火神大我が"コイツ"に会うのは久し振りだ。しかし今回自分の前でワインをたしなむこの男――【黄瀬涼太】が呼び出したのは青峰大輝の方だった。悩んだ末に、これ以上入れ替わりの事実を覚られたく無い二人は"中身"でなく"本体"を派遣させた。

 ――その日呼び出された場所は、グランドホテル最上階のレストラン。展望パノラマで夜景を楽しみながら、優雅な時を過ごせる。ここはドレスコードも必要無い。堅苦しく感じさせないのが様々な層から愛される理由だ。天井からぶら下がるシャンデリアは仄暗く情緒的で、更に目の前に広がる絶景はどんな人間をも静粛にしてしまう。

 黄瀬は、そんな予約もままならない店でご丁寧にディナーを用意してくれたのだ。向かい合った席に腰掛け、似合わない為りにスーツを着た色黒男は、ここ数日胃袋のキャパシティを膨らませていた。遠慮なく料理を胃に押し込んでいき、遂にはサイドメニューまで頼み始める。

「青峰っちって、そんなに食う人っスか?久し振り過ぎてオレの記憶が間違ってるのかな……?」

 そう首を捻った男もまたスーツを着用していた。青峰が着ているビジネスタイプのモノでは無く、セレモニー用にあつらえたスーツだ。細かい部分が違う。そんなお洒落に妥協が無い金髪男を、向かい合った青髪男が鼻で笑う。

「案外そうかもな?」

 青峰はカゴに入ったパンを掴んでは口に運び続ける。ギリギリのマナーを駆使してはいるが、豪快な食べっぷりはフォーマルな場ではよく目立つ。

「人って変わるからなぁ……大漢食になるとは意外っス」

「お前のその喋り方は変わんねぇな、黄瀬」

 そう嫌味を告げながら親指をペロリと舐め、皿にナプキンを落とした青髪男は、ようやく満腹になったらしい。これでも"自分が自分だった頃"の三分の二程度だ。正しい身体に戻れば、もっと食える。

「あぁ、コレ。貰ったんだけど遊園地好きじゃ無いから行ってらっしゃい」

 モデルの彼から渡されたのは遊園地のチケット。青峰が「ちょっと遠くねぇか?」と細い眉を狭めれば、黄瀬はハンドルを握るジェスチャーを取った。

「大人って、何でも出来るな」

 片側だけ口角を上げて鼻で笑った強面の男は、そのチケットを手に取りそう皮肉る。すると向かい合った綺麗な男が被せてきた。

「――但し、やろうとしないだけっスよ」

 立ち上がり彼と別れようとすれば、相手に見せた背中へ声を掛けられた。――と言うよりは、質問を投げられる。

「アンタさぁ……誰?」

 青峰は僅かに振り返り、パンツスーツのポケットに両手を突っ込み肩をすかしてみる。

「……オレは、"オレ"だよ」

 店内に敷かれた赤い絨毯が、足音を殺す。入り口に立つ燕尾服を着たウェイターが、丁寧に頭を下げ扉を開けてくれた。別の従業員が、預けていた財布と鍵を渡してくれる。青峰は内ポケットに入れていたチケット四枚に視線を送ると、ソレを財布にしまった。





「……遊園地?テツでも誘うか?」

 スーツの男は黄瀬と別れた後に呼び出され、青峰の契約する手狭いアパートに来ていた。赤から黒へのバイカラーな髪が特徴的な"自分"は、チケットを眺め「他県か……」と呟きながら、うなじ辺りを掻いている。ベッドに腰掛けたこの男は黒子テツヤを誘って男三人で遊びたいようだが、それを火神は阻止する。

