「――大丈夫なんですか?二人共」

「よゆゥだよな?かがみィ〜」

「ふぁ〜い!!歩けま〜しゅ!!」

 千鳥足にも覚束無い程フラフラした二人は、飲み屋帰りだ。たった一軒、90分の飲み放題でコレなのだが、途中から始まった"飲み比べ対決"は壮絶だった。火神がウィスキーを頼んだ辺りから雲行きが怪しくなり、やがて顔が赤を通り越し青くなるまでにチャンポンした二人は、仲良くトイレに消え勝敗はドローとなった。そして現在に至る……――。

 21時前後の駅は人が疎らで、フラリフラリと酔いを体現した二人は目立っていた。

「今日はかがみんチ泊まりまぁ〜す!!」

「一緒にねま〜しゅ!!」

 二人がそんな事を改札前で言うモンだから、スレ違う人々がこちらをジロジロと見る。溜め息を付いた黒子は"我関せず"を貫く為、一人先にと改札口を通り過ぎた。





 窓の外からチュンチュンと鳥が囀り、カーテンから朝日が漏れる。日課なのか目覚まし時計が室内に響き、太く日に焼けた腕がソレを叩いて止める。しかし、ソイツは鳴らなくなった事に安堵するとまた夢の中に意識を飛ばしてしまった。

「……ぅおェ……っ」

 寒々しい位に強い冷房が身体を冷やす。何だか胃がいつもより重い気がした青峰は、吐き気と戦いながら顔を擦る……のだが、何かが違う。自分はこんなに前髪は無いし、目元の彫りも深くない筈だ。ボンヤリと手を見ると、その肌の色は何時もより白かった。

「……火神アイツ、オレを漂白したのか?」

 冗談混じりに頭を掻けば、何だか毛髪が固くなった気がした。衣服は愚か、パンツすら身に纏っていない素っ裸な身体は全身が筋肉質だ。アレ?二の腕も胸囲もこんなにあったっけ?しかもソレも普段より白い。

「何だコレ?」

 振り向く青峰の目に飛び込んだ光景は想像を遥かに越えたモノで、彼は悲鳴を上げた。

「……っるっせェんだよ、朝から」

 ベッドの横に寝ていた男も素っ裸で、身体が冷えたのか身震いをした。何時もの癖で髪を掻き上げようとした火神は、前髪が酷く短い事にキョトンとした。そして自分の手を見てその黒さに「はあぁ!?」と驚愕の声を出す。

「青峰テメェ!!オレに何し……た……?」

 火神の目に飛び込んできたのは"全裸の自分"で、その眉を潜めた顔が男前だと関心した。

「――何で全裸なんだ?」

 頭を抱えた【青峰の姿をした火神】は、検討違いな疑問を持ち始めた。ベッドの周りには慌てて脱いだように散らかした衣服があり、ショックを受けた。

「そんなんどうでも良いだろ?今はこの状況だ!あぁ!この声慣れねぇな!!」

 喋れば普段より高くしゃがれた声が出る。青峰の意識は、それに慣れなくてイライラした。

「いや、どうでも良くねぇ……。――全裸で何してたんだ?オレら」

 それを聞いた青峰……もとい、自分が口を開けて呆然とした。そりゃ、同じベッドで裸一貫で居たのだから答えは一つしか無い。心無しかお尻が痛い気までする。彼も同じなのか、左手で尻を確認していた。止めてくれ、ソレはオレの身体だ……。

「お前何したんだよ!!オレに!!」

「……落ち着けよ、青峰。入れ替わった時にした事を、もう一度すりゃ元に戻んだよ。それがセオリーだ」

「…………覚えてねぇよ」

「忘れてた方がマシかもな……」

「言うんじゃねぇよ、馬ァ鹿」

 ナニがあったかなんて考えたくもない。仮に考えている事が"正解"ならもう一度しなければいけない。万が一何か手順を間違えなんかしたら、おぞましい行為自体が無駄になる。――しかも今度は自分を抱かなければいけないのだ。見方を変えれば随分と斬新なオナニーである。屈強な心が簡単に折れそうだ。

