴がいてね、これから連れて行って紹介しながら話したいんだけどいいかな?』
わざわざ知らない奴を連れてきて頼みごとって…
大方予想はつくな。
「またバスケの助っ人?そういうのしないって前言ったじゃん?」
『いや、話だけ聞いてよ〜お願いっ!それに、もしかしたら佐助にはメリット大きい話かもでさ!』
「かも、ってのは?」
『それを確かめたいから連れて行きたいんだよね!ねっ、勉強の邪魔はしないからさ〜!お願い!』
ここまで頼まれちゃ断るに断れないな…
まぁその「メリット」ってのにも興味あるし、会うだけならいいかな。
「OK、何時くらいになる?夕飯まだならその時一緒に食べちゃおうよ。そしたら幸村の邪魔にもならないし」
『じゃあそうしようかな〜、あと15分もすれば着くよ!』
「はいはい、一番奥の角の席ね」
『了解〜っ!じゃあまたあとでっ!』
電話を切るか切らないかのあたりで、バイクのエンジンがかかる音が聞こえた。
相手はバイクか…しかも数台いたな。
何人連れてくる気なんだか…。
携帯をテーブルに置いて、ジンジャーエールをまた一口飲む。
結露したグラスからぽた、っと胸元に落ちた水滴を手で払って、紙ナフキンの上にグラスを戻す。
「慶ちゃんが友達連れて、あと15分くらいで来るってさ。」
「誰でござるか?」
幸村がメロンソーダを両手で持って、ストローを咥えたまま尋ねる。
その姿だけ見てたら、その辺の小学生と変わらないんだよなぁ…
「んー、なんかこないだ友達になったとか言ってた。俺様たちの知らない人だよ」
「邪魔であれば先に帰っていてもよいが・・?」
「いや平気でしょ。それよりキリもいいし休憩しよ?慶ちゃん達もご飯まだみたいだし、一緒に食べちゃおうよ」
「では俺はハンバーグセットを…」
やっぱり今日もハンバーグか。
毎日それ食べてるの見てると、つられて俺様も食べたくなってくるよ…。
ていうか今からもう注文する気?まだ誰も到着してないけどっ
慶ちゃんの頼みごとってのは、たぶんバスケの助っ人で間違いないだろう。
中学の時の功績があるもんだから、会ったことない人でも俺様の名前を知ってたりする。
試合したことある相手で、それなりに実力ある人だったらなんとなく覚えてる方だけど…おそらく連れてくる友達ってのは俺様の全然知らない相手なんだろうと思う。
高校入学したての頃、わりと知名度のある俺様が部活もせずにどこのチームにも属してないと知って、色んなクラブチームからお誘いの声がかかった。
まぁそれはありがたい事ではあるんだけどね、入りたいと思えるチームがその中に無かったんだよね。
それでも熱心に声をかけてくれるチームには、助っ人として何回か試合に出させてもらった。
楽しくなかったわけじゃないけど…
既存メンバーからの嫌味が聞こえてくるのは面白くないじゃない?
