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 03:初心者ですから。

今まで、告白されることはあっても、自分から好きになって告白するなんて事は1度も無かった。
付き合うってことに興味が無かったわけじゃないよ。
高校入ってからも、彼女いたことあったしね。
まあ1年生の冬には別れてたけど。

ただ、全部むこうの「すき」が大きすぎて、ついていけなくなる瞬間があった。
そして、それがその相手との終わりのタイミングなんだってことにも気がついた。
自分勝手なのは分かってるけど、それ以上を望めなくなるんだよね。

同時に、俺様と付き合うって事をステータスだと思ってる子が多いのにも気付いて、ガッカリしたりもした。

…流行りのブランド物じゃないよ、俺様。


ただ、一人だけ。
自分からちょっといいなあって思って仲良くなった女の子はいたかな。
まったくうまくいかなかったし、結果的にかわいそうなことをしちゃったけどね。
いや、男として最低の事をしたわけではなく…



まあ今はそんな話はいいんだよ。



とにかく俺様、自分から好きになって振り向かせる事に関しては、まったくスキルは高くない。
それはよーく分かってる。

そんな俺様に、ハート鷲掴みにされて酔っちゃうくらい気になる相手ができてしまった。
しかも、こともあろうに相手は男だ。
今までの経験とか、そんなのが何も役に立たないこの歯がゆさったらないね!



初めて出会った2週間前のあの日の時点では、名前も
知らない、どこの学生なのかも知らない、どんな性格
してるのかも知らない。
何も知らない状態の、完全な一目惚れ。
顔が好み過ぎたってだけなんだと思ってたけど、そんな浅いものじゃないって事を今日実感。
二度目の出会いでこんなに「好き」を実感できる人、そうそう居ない。


いや、まだ名前しか知らないけどさ。
それも名字だけだけどさ。
伊達くんは俺様の事なんて全く知らないけどさっ。
それでもいい、1歩近付けたんだ。嬉しくて仕方ない。

ようやく、スタートラインに立てた気がする。
気がする、だけかもしれないけれど。




「うおおおおおよくぞ来たっゆきむるぁあああああ!!!」

「ぬおおおおお親方さまああああ!!お久しゅうござりまするぅうああ!!!!!!」




…ちょっと。
人がせっかく感激の波に揺られてるってのに、邪魔しないでくれるかな。
久しぶりっていうか1週間ぶりでしょ、毎週会ってるでしょ、それで久しぶりとか…あんた達親子か。

この怒号のような2人の雄叫びは、もうすっかりこの店の名物になってしまっている。
店長の事を「親方」と呼ぶのは幸村だけではない。
むしろ「店長」って呼んでる人の方が少ないくらい、その呼び方が浸透してる。
ま、確かにこの店の親方って感じでは、あるよね。


時計を見れば、まだ19時をすぎたばかりだった。
予定よりも1時間ほど早めに到着した幸村を見て、店長はきっと嬉しかったんだろう。

更衣室から出てフロアを覗けば、よく来たよく来た、と店長に背中をバシバシ叩かれて、
佐助が確保していた席によろめきながら座る幸村が見えた。



「冷奴と枝豆っ、どちらか選べええぇい!!!」

「んんんうおおお選べませぬっ!オレンジジュースと一緒にっ、両方くだされ親方さばあああ!!!!」

「なんとっ!!そう来たか幸村よっ!!まっこと食に貪欲な奴よ!!!がっはっはっは」



…今日もコントお疲れ様です。
お客さんたちものっすごい笑ってるよ…笑って…


…はっ…!

まさか伊達くんも笑顔解禁してる!?
ここからじゃ見えない、もう休憩とかいいや、フロア出よう…!


我ながら、なんて単純な性格をしているんだろう…と呆れかえった。
だけど、自分の中に生まれた感情を理解できずに悩んでいた、すこし前までの自分がくだらなくも思える。
気付いてみれば、こんなに分かりやすいものだったじゃないか。
周りには何言われるか分かんないけどさ、それでももう止まれない。

伊達くんと仲良くなりたくって仕方ない。
名前を呼んでほしくて仕方ない。
こっちを見て、笑ってほしくて仕方ないっ。
あの綺麗な肌にちゅーしたくて仕方ないっ!