「寝たら治るかもしんねぇ!!それも"セオリー"だろ!?」

 赤毛の男がそう提案を出す。青毛の男は「流石だ青峰!!」と彼を褒める。そうして二人は寝るのだが……赤毛の男はリビングのソファーで横になった。男二人でベッドに寝る趣味は無い。これで起きたらオレはベッドに寝ている筈だ!!そう確信した青峰(身体:火神)は二時間程の惰眠を貪る事にした。

 勝手にリビングの冷房を付けた彼は暫く暑さと戦うのだが、やがて快適な気温になると夢の中に旅立った。





「どういう事だよ火神ィ!!」

 バターンと寝室のドアを開け、腹這いになってだらしなく寝ている自分の身体を鬼の形相で睨む。引き締まった筋肉と色黒の肌がセクシーさを醸し出す程にバランスが良い。

「……にゃ?あしゃ?」

「昼だ馬鹿!あとその顔で変な事喋んな!!」

 火神の姿をした青峰が怒鳴る。そんな強面で舌足らずな喋り方をされても、可愛くも何とも無い。

「――オレが怒ってるゥ〜……」

 目の前に自分が居る事へ絶望視した火神は、うつ伏せになり枕に顔を埋めた。もう駄目だ……。夢でも何でも無い、これが現実だ。うつ伏せの青峰の隣で、火神が頭を垂れマットレスを何度も叩く。

 ふと今後が気になった青峰は、うつ伏せになった自分もとい火神へ問う。

「……なぁ、生活はどこですりゃ良いんだ?」

「そりゃ、ここはオレん家だからオレが住む」

「この姿であのアパート居んの?B美に合鍵渡してんだよ、オレ。アッチに何て説明すんだよ……。今日来るぜ?絶対、あの女」

 合鍵持つB美は勝手に青峰の部屋に入って来る事がある。もしその時に火神の姿で寛いでいたら、彼女は悲鳴を上げるだろう。こんな姿で「オレは青峰だ」なんて言っても信じてくれないし、納得させるにも骨が折れそうだ。

「……オレも今日A子迎えに行かなきゃじゃねぇか!!ジムが無いから約束してたんだ!!」

 火神は本日の約束を思い出し、髪を掻き毟りながら困った顔をする――のだが、やはり猫っ毛気味な青峰の毛髪に慣れない。

「こんな姿で迎え行ったら驚かれんだろ!!よりによってこんな強面な野郎!!」

「火神ィ、オレが行ってやるよ。姿はお前だからな?彼女を見てみてェ」

「……変な事しねェよな?大事にしてんだよ」

 目が細く吊り上がった爬虫類顔の男が、逆三角の大きな目と奇妙な眉毛が特徴的な男を睨む。

「大事にしてやるよ、お前のお姫様」

 チョイチョイと指を動かした"赤毛の"青峰は何かを催促している。気付いた火神は溜め息を付き、玄関へと向かった。

「……ホラよ、青峰。車の鍵だ。親のなんだから絶対事故るなよ?」

 寝室に戻って来た火神は、この自室の鍵と車のキーを自分の身体へ渡す。車はMAZDAのロードスターだ。MTなのが面倒だが、スポーツカーは運転していて楽しい。青峰の免許がMTなのを確認して、互いの免許証をも交換した。

「運転してみたかったんだよな、ロードスター。デート向けじゃねェけどな?」

「言っとくけど、部屋交換すんの……とりあえず今日だけだからな?」

 【火神の身体を借りた青峰】も自分のジーンズからキーケースを見付け、ソレごと放った。見事に片手でキャッチした相手は、キーレスエントリーも無い形に頭を捻りながら質問した。

「青峰……車、何だっけ?」

「世界のHONDA、インテグラだ」

 少し間を置き考えた茶肌の男は、ようやく車体を想像し声を張り上げた。

「お前これバイクの鍵じゃねぇか!?」



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