「いや……、互いの彼女誘って四人で行こうぜ?行くのはバラバラで良いから、偶然会う振りしてよ」

「馬鹿か?お前、正気か?」

 赤毛の男はチケットから目を離し、二又に分かれた眉毛を潜め、相手を睨む。

「…………A子に会いてェ」

 そう呟き切なそうな顔をしたスーツ姿の青毛男を、ベッドに腰掛けた男が牽制する。

「火神、それはオレの身体だ」

「話せるだけで良いんだ」

 そうやって哀しがる目の前の"自分"を放ってはおけなくて、横に置いたスマートホンのロックを解除した赤毛の男は少しだけ笑う。

「頑固だからな、お前」

 慣れない操作に苦戦しながらも、赤毛は短いメッセージを打ち終えたようだ。

「送信する前に見せてくれよ」

 火神は、自分の中に居る青峰へスマホを寄越すように催促をする。そして素直に渡して貰ったその文面に、目を丸くしてしまった。

【暇なら電話しろ、今すぐ】

「青峰お前!普段もこんな喋り方してんのか!?」

 隣にあったサイドテーブルを、色の黒い拳で叩いて怒りを表す。その後すぐ、泣きそうな声で言葉を続けた。

「お前はオレなんだぞ!!…………フラれたらどうすんだよォ〜!!」

 『何か違う』と別れた過去がフラッシュバックした。こんな横暴な態度じゃまた同じ台詞でフラれる気がした火神は、両手で髪の毛を掻きながら悶絶する。

「意外とワンワンなついてくるぜ?」

 悪気を一切感じない口調で【フラれる原因を作るであろう男】はそんな冗談を言った。――こんな男の"気遣いの無さ"で自分の恋が終わると思うと、やりきれなくなりそうだ。

「ふっざけんなよ!!やり返すぜ!?美人な彼女から不様にフラれろよな!!」

「オレは別にフラれても良いけどな?あんなワガママ娘」

 その対象への冷たさしか無い台詞に、火神は先日あった記憶を思い出す。自分の腹の下で泣いた"青峰の彼女"――。『愛してる』と紛いの言葉で幸せそうにした女だ。あんなに大切に愛されてるのに……この【目の前に居る男】は気付かない。

「お前な……ソレ人として最低だぞ、青峰」

「そりゃどうも」

 赤毛はフンと鼻を鳴らし、青毛を相手にもしなかった。





 9月も終わりに近付くのに、平日の今日はまだ暑さを和らげてくれない。数年前から季節が1、2ヶ月程ズレているような気がした。暦で言ったらもう秋口なのに、まるで真夏だ。

 本日レンタカーで遊園地まで来た火神とA子は、車内ではもっぱら無言だった。それでも誘われた事が純粋に嬉しかった少女は張り切っている。その調子が荷物へ表れていた。助手席に座るA子の膝に大きな荷物が乗せられ、大きさはバスケットボール位で、四角い正方体。

「……その荷物何だ?」

 目的地へと着きバタンとドアを閉めた火神は、少女が両手で抱え車外にまで持って来るつもりな紙袋を指差す。

「お、弁当……、作ったの」

「弁当!?このデカさで!??」

 おおよそひと家族分ありそうな大きさに驚いた火神は目を見張った。

「沢山、食べるから」

 ……そう言えば、この男はやたらめったらに食べる男だった。最近火神大我の身体を借りる事になった【青峰大輝】は、この身体の燃費の悪さに辟易していた。食っても食ってもすぐお腹が空くのだ。

 チケットを窓口に渡し、入場ゲートを潜る。フリーパスだと腕にバンドを巻かれ、二人は園内に足を踏み入れた。正面玄関は広くレンガタイルが貼られていた。左右にお土産屋が並ぶのだが、今日は生憎の平日で閑散している。遊園地とは賑やかだからウキウキするのであって、静かで人気が余り見られないこの場は不気味にも感じられた。

 それでも隣に立つ少女は嬉しそうで、目を輝かせながら園内を歩いていた。階段を下りると、ほんの数メートルで風景がガラリと変わる。

 ジャングルを連想させるそのエリアは激流川下りが人気らしい。木々の隙間からジェットコースターが見える。木製の橋を渡り、【ザリガニ釣り】の看板を過ぎた二人は木陰のベンチに腰掛ける。僅かに居る客の悲鳴が遠くから聞こえた。

「……朝、食べてねェんだよ」

 手を差し出して来た彼氏は、目を伏せて遠回しに弁当を催促した。さっきのリアクションからてっきり要らないと言われるのだと思って落ち込んでいたA子は、狼狽えた後にソレを火神に差し出した。

