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 02:思いもよらない.



あれから2週間も経ってしまった。
あの日は頭の中が盛り上がり過ぎて、完全に気分が舞い上がっていたから、うまく寝付けなかった。
そうしたら次の日の朝、本当に体調が悪くなって、保健室のお世話になる始末。
授業の出席で皆勤賞取ろうとしてたのに、ああ、幸せな企画倒れ。
なんて思うくらいに頭があの人の事でいっぱいだった。

本当にどうしちゃったんだか。

でもあまり皆に見える所で浮つくわけにはいかない。
何度も言うけど、一挙一動がすーぐ噂になるんだ。
嫌味じゃなくて悩みとして言うけど。
慶ちゃんあたりは色恋にやたらと目ざといし、気を付けないとなあ…。

でも、思ったんだ。

というか、ふと思い直してみた方がいいかもしれない、って、不安になった。
保健室のぱりっとした布団の中でモゾモゾと丸くなって、体育館に居た時みたいに顔を隠して考える。
別に誰に見られる心配も無かったんだけどさ、無意識。
何を思い直すって、もちろんこの謎の感情についてだよね。
だって俺様、今まで一度も男の人に恋しようとか考えた事もなかったんだから。
ぶっちゃけ言えば、今でも男全般を愛せるかって言われたらNOだよ、NO。
女の子の方がいいに決まってる。
やわっこいし、かわいいし、言う事きくし、きもちいいし、自然の摂理ってものにも逆らってない。
女の子の方がいいに決まってるじゃない。

なのに何故か、あの人だけは特別に思えた。
急行落下していくような感覚で、これは恋だー!!って舞い上がってた。
でもこれって本当に恋なんだろうか…それが不安で仕方ならなくなった。
確かにすっごく美人で、魅力の塊みたいな人だったけど、一瞬聞いたはずの声もうまく思い出せない。
それだけ自分がいっぱいいっぱいだったって事なのかな。
これって恋?
本当にそうなの?
一目惚れだ〜うわあああって騒いでたけどさ、これってもしかしてアレじゃない?
キラッキラした芸能人を目の当たりにして、思わず大ファンになっちゃう的なさ。
そういうアレなんじゃないの?
これ、もしかして恋じゃない疑惑?
ああもう余計に頭痛くなってきた……


そんな感じでモヤモヤしてたら、いつの間にか眠ってて起きたら放課後。

初めて「恋人候補みつけた!」って感じた人だったから、男だろうが何だろうが関係ない!
なんて息巻いてたけどさあ…
目が覚めたら妙に気分がすっきりしてて、前日とは打って変わって気持ちがしゅんって小さくなってた。

教室にカバン取りに戻るのも面倒でごろごろしてたら、期待通りに慶ちゃんがぜーんぶ持って迎えに来てくれた。
で、そのままだらだら帰宅。

とにかく、あれからもう2週間。



変わった事は何もない。
ああ、幸村が授業中に寝こけてノートにヨダレで神秘的な花柄のシミを作ったのが話題になったりしてた。
くだらなすぎて面白かった。
そう、変わった事は何ひとつありはしなかった。

時間が経つにつれて、あの日に遭遇した彼が幻だったんじゃないかと疑うぐらいに、恋の始まりを察知したはずのこの胸は、今では静かに鼓動を刻んでいる。

体育館にも、バイトが忙しくなってしばらく行っていない。
夏場はスタミナつけよう運動がそこかしこで沸き起こるから、俺様がバイトしてる居酒屋でも新メニューだなんだと、ここぞとばかりにキャンペーンを開始。
ビールの美味い季節は、早くから混んで仕方ないね〜居酒屋って。
お客さんと仲良くなったりもするし、うちの店の店長は熱血を絵に描いたよりもアツい人だから、店はいつでも活気に満ちてる。
そういうノリ、嫌いじゃないし、笑って仕事ができるってのは自分に合ってる証拠なんだろうしね。
今日もにこにこ笑って、お酒作って料理運んで、たまーにアドレス渡してくる女の子たちをサラリとかわして。
その辺の対処も、もうお手の物ですよ。
最近じゃミセスたちにやけに人気が上がって来てて、先輩たちにおちょくられてるけど。
それでも全部が笑い話で済むんだから、やっぱり接客は俺様に向いてるんだと思う。

店の制服に着替えて、今日の予約表を確認する。
金曜日だからか、団体の予約が結構入ってるみたいだ。
週末は大抵俺様がバイトで遅くなるから、ご飯担当が居なくなった幸村は、慶ちゃんを連れてココに食べに来たりしてる。
まぁ…自炊しようとしてよく分からないモノを作り出して、お腹壊されるよりは手が掛からなくて助かるし、安心だ。
たぶん今日も来るだろうけど…この予約の数じゃ待たせる事になるかも。
二人分の席の確保くらいしておこうかな、と、予約表に名前を書こうと胸元のポケットに手をやったところで、ボールペンを更衣室に忘れている事に気が付いた。
危ない危ない…仕事始まる前でよかった。

