Long | ナノ

 前編




「伊達の忍として働いてあげるよ、一度だけね」

床に伏しているとばかり思っていた忍が現れた。
部屋の隅に背を預け、飄々とした様子で静かに佇むその姿は、いつもからは考えられない程一介の忍らしく見える。
肩に甲を乗せた黒の装束を纏い、口元も黒い布で覆って隠しているため声色でしか表情を読み取れない。
恐らく傷を負った上半身は包帯でぐるぐる巻きなのだろう、少し動きがぎこちないように見える。
顔色は・・・この薄暗い部屋ではあまり分からないが、良くはないだろう。

昨日の今日だ、無理をしてここに立っているのは明白。
いくら優秀な忍といえども、傷の治りばかりは待つ他ない。
しかしここで心配の言葉をかけるなど愚行というもの、奴は忍だ。
主の命があれば瀕死であっても馳せ参じなければならない。

…まぁ、こいつの主はちぃと忍を大事に抱えすぎだが…。


「聞いてるの?折角こうして無理してまで礼に来てるってのに」

「何言ってやがる。傷の心配でもして欲しいってのか?んなタマじゃねえだろう」

「冷たーっ!それが想い人に対する物言い!?」

「その首掻っ斬られそうだったとこを間一髪で助けてやったんだ、もっと可愛げのある礼の仕方は出来ねぇのかっつってんだよ」

眉根を寄せ、煙管を一打ちして灰を落とす。
まぁ確かに…と、少し間を置いて再び佐助が口を開いた。

「とは言ってもさ、俺様忍だし?誰の首が欲しいのか〜くらいしか聞けないよ」

いつもだったら肩をすくめているだろう話し方をしていても、傷のせいなのか腕を組んだまま微動だにしない。

「この俺に褒美を取らせようってんだ。無茶を言われても遂行する覚悟は出来てるんだろ?」

明らかに傷を指して放たれた言葉に、佐助の表情が曇った。

「主の命あらば如何なることも…ってね。なんでも言ってよ」

「だったら」

政宗は突然その場に立ち上がり、脇に備えていた刀を一振り抜いて佐助に突き付ける。
一国の主としての凛々しさを纏ったその視線は、抜き出された刀身と同じ鋭さを含んでいた。

「だったら、アンタのその覚悟を正しく俺の前に差し出しやがれ。ここが敵大将の私室だって事…忘れてんじゃねぇだろうな?」

“礼を欠く不逞の輩は切り捨てる”――――佐助は暗に脅しをかけてくる政宗の眼差しに引き寄せられるようにして、背を預けていた壁から離れ、政宗の元へと歩み寄った。
そしてそのまま政宗に向き合うように頭を垂れて座し、突き付けられた刀に言葉を流す。

「…真田忍隊頭、猿飛佐助。この名にあるまじき様でこの世に長らえ、恥をあれども貴殿には多大な感謝痛み入る。かくなる上は如何様な任も全うする所存。貴殿に拾われたこの真田が命、此度に限り伊達の御為に使わせて頂きたく、ここにお願い申し上げる」


普段二人で居る時には滅多に見せない佐助の真剣な表情。
礼儀を立てろと自分で命じておきながら、その姿に心を乱されている事に気付いた政宗が舌打ちする。

「なに?この程度の覚悟じゃ不満?」

仕えている真田を、一時と言えども裏切る事になりかねない『覚悟』に舌打ちをされた佐助が顔をあげた。
その視線の先には、鋭い切っ先と、佐助を見下ろす独眼。
口端がニィ…と引き上がったかと思うと、政宗は鞘に刀を戻してその場に再び腰を下ろした。