「…………っす」

 今のが『いただきます』らしい。唐揚げを箸で刺し、火神は一口で頬張る。モグモグと無言で咀嚼する男は、そのまま二つ目を箸で刺す。

「お、美味しい?」

 火神は何も言わずに、重箱の三段目にしてようやく出てきたお握りを口一杯に含み、顎を動かす。二段目は何故かサンドイッチで、玉子がふんだんに挟まっていた。

「……まぁ、な?手作りにしては……美味い」

 褒めるのが苦手な【内部の青峰】は彼女にそう告げて、箸を持った手で眉付近を掻く。以前やらかしたあの切り傷が、最近やっと痒みを感じるまでに良くなっていた。

「いっぱい食べて!!」

 火神はペコリと頭を下げ、今度は玉子焼きを頬張り始めた。いつもの火神なら褒めながら食べるのに、今日の彼は無言で口に運んでいる。それでも寡黙ながらに減っていくお弁当は、見ていて凄く嬉しい。

「お前は食わねぇの?」

 唐揚げの刺さった箸を突き出される。火神は頬にご飯粒を付けている癖に、表情少なくコチラを見ている。それは無表情に近い。

「口、開けろよ」

 その恋人らしい流れに、緊張で身体が固くなった。普通は逆なのに……と、思いつつも差し出された唐揚げを口に入れる。そして噛んだ瞬間にショックを受けた。

「美味いだろ」

「……しょっぱい」

 火神がハハハ……と笑う。今日会って、初めて笑ってくれた。でもA子はちっとも笑えない。だって味付けに失敗していたから。恥ずかしさと申し訳なさで泣きたくなる。やり直せるなら昨晩の仕込みからやり直したい……――。

 A子はこのように深く反省しているのだが、火神……いや、中に居る青峰からすれば彼女の味付けは及第点だ。良くもなく悪くもない。だから彼は褒めたし、中身の全てを口に運んだ。料理は愛情だ。"青峰"だって自分の為に作ってくれた時間や気持ちを、無駄にはしたくなかった。

 空になった三段の大きな弁当箱は、火神が膝の上に載せている。それは肘置きに丁度良い高さだったから、ただそれだけ。

「お前、良い嫁になれそうだな」

「……え?あ、お嫁……さん?あんなに味付けしょっぱいのに?」

 急に言われた台詞に戸惑ったA子は、そんな事を口にしてしまった。可愛い子だったら『じゃあお嫁さんにして?』と言えるのだろう。――でも、彼女はそこまで大胆じゃない。むしろ失敗をフォローされたみたいで、死ぬ程恥ずかしい。

「美味かった」

 そう言われ突っ返された弁当は、今までと軽さが全然違う。恥ずかしいし情けないけど、この軽さが堪らなく嬉しい。ご褒美のように頭を撫でられ、また火神が微笑んでくれた。

「早起きしたから眠ィ……膝貸して?」

「ひっ、膝!?こんな所で!?」

 急に太股を撫でられたA子は、いつものようにオーバーリアクションを見せる。そんな余裕の無い姿は【青峰】からしたら新鮮だ。何となくだが、火神がコイツに惚れた理由が判った気がした。

「別に良いだろ?誰も居ねぇよ」

 火神の姿をした【青峰大輝】は、それでもスカートを握る手を離さないA子のウブさを鼻で笑う。

「じゃあ肩貸せよ、寝るから三十分後に起こして?」

 そうしていきなりにも頭を寄せられた固い赤毛が頬に触れた。チクチクと首周辺が擽ったい。すぐ傍に大好きな彼の顔があって、凄く幸せで胸が苦しい。彼女は自分の喧しい心臓の音が、静かな寝息を立てる相手にも聞こえているんじゃないかと心配になった――。





「凄かったぁー……。髪ボサボサ」

 キャップを脱いだB美は、ジェットコースターの風圧で乱れた前髪から横髪までを撫で付ける。

「身長制限無けりゃ最高なんだけどなァ」

 結局、青峰の身長で乗れた絶叫マシンは足が付かないタイプのモノだけだ。不満気に口を尖らせて物足りなさを嘆いた男は三回も同じコースターに乗り、同じコースを目を瞑ったり手を上げたりと工夫をして楽しんでいた。