現役と比べたらそりゃ体力も落ちてるけどさ、助っ人として仕事したら嫉妬で嫌味言われるって納得いかないでしょ。
だから頼まれてももう助っ人はどこのチームにもしないって決めた。
入りたいチームが見つかるまでは、というか高校のうちは慶ちゃんたちとわいわい遊び半分でやってるのが楽しいから、それで十分。
・・・なんか思い出したら腹立ってきたな。
俺様と揉めたアイツは、まだあのチームにいるんだろうか。
「佐助、携帯が光っておるぞ」
「ん?あ、ほんとだ…気づかなかった。慶ちゃんからだ」
いけないいけない、考え込みすぎた。
過去の黒歴史は封印しておかないと…。
「もしもし、慶ちゃん?」
『着いたよ〜!着いたんだけどさ〜!俺さっき人数いうの忘れてたよね!2人いるんだけど、追加で3人座れるスペースある??』
「あ〜ちょっとまって」
幸村とは4人用のテーブルを2人で使っていた。
1人だけなら座れたのだが、もう1人居るとなるとちょっと手狭だ。
両横のテーブルも、丁度料理が来たようで、しばらく空く気配はない。
男5人が狭いところに密集しながらハンバーグ食うところなんて、端から見たら滑稽で仕方ないだろう。
「ん〜なんかキツそう。どっか移動する?」
『その方が良さそうだね〜、とりあえず店出てきてよ。こっちみんなバイクだから後ろ乗っけられるし』
「はいよ〜っと。今行くわ〜。」
幸村に事情を話して、ひとまず店を出ることにした。
わたわたと鞄にノートや教科書を詰める幸村を置いて、先に会計をしにレジに向かう。
振り返って店の外を見ると、慶ちゃんと、慶ちゃんのバイクのおしりらへんが、窓の端っこにチラッと見えた。
「そういえば…やっとバイク手に入ったのか」
誕生日がきてすぐにバイクの免許を取りに行っていた慶ちゃんは、免許はあるのにマシンがないってずっと騒いでた。
だけど知り合いに譲ってもらえることになったって、学校でもっと大騒ぎしてたっけ。
おつりを受け取って、財布を鞄に戻す。
すると丁度幸村が準備を終わらせて追いついてきた。
「すまぬ待たせた。俺の分はあとで支払うから言ってくれ」
「いや、ドリンクバーぐらい別にいいよ。慶ちゃん待ってるし、行こうか〜」
バイクが停まっていたのは店の裏手側。
正面出入り口をでて、慶ちゃんが待つ店の裏に向かう途中、慶ちゃんともう1人・・・紹介したいと言っていた友人だろう。2人の豪快な笑い声が聞こえてきた。
ノリの良さそうな人であることは間違いなさそうだ。
「慶ちゃんお待たせ〜」
「お待たせしてすまぬでござる、慶次殿!」
「おっ来た来た〜!悪いね〜勉強中に!」
「いいよ、丁度キリもよかったし。で?紹介したい人ってのは?」
「ああ、今1人ちょっと電話しにあっちにいるけど、先に紹介しちゃうかねっ」
あっち…を振り返りながら、座っていた慶ちゃんが立ち上がった。
つられて俺様もあっちと指された方を見ると、確かにバイクにまたがったまま、電話をしている人の背中が見えた。
「猿飛佐助って名前はよく聞くぜ?こんな派手な髪色してるとは思わなかったがなぁ〜はっは!」
彼方を見ていた俺様に、ハスキーな声が話しかけてきた。
それもすごく失礼な感じに。
若干むっとした顔をすると、間髪入れずに慶ちゃんが間に入ってきた。
「元親は人の事言えないでしょ。佐助、こっちが佐助に会わせたかった奴。長曾我部元親。こんな感じに失礼な奴だけど、いい奴だよ。佐助とも気が合うと思うんだ!」
悪気がないのは、にっこにこの顔見てれば分かるから…まぁ悪い人ではなさそうだけど。
それに、本当に俺様のこと言えないくらい派手な銀髪。
「はぁ…初めまして〜猿飛です〜。えっと、ちょーそかべ?さん?一応地毛ですコレ」
「おぉ、よろしくなぁ!元親でいいぜ!俺も地毛だ、一応な!」
「元親、こっちが佐助のいとこで、同じ学校の真田幸村。絶賛テスト前でピンチ中」
「け、慶次殿!!それはお互い様では・・・!」
もっといい紹介の仕方してあげてよね。
これでも慶ちゃんと違って頑張ってるんだからさ〜。
・・・っていうのは身内の気持ちね。
「元親、ちょっと電話長いって怒ってきてよ〜。ていうかお腹すいたし、早く移動したい。」
「んじゃ、バイクごとあっち行くか。佐助、でいいか?俺の後ろ乗ってけよ。慶次の後ろはおっかなくてまだ人なんか乗せられやしねえ」
「あ〜じゃあ俺様も元親って呼んでいいかな。慶ちゃんの後ろには最初っから乗る気ないから大丈夫」
「えぇ〜!?そんなに危なくないってば!!」
いや、不安だ。幸村も苦笑いしてるし。
幸村の野生の勘もきっと、警鐘をならしているに違いない。
必死のフォローをしている慶ちゃんは幸村に任せ、バイクを手で押す元親に続いて、駐車場の端で電話をしているもう1人の友人の元へ向かった。
To be continued…
(2012.08.21)