「いや、十分さ。要するに何でも言う事聞きますよってぇのが聞けりゃ良かったんだからな。大満足だ」

そう言いながら、先程火を落とした蒼い煙管に火を入れる。

「消える筈の命を拾われたんだ。忍が敵の大将に助けられるなんて…これ以上晒せる恥はないからね、何でも出来るさ」

「んじゃ、それを晒して貰おうかね」

含んだ煙をゆるりと吐き出し、佐助の顔に纏わせる。

「ん〜…どういうこと?」

絡む煙など気にも留めずに聞き返す。
すると目の前まで迫った政宗に両肩を掴み倒され、その場に背中を打ちつけてしまった。

「ぐっ…あ…」

「こんな衝撃で声を上げるような怪我人に暗殺なんてもん命じるほど、俺は人でなしじゃあないさ」

仰向けに倒された佐助に馬乗りになった政宗が、悪戯心を宿したその隻眼で佐助を見下ろす。

「まぁたイイ顔しちゃって…でも閨の相手なんていつもの事じゃない。俺様は忍として政宗に…」

「そう、一人の忍として…だ。俺がアンタを喰らうのはただの欲さ。アンタに課す命令は別にある」

言いざま、ぐにゅり…と佐助の中心を握り込む。

「は・・・ぁ…ぅっ」

不意に与えられた快感に身を強張らせた佐助が、同時に体の痛みに表情を歪めた。
ゆるゆると刺激を与え続ける政宗の右手。

「む…無理だって…っ!傷が開いたら余計に任務に就けなくなるよ…っ」

痛みと快感に、佐助の額がじんわりと汗で滲む。

「問題ねぇさ佐助…お前には今ここで聞きたい事がある。それに偽りなく答えることが俺からの命令だ」

「なっ…!?そんな命令…!」

「佐助、アンタに拒否権はねぇよ」

手を掴んで抵抗する佐助をあっさりと躱わしながら、政宗は佐助の口元を覆っていた装束布を剥ぎ取った。

「なんだ、思ったよりいい顔してんな?そんなに気持ちいいのかよ。痛みで感じるなんて、お前意外とそっちの嗜好もあったのか?」

「それは・・・ぁ…政宗でしょっ…んっ」

「Hmm…否定はしねぇが今日の俺はSadisticな気分でなぁ…もっといい声聞かせろよ、佐助」

政宗が自身の着流しの帯に手を掛け、するりと抜き取る。
そのまま佐助の両腕を強引に纏め上げて部屋の柱に縛り付けた。
いつもとはまるっきり逆になってしまった立場に戸惑いながら、身を捩って引き攣るような胸元の痛みから逃れようと、佐助がもがく。

「ちょっと…冗談ならやめてよ?」

「あぁ、そうだな。だから本気でやってやるよ。」

「そうじゃなくて!うっあ…手ぇどけてよ…」

「あぁ?手だけじゃ不満か?」

柱を背に座らされている佐助に跨る格好の政宗が、手の動きを止める代わりに佐助の襟首を拡げ、見える白い肌に唇を寄せた。

「いや、なにす…ひっ」

「浮気者の忍には、仕置きが必要…だろ?」

首筋に舌を這わせ、耳元で囁く。
言葉ひとつ、吐息ひとつで佐助の意識は囚えられ、あっという間に政宗の手管に飲み込まれていった。

『浮気者』――――その一言に佐助の心拍数がハネ上がる。

(まさかバレて…?だったらまずい、この状況はまずすぎる…!)

「何考え事してんだ、ボヤっとしてっと本当にヤリ殺しちまうぞ」

「物騒な事言わないでよ…そっそれより、聞きたい事があるならさっさと聞けば?情事は礼に含めないって、さっき自分で言ったばっかりだよね?」

首元から胸元、包帯の上からでも構わずに愛撫を続ける政宗を止めようと、わざと挑発するように声をかける。
すると視線だけこちらに向け、冷たい声で佐助を睨んだ。

「お前は忍だ、佐助。だが一人の人間だ。当然…泣いた事くらいあんだろ…?」

佐助の中で、嫌な予感がざわりと騒ぎだした。
命令は何でも聞くと誓いを立てた。
そして、自分に聞きたい事があると言った目の前の敵大将。
己に好意を寄せていると分かってはいても、今日のこの様子は普通じゃない。
佐助は、いつもと全く違う表情を見せる恋人の口から出るであろう言葉が、自分にとって利益的なものではないと直感していた。

息を飲んだ佐助の喉がゴクリ…となるのが聞こえる程に、空気が止まり、静まり返った。


「お前が今までで一番悲しかった自分の過去…包み隠さず全部話してもらおうか」


…鋭い独眼に映る脅え顔が自分のものだと信じたく無い…佐助の胸中に、久方ぶりの感情が湧きだした。






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