更衣室では、先輩たちが着替えながら何やらゲラゲラ大笑いしてる。
今日も賑やかなお仕事になりそうだね〜と、その明るい空気にテンションがつられる。
居るだけで悩みとか忘れられる人達に囲まれてるこの空間は、大好きだ。
男だらけでむわっと暑苦しいこの場所からは、うん、早く出たいけど。

ロッカーからペンとメモ帳を出すついでに携帯を見てみると、思った通り幸村からメールが来ていた。


『8時ごろに行くぞ!慶次殿は来られないそうだ!またあとで!(´・_・`)GJ☆』


…なんて切ない顔文字なんだ。
本人きっと適当に選んでるんだろうな、これ。
GJてなんだよ、携帯の自動予測変換に踊らされすぎだって、早く気が付くべきだよ。
今日帰ったら教えてあげよう…。



案の定、店は大忙しだった。
時間が経つのがすごく早く感じる。

「佐助、おぬしの従兄弟は今日も来るのであろうな?」

バックヤードでピッチャーにウーロン茶を注いでると、店長が話しかけてきた。

「あ〜、8時に来るって連絡来てましたね。すいません、勝手に席の確保しちゃってます」

「よいよい、あやつに渡したいものがあってな、来ないのであればお前に託そうかと思っておったのだ」

「相変わらず、幸村の事かわいがってくれてて有難いですよ」


店長と幸村は、初めて店に幸村が来た時からやけに仲がいい。
というか、店長が幸村を飼い慣らしてる感じ…?
今日もきっと、美味しい和菓子でも見つけて買ってきたんだろう、餌付け…みたいな感じか…。
まぁでも本人すっごく喜んで受け取ってるし、店長が買ってくるお菓子は毎回絶品だしね。

ウーロン茶を運んだついでに、丁度帰るお客さんたちがいたからそのままレジに立つ。
会計を済ませて、威勢よく声を張ってお見送り。
もうそろそろ、次の団体予約の人達が来るはずだ。
忙しい割にはサクサクと客が入れ替わってくれていて、やりやすいなあ…なんて思った矢先。

店の来店音が鳴って、ぞろぞろと入ってきた団体さん。
「予約をしていたんだが…」と声をかけてきたその男性客に、見覚えがあった。
2週間前と同じ、鮮やかな黄色いパーカーを着た短髪スポーツマン。
あの日、黒髪の彼と一緒に体育館にいた、あの人だ。

心臓がドクンと跳ねた。
ぞろぞろと店の入口に溜まる人混みに、あの姿を探しながら予約の名前を確認する。

「えーと…19時からのご予約ですか?お名前をお願いします」

「おっ、そういえば、誰の名前で予約してあるんだ?わしじゃないぞ!」

黄色い短髪さんが団体を振り返って問いかけると、一番後ろの見えないとこから返事がきた。

「あー、おれおれ!伊達で入ってねえ?」

心臓が、跳ねるどころか口から出そうになった。
答えたその声、忘れかけていたその声。
聞き覚えがありすぎて、確信を得たくてついついその声の主の顔を見ようと、団体さんの奥の方を見やる。
すると、「ほら、どけろよチカ」と、仲間をかき分けながらその人が目の前に現れた。


なんてこった、事件だ。


「19時から予約の、伊達。時間ちょっと早ぇけど、いい?」

「あ、はい、問題ないですご案内しますこちらですどどどうぞ…!」


ああもう、ほら、事件すぎる。
大惨事だ。

客の到着を知らせる店の決まり文句、さっきまでちゃんと言えてたのに、この時だけは声が裏返って響かなかった。
いや、全然聞いちゃいなかっただろうけど…やだもうすっごい恥ずかしい。

一通り席に着いたのを確認して、ドリンクのオーダーを取って、バックに戻る。
そこでタイミングよく先輩に、休憩行っていいぞって言われて、死ぬほど感謝した。
ドタバタと更衣室に戻って誰も居ないのを確認して…



思いっきりガッツポーズ。




だて。
伊達。
伊達さん。
いや、伊達くん。
名前、名前わかっちゃった、なんって偶然。
ああ、この店で働いててよかった、伊達くんね、オッケー完璧、もう覚えた!

ふふふって部屋の真ん中でにやついちゃった。
誰だっけ、彼が…いや伊達くんが幻とか言ってたお馬鹿さん!
伊達くん、伊達くん。
ふふ、だからなに?
しらない!伊達くん!
頭おかしいと思われてもいいよ、名前、名前分かっちゃったんだから!
自慢したいけど誰にもできないね!くやしい!


ああ、これ、勘違いなんかじゃないよ。
なにがどうなってるのか分からないけど、もっかい会えた。
それだけでこんなに嬉しいなんて。



休憩してる場合じゃない、そんなのいいからもう早くフロアに出たい…!




To be continued…

(2012.07.18)




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