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 後編


こんな酷い命令、今まであっただろうか。
いや、理不尽で残酷な命令なんて覚えていない程こなしてきた。
しかしそれはあくまでも相手にとって残酷であっただけであり、忍にとって自分の内面を晒す事ほど嫌な事は無い。

自分の過去を知られる事が何よりも耐えがたい…なぜそれを知っているのか、

言うまでもなく、政宗にとってもそれは同じ事であるという事だ。
忍にとって感情を殺す技術は心得ていて当然、しかし初めからそうだった訳ではない。
幼い頃から訓練や任務に就き、数多の別れを見届けてきた。
トラウマになっている事の一つや二つ、無いわけがないのだ。
しかしそれは胸の奥底に仕舞い込んで鍵をしておくべきもの。
誰にも話さず、己もまたその過去から逃げ続ける為にはそうする他ないものである。


「お前の中にだって、絶対俺に知られたくない事…あんだろ?…隠してる事もなぁ?」


絶対に誰にも明かしたくない。
全て承知の上で、目の前の恋人は命を助けた対価としてそれを差し出せと言ってきているのだ。

「こりゃ…参ったな…」

驚き脅えた表情をしている自分に気付き、佐助が慌てて言葉を吐き出した。
しかしその声は弱々しく、現状を飲み込めずにいる佐助の心情を表わしていた。
そんな佐助を見て面白がるように、政宗が追い打ちをかけていく。

「Ha!言ったろ、今の俺はSadisticな気分なんだ」

「い…嫌に決まってる!どこまで鬼畜なのっ」

必死に嫌だと首を振ってはみたものの、政宗が引くとは思えない。
しかしいつもであれば拗ねたように顔を逸らし、甘えた素振りを見せればきっと…

佐助のその考えは、間違いであったとすぐに気付かされた。

するり…と伸ばされた政宗の手が、佐助の頬と撫でていく。
細い指先に顎を上げられ視線がかち合うと、政宗が口を開いた。

「じゃあ…このままここで、俺がお前の“伊達に仕える命”とやらを握りつぶしてやろうか…?」

喉元に手を掛けながらそう言った政宗の声色は、恐ろしく冷たく落ち着いており、瞳にはうっすらと怒りの色も浮かんでいるように見える。

(本気…か…)

今の政宗にとっては、佐助を手にかけるなど造作もない事だろう。
観念したように佐助が溜息を洩らした。

「分かったよ。でも全てを話す訳にはいかない。話せば政宗の命を狙う輩が増えるだけだ。」

「そんなもんに俺がやられるとでも?」

「そういう問題じゃないんだよ、悪いけどここは譲れない。里と武田の機密は守らせて貰う」

出来うる限りの譲歩をしたつもりの佐助であったが、納得がいかないというような表情で詰め寄ってきた政宗に顔を覗き込まれて、一瞬身じろいでしまった。
後ろ手に縛られた腕にはもう力が入らず、床に引き寄せられる様に脱力した佐助の上半身には、開きかけている傷口からうっすらと血が滲んでいる。

しかしそんな事など目に止めようともせず、政宗は佐助の体の上を陣取って、今度は髪の毛をくしゃくしゃと弄びながら言葉を紡ぐ。

「俺だってお前が欲しいんだ…佐助。お前が俺にそう思ってるのと同じ位な」

胸騒ぎがズクンとのしかかる。

「な…なに突然…?どういう事?」

聞かずとも、佐助にはもうその言葉の真意は分かっていた。
それでもこうして聞き返したのは、万が一『それ』がバレていなかった時の保険である。


要らぬ配慮であると、分かってはいたが。


「しらばっくれんなよ、佐助。お前ばかりが俺の過去を暴いて知ってるなんざ、フェアじゃねぇと言ってんだよ。」

(うわあ…やっぱり…)

「小十郎に手を出して、聞きたい事はたっぷり聞けたみてぇじゃねぇか?Ah?どうなんだよこの浮気者、言い訳出来るならしてみやがれ!」


悪い予感が的中してしまった。

声を荒げて怒りをあらわにする政宗に、佐助は掛ける言葉を見つけられずにいた。
目の前の出来事が信じられない。
己の上に座り込み、髪の毛をぐしゃぐしゃに引っ掴んだまま…泣き叫ぶ竜。

今まで決して見る事の無かった竜の涙に、時を奪われたかのように見惚れてしまった。

「まさか政宗にバレてたなんてね…右目の旦那が白状しちゃったのかな?」

「他に…誰が居るんだよっ!」

「あらら…道理で今日は政宗の機嫌が悪い訳だ…」

「黙れよ馬鹿猿!Shit…!んな事になるんだったらテメェのブツでも噛みちぎってやりゃ良かったぜ!」


悪態をついてはいても、こうして全てを吐露してしまえば、あとはなだめてやればいつもの政宗に戻るのだ。
今までずっと一緒にいたのだから、そのぐらいは心得ている。
しかしこの怒り心頭の竜を、柱に括りつけられた重傷の状態で落ち着かせるというのは、流石に至難の業である。

