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 05(番外編)


※はじめに

4人の目線から書いた「Krähe mit einer Seerose」の、元になったお話です。
これ先にお見せするべきだったかな。
なくても話の展開には支障がないかなあ〜と思って、今まで放っておいたんですが、
せっかく発掘したのでそのまま載せちゃいます。

Krähe本編の4作と内容が噛み合わないところも、あえてそのままにしてあります。
ネタのメモを覗く感覚で読んでみてください。




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【Krähe mit einer Seerose -another side-】




 
誰もが世の行く末を決める立場にあった。
第六天魔王・織田信長、覇王・豊臣秀吉、この両名亡き後の日の本で、東西に分断された対抗勢力。
東の徳川、西の石田…
そして両軍に属する名だたる名将たち。
後に『関ヶ原の乱』と称されるこの大戦において、若く才に溢れた奥州の独眼竜・伊達政宗と、その宿敵・甲斐武田の真田幸村…この好敵手同士の決着は、非常に大きな意味を持っていた。
奥州の独眼竜といえば、18歳で表舞台に堂々と名を馳せた強者として各地に名を轟かせ、竜の右目・片倉小十郎をそばに置く東北の覇者である。
一方、武田軍の真田幸村は政宗よりも年は若いがその実力は本物だ。政宗が唯一『好敵手』と認める武将であり、この関ヶ原においては、武田信玄より軍を預かる大将として名乗りを上げている。


双方が初めてまみえたあの時。
魂を揺さぶられる感覚を覚えた、刃が交わったあの瞬間。
織田殲滅の為の共闘。
その後に再会を経て臨んだ川中島。
掌に蘇る、剣戟の痺れ。
互いを挑発し、鼓舞し合い、互いを目指して突き進んできた。





交わした全ての言葉はこの瞬間を飾る為のもの。全てはこの決着の為の出会いであった…と。




そう思わしめる程に美しい焔の残像が、蒼い竜を地に伏せていた。


ほんの一瞬。
強烈な雷撃に幸村が体勢を崩し、政宗はそれを好機と見て取った。
頭上で武器を振りかぶる政宗を見上げ、幸村はこの戦いの結末に自身の敗北を直感する。

…しかし結果は覆された。
刹那、政宗の中に生まれたわずかな隙を抉るように、朱羅が本能で舞ったのだ。
その紅色の二槍を操った幸村本人ですら、想定外の結末であったのだろう、焔が弧を描き塵に消えると同時に、その口から叫び出たのは宿敵の名であった。


自身の勢い任せの一撃で宿敵が倒れる結果になろうだなどと、思ってもみなかった。
無意識の中で強烈に働いた自己防衛本能による攻撃だったのである。



その結末を見届けていたのは、幸村一人ではない。
西軍の撹乱役として前線に立つ武田の副将・猿飛佐助は、目の前で起こった一連の事の運びを処理しきれずに、ただ茫然と木の陰に佇んでいた。
武器を手から取りこぼさなかったのは、佐助が優秀な忍である事の証に他ならないだろう。
我が主の宿敵として相対する蒼竜が今この場で、自分の目の前で、主の刃に貫かれ倒れたのだ。


あの竜が、だ。自尊心が高く、高潔で美しい破天荒な蒼い竜が。
まさか、そんな馬鹿な、この時をこんなに早く迎えてしまうだなんて…
どうして…
佐助は、自分の思考がどんどんと狭まって行く感覚に襲われた。



“…どうして…”だって?そんなの自分が一番よくわかっているじゃあないか



戦を知り尽くしている政宗が、なぜ目前の敵から目を離したのか…
その理由を知る者は、おそらく自分以外にはいないだろう…
佐助は、自らの気配を完全に絶たずに幸村の元へ参じた事を、心から悔やんだ。

戦場を駆け抜け、大勢の敵を屠ってきたばかりの佐助からは、殺気が無意識に流れ出ており、おそらくそれが政宗の鋭敏な感覚に触れてしまったのだろう。
忍びの殺気は鋭く暗く、そして酷く生臭い。
纏わりつくような禍々しさこそ薄れてはいたが、気の立った政宗にとっては同じことであった。

そして、幸村が体勢を崩したあの瞬間こそ、佐助がこの場に降り立った瞬間だったのだ。
間違いない。
朱羅が振るわれる直前、見開かれた独眼と、確かに目が合ったのだから。




