六畳一間の1Kアパート。彼からしたらこの広さで十分だ。木製のベッドは実家から持ち出し、中学時代から使っている。マットレスも十年も使用していれば買い替え時だ。ガラステーブルは引っ越した時に買った。フローリングの床に二つのクッション。一つは黒で、もう一つはピンク。せっかくモノトーンで部屋を纏めようとしたのに『白は可愛くないからイヤ』と言われ購入。――何色だって同じだろ?

「――だい、だいき……ソコ……、もっと、突いて……?奥まで……っ」

 ハイハイ、お姫様。承知しましたよ。【軋むベッドで優しさ云々】なんて歌が昔あったな。下らねェ……。優しいセックスで女がイくなら楽だなソリャ。

 白く細い足を持ち上げ、腰を更に深い場所へ打ち付けてやる。先端に何かぶち当たる感覚がするが、尚も肌を密着させ侵入を試みれば、女は身体をピンと張り、大きな胸を上下に揺らす。乳首は少し茶色いし、乳輪も大きい。ボリュームのある胸を欲した結果がコレである。

 濡れ過ぎる性器も、初めは感動した。"こんなにも自分のテクニックに感じるのか"と自信が付き、そしてシーツにまで垂れた愛液がAVのようでセクシャルだった。――今は潤滑油として役目を果たし過ぎて気持ち良さの邪魔をするだけだ。

「ソコ……ォ!!ゴリゴリして、あっ!もっと!!胸も、ちゃんと揉んでよぉ……んっ!!」

「――なぁ、もう止めね?」

 ギッ……と動きを止め、行為の中止を告げる。チュプ……と抜いた性器は半勃ちにまで萎え、ちなみに避妊具は使用していない。いつも外出し、だって気持ちイイんだもん。

「何で!?大輝何でェ!!?アンタが言うから今日エッチな下着着けて来たんだよ!?」

 ヒステリック気味に喚き出したB美は、目尻に涙を浮かべた。彼女のこの後の言葉はきっとこうだ。ワタシノナニガイケナイノ?

「私の何がいけないの!?」

 あ、正解。ビンゴ、賞品はハワイペア旅行。絶ッ対嫌だ……。ペアなんてゴメンだ。グスグスと大きな目から涙を落とし始めたこの女性は青峰の恋人で、キャンパスミスコンの準優勝者だ。二位と云うのがまた笑えるが、一応二人で並べば様になる。街を歩けば誰もが振り向く理想なカップル。…………見た目だけは。

「言ってもお前、直さねぇだろ……?シャワー浴びて来い。送ってやるから」

 ベッドの上に敷いていたバスタオルを向こうへ渡せば、ソイツの出した愛液で一部の色が変わっている。「……サイテー」なんて賞賛の言葉を得た青峰は、裸のままベッドに寝転んだ。

――別れたい――

 見た目だけで女を選んだ事を、今更ながらに後悔している。振ろうとしても、やはりあの見た目に敵う女性は居なくて――青峰は現状をキープしている。





「……お邪魔、します」

「――ほら、何してんだよ。上がれよA子。遠慮すんな」

 玄関で固まる"彼女"を出迎えた火神は、会って早々にキスをしようとしたが、それは奥手に奥手を重ねた向こうの手により阻止された。

「……ごめんなさい。恥ずかしくて」

「ま、まぁ……そうだよな?ココ日本だし」

 ギクシャクした空気に、ギクシャクした笑顔になった火神大我はスリッパを出してやる。白く長いスカートから細い足首が見えた。足は凄く小さい。22cmだと告げられた。隣にある自分のスニーカーなんかを履いたら抜けそうだ。

 付き合って三ヶ月……。先日やっと唇を合わせるだけのキスが出来た。中学生のように鈍いスピードに火神は一線を越えたいと常に思っている。しかしその願いはハードルが高過ぎた。A子はキスだってしたがらない。街を歩けば三歩後ろを付いてくる。電話も恥ずかしいと出ないから、連絡手段はメールか通信アプリ。

「酒、飲んで良い?ワインとか飲むか?」

 予想通り相手は首を横に振る。仕方無くワイングラスひとつに赤いアルコールを注ぎ、円形の縁に口付け香りを楽しみながら飲む。行儀悪いと知りつつも、ワイングラスを傾けながら自分の彼女が座るソファーへ腰掛けた。

「か、がみ君家……お洒落……」

 お洒落と言うか、それは生活感が全く無い部屋だった。二世帯でも住めそうな大きなリビングには何型かも判らない大きな液晶テレビに今自分が座っている三人掛けのソファー。下に敷いたカーペットはフカフカで、絨毯と呼べそうな代物である。

「親父の趣味だよ、仕事忙しくて帰って来ねェ」

 親父と云う単語に男らしさを感じる。出会ったのは友達の紹介で、体育大学の人達なんか怖い人ばかりだと思っていた。……でも、隣に座る火神は違った。エスコートが上手く、優しい。友人達は『彼氏がヤらせろとうるさい』なんて口を尖らせるが、この彼氏からそんな事言われない。

「か、がみ君……ゴメンなさい」

「気にすんなよ。焦ったって良い事ねぇよ」

「でも、もう三ヶ月……」

「"まだ"三ヶ月だ。気分が乗ったら言えよ」

 頭を大きな手で撫でられる。彼が自分を見る眼差しが優しくて父親みたいなんて言ったら怒るだろうか……?