『それはズバリ、恋だよ☆』


慶ちゃんの眩しすぎて腹立たしい笑顔が脳裏に浮かんだ。
きっとそうです、俺様メンズに恋しちゃいました。

これから俺様はわざとらしくあのテーブルの横を何度も通って、あわよくば話しかけられないかなあ〜
…って様子を伺って、結局なにもできずに赤面して終わるんだろう。
なんとなく自分の少し先の未来が見えた。

顔を見ただけでさっきみたいに動揺しちゃうような片思い初心者は、初心者なりにクリアできるハードルを持つべきだよね。
勝てない戦はする意味がない。
今は、このチャンスを逃したくないしね。


幸運な事に、俺様にはバスケっていう彼との共通の話題がある。
メンバーの持ち物からして、きっとあの団体はバスケの仲間たちなんだろう。
バッシュケースやボールケース、スポーツバックが座敷の端に山積みになっている。
女の子もいるって事は、マネージャーもいるしっかりしたチームなんだな…しかも全員かなり仲がよさそう。
そのチームの中で、学生のくせに飲み会の予約とか進んでやるって事は、伊達くんはチームのメンバーに相当馴染んでる立場で、ある程度信頼のある人物ってことだ。
つまりあのチームでバスケしてるのは気まぐれじゃなくて、完全に長期間継続して本気でやってる!


そんなところだろうか。


ここまで何も情報を持たない他人について、考察を巡らせたのは初めてだ。
こんな頭の中を覗かれたら、ストーカーじみてて気持ち悪いって言われそうだね。
実際、幸村がこんな事考えてたら俺様引くわ、きっと。

でも、今は「バスケ好き」っていう共通の話題を武器にして、なんとか話すきっかけを作りたい…!



ふんっ、と鼻息荒く決意を固めて、キッチンの前にいる先輩に休憩どーぞーって声をかける。
先輩が「お、早くね?サンキュ!」と言って更衣室に入って行った。
代わりに先輩がそれまで居た場所に立ち、先輩が運ぶはずだった料理が出されるのを待つ。
キッチン前に真正面に見える、一番広い座敷のスペース。
その一番右端の大テーブル、奥から二番目に座る黒髪の青年に視線を送ってみる。

…ははっ、皿でも割りかねないほど緊張している自分になんだか笑えてきた。


まあでも、今までこんなに必死になるような恋は経験がなかったし、想像すらしていなかったんだから。
戸惑うのは仕方ないよね?






ふと、思った。
問題視してなかったけどよく考えたらまずいんじゃないかって。

幸村が店に来ているこの状況で、伊達くんに話しかけるとかそんな高等な技を、果たして俺様は
繰り出せるだろうか。


いっつもすっとぼけてるから皆知らないんだけどさ、幸村って実は結構勘が鋭くてね。
特に俺様のこととなると、やけに鼻が利く…野生の勘なのかな…
まあ身内だし…高校入学からもう1年以上ずっと一緒に住んでるから、ささいな変化にもよく気が付く。
口に出さないだけで、意外にこっちの事考えてたりするんだよね。


しかも今日は慶ちゃんもいない。
ということは、だ。

幸村の気を引きつづける材料がない。


えええどうしよ、幸村にだけはまだ気づかれたくないな…
普段俺様からお客さんに個人的に話しかけるなんてしないから…

あ、てか店のスタッフにもそんなとこ見られたら不審に思われるじゃんね。
やだやだ俺様必死すぎてそんなことにも気が付かないなんて。
どうしよう、この店じゃ何もアクション起こせないじゃない!
だけど今日を逃したら次いつ会えるかわかんないし…ああ…すっごくモヤモヤしてきた…


キッチンから出された出来立ての唐揚げ、俺様よりもこいつの方がこれから伊達くんとスキンシップ
できるのかと思うと・・・
この女々しさ全開でバカバカしい自分の思考回路に、苦笑いしかできないよ。




To be continued…

(2012.07.24)




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