「政宗殿!!」


倒れ伏した政宗の元へ、武器をかなぐり捨てて走り寄る幸村。
決着が着いたとは言え、戦場の真っ只中で武器を捨てる短慮さには、やはりまだ若さを感じさせる。


「政宗殿、しっかりしてくだされ!某…某は…っ!あれは某の意思を持った力ではござらぬ!!」

「…っ、全力、でぶった斬っておい、て…っそりゃねぇだ、ろ…」

「しかし…ほ、本当の事でござる…っ!!すぐに手当てを…」

「馬…鹿言うな、さっさと…首をと、れ…」



政宗の言い分は間違っていない。
勝って相手の首を取る、それがこの戦乱での常識である。
幸村もそれを当然と認識はしていた。

しかしここで「手当てを」などと言い出したのには、ちゃんとした理由があった。
勿論、納得のいく決着でなかった事もその一つだが、幸村は政宗を看取るのが自分になってしまう事を避けなければならない、その思いからの発言である。
自身の後ろに控えている忍の存在に気付かぬ訳もない。
幼い頃から至らぬ自分を守り続けて来てくれたその忍と、目の前の血に濡れた竜が、睦言を交わす間柄である事にも気付いていた。
しかしどう転んだとしても今は敵同士なのである。

政宗をここで死なせてしまえば、即座に首を刎ねて西軍の功績としなければならない。
だが、『西軍』として政宗を拘束・人質にするという体ですぐに保護、手当てをすれば、あるいは助かる可能性もまだあるかもしれないのだ。
武田の治療薬は、佐助の手製の物がほとんどであり、その効果は幸村本人が今まで何度も実感してきている。


そこまでしてでも、幸村は政宗を失いたくなかった。
自身が最も信頼を置く、佐助の為に。



「佐助の薬ならば、使わせてもらえるでござろうか…?某はこのように貴殿と決着したかった訳ではござらぬ…っ!何より、佐助が今ここに居ながらにして姿を見せない理由を一番わかっておら
 れるのは、政宗殿なのでは!?」

「…っ!?アンタ…全部知ってん、のか…」


政宗の体を一層しっかりと抱え直した幸村は、何も言わずただ優しい微笑みを向け、すぐに背後に構えているであろう忍に声をかけた。


「佐助っ!手を貸せ佐助っ!!」

「馬鹿、野郎っ、やめろ…っ!呼ぶ、んじゃね、ェ…っ!」


もうほとんど動かす事が出来ないはずの傷を負った政宗の右手が、幸村の襟首を掴んで引き寄せた。
顔を見れば、覚悟が鈍る…
そもそもが敵国の大将と忍。いつか必ずどちらかが先に戦場で朽ちるものだと分かっていた。
そう、分かっていた事だ。
最初から分かっていた事なのだ。
だからこそ覚悟を決めてこの関ヶ原に臨んだはずだった。
しかし想い合った者同士、この場で顔を合わせてしまえば覚悟が揺らいでしまうのは明白である。
…それも全て、分かっていたというのに…。


「大将はほんとに忍使いが荒いんだから…俺様と政宗の気持ちを汲んでほしいよ、ったく…」


困ったように笑いながら、佐助が一瞬で政宗の横に現れた。
そして傷の様子を見て、丸薬を一つ取り出す。


「とにかく場所を移す。だけど陣に連れ帰るわけにはいかないよ、この戦は武田と伊達だけの戦じゃないからね。俺様の鴉に右目の旦那への伝令を託しておくから、この先の川辺まで行こう」

「余計な、真似…すんじゃ、ね…うっ…」


呼吸が浅く、鼓動が酷く速い。さらに出血も全く止まっていない。
本当に一刻を争う事態だというのに、まだこの“決定事項”に抗おうとする政宗。
我を貫き通そうとするのは性格であろうが、今はただの手負いの首級である。


「負けた人は黙っててくれる?とりあえずこれ、無理にでも飲みこんで、俺様の為だと思って」


そう言うと佐助は幸村から政宗の体をサラリと引き取り、政宗の口を無理やり開かせて先程取り出した丸薬をねじ込んだ。
今まで政宗との関係を、主である幸村にすらひた隠しにしてきた佐助がアッサリと『自分の為に』と口にしたのは、新たな決意なのであろう。
政宗もまた、佐助のその口ぶりには素直に薬を飲み下す他なく…幸村は幸村で、佐助の言う事を素直に聞く政宗を目の当たりにして、驚きで目を丸くさせていた。


「ただの痛み止めだから気休めにしかならないよ、早くここを離れよう。土埃が傷に障る」


言い放つと同時に、佐助は指笛を鳴らして鴉を呼び出し、素早く伝令を預けて竜の右目の元へと向かわせた。








END

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この続き、既投稿の4作を読んでいただくと分かるとおり、やはり助からなかった政宗さんです。
転生後のお話もありますが、それはいつか漫画で出したいなあ…
とぼんやり思っています。

というか、私の戦国サスダテはすぐ死ネタになって困る。
しあわせな彼らもだいすきですよ。


(2012.07.25)



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