「まだ、怖いから」

「――そうか、オレ……風呂の準備して来るから」

 "お洒落"なリビングにあるソファーから腰を浮かした火神は、ダイニングテーブルにグラスを置き廊下へと消えた。

「……勘弁してくれよ」

 火神は洗面台の前に立つと、壁に頭を打ち付け項垂れる。待つよ、待つよと言い続けて1ヶ月以上が過ぎた。内心、我慢も限界に近い。セックスさせてくれるのなら何だってするのに……。欲望の発散場が無い煩悩にまみれた火神は【理想の彼氏】になる為、再度頭を壁に打ち付けた。

 ――このままじゃ浮気しちまう。火神は会員制ジムのインストラクターだ。最近は同年代の若い女性が薄着でトレーニングに励む。二人で飲みに行きたい、と声だって掛けられる。それが何を意味しているのか……火神も大人だ。理解は出来る。

 今まではジム内に"恋愛禁止"の規則もあるし「彼女居るから」で断って来たが、これから先我慢出来るか判らない。

 浮気して彼女を裏切るのと、別れて彼女を傷付けるの……どちらが負担少ないかその酷い天秤がユラユラ揺れる。決断の日は近い――。





「あンの糞オンナ……。ちょっと可愛いからって、ワガママ過ぎんだよ……」

「あんま彼女の事悪く言うなよ」

 テーブルにビールジョッキを叩き付けた青峰は、ジントニックを氷ごと口に運んだ火神を睨む。同席する黒子テツヤは飲み放題メニューを眺め、呼び出しボタンを押した。

 現在三人は、火神と青峰が通う大学の近くで飲んでいた。夕方6時、残暑厳しい9月の今日はまだ太陽が空に浮かんでいる。チェーンの居酒屋は、早い時間からか企業戦士達の姿が見えずに閑散としている。呼んだらすぐ来た店員へメニューを指差しながら二杯目を注文する。

「……マンゴーミルクで」

「テツー……お前またジュースか?っけんな、飲め。生搾りレモンハイ」

 勝手に人の注文品を変えた黒いTシャツに黒い肌した男へ、溜め息を吐いた色素の薄い少年は酒を飲まない理由を告げてやる。

「帰ったら明日塾で返すテストの採点あるんです、マンゴーミルクで」

 困った店員は、苦笑いをしながら伝票に【マンゴーミルク】と書いた。黒子テツヤは現在、ある塾で講師の助手をしている。所謂アルバイトで、シフトも週5勤務と中々頑張っているようだ。

 注文受けた店員に続いて、別の店員が沢山の食品を載せたトレイを運んで来た。焼き鳥の盛り合わせにお好み焼き、餃子にビビンバ……。火神が嬉しそうに両手を擦り合わせ、箸を握る。

「生ビール……」

 ピッチも早い青峰はついでにと三杯目を頼み、持っていたジョッキを空にした。

「ホンット、女は顔で選ぶとロクでもねぇな!!」

 枝豆を摘まみながら青峰は唸った。黒子はグランドメニューを眺め、その横に座っている火神は一緒に覗き込みながら焼き鳥をムシャムシャ咀嚼する。二人とも向かいに座る青峰の話に興味が無いらしい。

「火神ィ……お前の女はどうだよ?誕生日に指輪与えねェとキレる女か?」

「誕生日は、ホテルのディナーだった」

「リクエストか?」

「いンや?アッチは一緒に居れれば何でも良いってよ」

「……良い女だ」

 額をテーブルにぶつけた青峰の前には生ビール、黒子の前にマンゴーミルクが置かれた。

「メシ食って、キスして帰った」

「は?キスだけ?生理か?」

 "生理"と云う単語に黒子は眉をしかめる。

「……初めてキスした。四万のディナーの対価が、キスだ」

 両手でキツネの形を作った火神は、指の先端同士を離してはくっ付けた。……酷く渋い顔をしながら。

「ブハハッ、そりゃ良いな。エッチするには海外旅行か!!」

 青峰の下品な台詞に、黒子の眉間が益々狭くなる。

「海外連れてってセックス出来るんなら、いくらでも連れてくぜ」

 溜め息を吐きながらそんな事を言う火神へ、黒子はこの間本人から聞いたビッグニュースを問いた。

「火神君、来年アメリカ行くんですよね?」

「はァ?何しに?」

 初めて聞いたその情報に青峰は目を丸くして質問する。そんな間抜けな顔した彼に、口角をガッツリ上げた火神は下手くそな笑顔のまま答えてやった。

「……"バスケ"だよ」



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