 混んでないからイチイチ降りる事をしなくても良い。安全ベルトが締まっている事だけを確認して貰い、何度も出発をすると最後は横の彼女が「恥ずかしいんだけど!!」キレてしまうのだった。

 ライド式のお化け屋敷では暗いのを良い事に、ずっとキスをしていた。さりげに胸元を揉んでやれば相手の口から甘い声が抜ける。――そんなこんなで朝イチから来ていた二人は、遊園地を遊園地らしく楽しんだ。

 ――しかし青峰の奴……"オレの身体"と彼女引き連れてどこブラブラしてんだよ。昼過ぎにジャングルに似たエリアを二人で歩く。そこの途中にあった【ザリガニ釣り】の看板が目を引き、見上げてしまう。懐かしい気がして立ち止まる。何だか小さい頃に得意だったような……そうじゃないような。そんなモヤモヤした感情を抱く。でも、火神はそんな事をした事が無い。ザリガニなんか見た事もない。何故惹かれたのかも判らぬままに彼は首を捻る。

 待ち合わせ時間も近く、ポケットから携帯を取り出す。青峰に電話を掛ける事にした彼は、ふと奥入った場所にあるベンチに視線が向いた。

「…………A子?」

「――え?」

 彼氏の口から、知らない女の名前が出た。B美は思わず立ち止まり、背の高過ぎる相手を見上げた。青峰は口を開けて驚いた表情をした後に、僅かながら口元を綻ばせている。

 そこに居たのは自分の彼女A子だ。正直、隣の女も忘れ【運命】だと思った。彼女は最後に会った時と変わらずに笑顔を見せている。――横に座る大きな弁当箱を持った男に向かって……。口を開けて何かを食べさせて貰う。味付けがショックだったのか、口元を押さえて眉を下げた。

 そうだったな……、アイツは味付けが下手くそなんだ。調味料を量らないからな。馬鹿だよな、何度言っても全然変わらねぇんだ……――。

 違うんだ。青峰、お前の場所はソコじゃ無い。ソコは、ソコは…………オレの場所なんだ――!!自分とA子が幸せそうに笑い合った。見ているだけで胸が苦しくて、痛む――。青毛の男は歯を食い縛り、手のひらが熱くなる程に拳を握っていた。

 B美は、ある一点を見たままに動かなくなった色黒の男を心配そうに覗く。その視線の先には、見た目の派手な男が地味な女の頭を撫でていた。酷く嫌な予感がした彼女は、華奢な腕で胸元を叩く。

「大輝?ねぇ、大輝!」

 突如呼ばれた"自分じゃ無い名前"に、色黒い筋肉質な男はハッとする。そして今見た光景から逃げるようにハーフに似た綺麗な女の肩を抱き、ベンチから背中を向けた。

「……帰ろうぜ?くたびれちまった」

 ――A子に裏切られた気分だった。頭の裏側がガンガンと鐘を打つように振動する。

 火神は気付いていない。A子は彼を裏切ってはいない。それならば――言い訳付けて他の女を何度も抱いている"自分"の方が、よっぽどA子を裏切っている事実に……火神は気付いていない。

「――私もジェットコースター乗ったから疲れた」

 キャップを被り直したB美は帰る事に賛成した。彼女からしたら、一刻も早く青峰とひとつになり、愛されたかった。

「オレの知り合いがさ、マンション持ってんだよ……。泊まって良いって」

「大輝とだったら、どこでも良いよ?」

 自分の太い腕に付けられたサラサラの横髪を撫でる。猫みたいな女だと思った。気紛れで、なついたと思ったらどこか素っ気なくて……ワガママで自由で、可愛い。それと対照的にA子は犬だ。火神はこの彼女にA子の姿を見出だせ無い事へ、冷めた感情を抱いてしまう。

 青峰の姿でしか無いその男は、少女のつむじに鼻を付け甘い香りを吸った。顔はそのままに口を動かし、これからどうしたいのかをB美へ告げる。出来れば滅茶苦茶にしたかった。もう……A子の事を忘れる位に行為に冒頭するんだ。

「――多分、今日は激しいぜ?……お前、腰砕けるかもな」



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