「ね、ごめんね政宗。もうあんな事しないよ。」

「ったりめぇだ!!」

「うん、だからさ、この帯解いてよ、ね?このまま政宗に触れないのは俺様ちょっと辛いんだけど?」

「……いやだ」

「ね、政宗、こっち見て」

困ったような笑顔を、未だ怒りで涙をこぼしている竜に向けてみる。
聞かぬ素振りを見せてはいたが、佐助の表情に心臓を鷲掴みされたような感覚を覚えて戸惑う政宗。
いくら罵倒してもおさまらない程の怒りを抱えていたはずなのに、佐助のこの顔には弱い。
佐助はきっとそれを分かっててやっているのだろう…政宗はまんまとそれにハマっている自分を情けなく感じた。

「…許したわけじゃねぇぞ」

ぽつりとそう呟き、佐助の腕を纏めた帯を緩め解いてやった。
なっとくしていないのは表情を見れば明らかである。
佐助も、自由になった両腕の軋みが傷に響き顔を歪めた。
二、三度手のひらを握っては開き、血が巡るのを感じていると、その手を政宗の手が包み込む。
軽く指先に口づけて、そのまま腕を引き寄せて佐助の胸元に顔を埋めた。
佐助もまた、それに応えるように政宗の頭を抱きかかえ、サラリとした髪に頬を擦りつける。


「小十郎が腹を切るって騒いで、大変だったんだからな」

「あ…だよね…」

「お陰で屋敷の奴らにお前との事が知られちまった」

「…えっ」

「えっ、じゃねぇよ」

「知られたって…どこまで」

「どこまでも、だ」

「ほんとに言ってんの」

「城下に広まったらどうしてくれんだ」

「えーと…奥州筆頭、ご乱心って…?」

「全部テメェのせいだからな」

「…本当にすいませんでした」


伊達の家臣たちの忠誠心に感服せざるを得ない…佐助も政宗も、その一言に尽きる思いであった。
しかし敵の忍と睦んでいるなど正気の沙汰ではないと考えるのが普通である。
これからは今までの様に容易に会いに来る事など出来ないだろう。
政宗を想うばかりに犯した過ちが、自分の首を締めることになった。
佐助の口は溜息しか漏らせずにいた。


「また何を考え込んでるんだよ、さっさとテメェの話を聞かせやがれ。それでチャラにしてやるよ。命を助けてやった事も、小十郎に手出しやがった事もな。」

泣いたせいで目の周りを赤く染めた顔で、しかし強気な態度だけは揺るがないその姿が可愛らしく思えるのは、やはり惚れた弱みだろう。
佐助は、腕を回して政宗を抱き寄せる。
胸の傷が痛むが、今はそんな事などどうでも良い…そんな気分だった。


「とんでもない破格の条件にも思えるけどさ、こっちの話なんて聞いてもいい事ないよ?」

佐助の表情が心なしか暗く澱んだ。

「暗くて醜くて…とても楽しいもんじゃない。」

それでも聞くの?と、改めて政宗を抱く腕に力を込める。
すると政宗がその腕の中で、佐助を「馬鹿か」と罵った。

「お前は小十郎から何を聞いてたんだ。俺の話だって似たようなもんだっただろうが」

「…あぁ…確かに…」

納得して腕を緩めると、勝気な隻眼が佐助を見上げた。

「だが話は聞かせてもらうぜ?対価はキッチリ貰い受ける。俺を袖にした利息も…な」

そう言ったかと思うと、即座に佐助の肩を押して再びその上に跨りニヤリと笑う。
『利息』が何を示しているのか…佐助の背筋を冷や汗が伝った。

「え、ちょっと、無理だよ、俺様動けないよ!?死んじゃうよっ!」

流石にこの怪我での行為は本当に無理がある。
既に脇腹の包帯には血が滲み、ジリジリと熱を帯びたままだ。
しかし政宗はお構いなしに佐助の唇を塞ぎ、そのまま首筋に吸いついて痕を残した。

「うるせぇ、黙って寝っ転がってろ。それからテメェは一回ぐらい死んどけ」

「はぁ!?待ってよちょっ…!政宗っ、やめ…っ」






*******




「も…もう絶対…浮気しません政宗様…」

息も絶え絶え…本気で死を覚悟した情事の終わりに、佐助がポツリと呟いた。
傍らには白煙を吐く蒼い竜。
振り返ること無く言い放つ。

「安心しろ、次やったら俺が嫉妬で死ぬだけだ。」


―――その時ほど、佐助が政宗の顔を見たいと思ったことは無かっただろう。
佐助は動かない自分の体に舌打ちをして、ゆっくりと意識を手放した。




END



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