その日は、センター試験直前の模試だった。本当は今日……強豪校との練習試合が入っていた。しかし黒子テツヤは、ソレを放ってでもコチラを選ぶしか無かったのだ。

 三年間守り抜いたレギュラーユニフォームも、もう少しで袖を通す事が無くなる。願わくば、今日の練習試合にも参加したかった。最後の大会まで残り少ない期間を、悔いなく過ごしたい。

 ――だけど、今は自分の未来と向き合わなくてはいけないのだ。指定された座席へ向かった黒子は、周りに知り合いが居ない事に息を深く吐いた。

 バスケは団体で戦う競技だ。常に五人以上の仲間と勝利へ突き進む。なのにコレは違う。己の未来は、己の身ひとつで掴まなくてはいけない。黒子からしたら、それが堪らなく寂しかった。

 あぁ、ボクと云う個体は一人で戦う事には慣れていないのだろう……。この僅かな机の上が試合会場だ。観客席からの声援も、自分を呼ぶ仲間の声も、頭を乱す大きな手も無い。ここにあるのはホイッスルに似た電子音と、会場を包む緊張感だけだ。これじゃあ、本番なんてとてもじゃないが挑めない。

 黒子は、ふいに座席からペンケースを落としてしまった。缶製のスリムなソレは、派手な音を立てて中身が散らばる。周りはその音で、初めてその席に座っていた彼の存在に気付く。周囲の視線が刺さり、固まった黒子は逃げたい気持ちを我慢をした。シャープペンシルの芯がばら蒔かれ、床に投げ出されている。少年は椅子から身を下ろし、小さくかがみ私物を拾った。

 寂しい、寂しい、寂しい……。今すぐココから消えて、ボクも練習試合に混ざりたい。

「はいコレ、黒子君の受験票。床に置いてあったよ?」

 名前を呼ばれた事に顔を上げた黒子は、自校の制服にカーディガンを羽織った女子生徒が【黒子テツヤ】と書かれた模試受験票を手にしているのを見た。少年はお礼を言い、ソレを受け取る。彼女は一緒に散らかしたシャー芯を拾ってくれた。

「覚えてる? 一年の時、クラス一緒だった」

「○○さん、ですよね? 覚えてますよ」

「私、前の前の席」

 微笑んだ少女は、自分の指定席を指差した。そちらを見た黒子は、また少女の顔を見て自分も微笑み返す。……ほんの少しだが、黒子の中の孤独が和らいだ気がした。


 ………………………


「今日は練習試合とダブってしまいました」

 午前の試験が終了し、一時間の昼休憩が挟まれた。友人達との約束を断り、弁当を持って黒子の元へ来た○○は、彼の机で昼食を広げた。

「バスケ部、凄い強いよね。ウチのクラスでも、大会に応援行くって横断幕作る計画してたよ? 結局出来なかったみたいだけど」

 黒子自身も、年々自校のギャラリーが増えている事には気付いていた。火神なんか黄色い声援を背負う程のプレイヤーだ。でも、有志で横断幕作成なんて初めて耳にした。そうして、恥ずかしさと嬉しさが黒子の内側で身体を撫でるのだった。

「あとね、うちのお父さん公立で教師やってて。ちょっと前までバスケ部の顧問してたの」

「どこのですか?」

 黒子が"バスケ部"と言う単語に反応してそう問うと、彼女は「弱かったから……百合が央高校」と学校名を告げた。それは聞き覚えの無い校名だった。

「ソコでさ、お父さんが『凄い選手が居た!』って興奮しちゃって……弟、今中学でバスケ部」

 ○○がモグモグと弁当を食べ始めると、二人の間にまた無言の時間が始まった。黒子は何を話せば良いか判らず黙っていた。余り喋る事に慣れていない彼は、面白い話題を出せないでいるのだ。

「凄い選手って、黒子君の事だったら面白いのになぁ、お父さん喜ぶよ? 興奮して雑誌買ってたし」

「……ボク、そんな目立つ選手じゃないので。でも知り合いかもしれません。周りは皆凄いから。火神君も、プロからスカウト来てますし」

 黒子の頭に浮かんだのは、都内の高校に通う三名の凄いプレイヤー。どれも派手で目立つプレイが得意な面々だ。一人は豪快な攻めでダンクをガンガン決める我が相棒。そして二人目は、オールコートの何処からでも得点を決める天才シューター。そして最後は……。

「『動きが大道芸人みたい』って言ってたけど、バスケってジャグリングとかするの? ゴール決まったらサッカーみたいにアピールするの? 踊ったり?」

 やはり彼女が言っているのは、"彼"のようだ。黒子は○○の台詞に思わず笑った。時として無知は最大の"笑い"となる。


 ―――――――――


 そのアジア人のプレイスタイルはまるで"大道芸人"のようだった。ボールを消したと思ったら、既にネットを揺らしている。ボールを天井に向かって放り投げると、ソレは綺麗な放物線を画きポストプレイヤーの頭上へと舞い込んだ。彼は、全てのモーションに型が無い。

 予測不能のアンストッパブルスコアラー。

 彼の動きは創造性が高く、ゼロからイチを作り出すイマジネーションの固まりだった。"ソレ"こそが、観客を次々と魅了していく青峰の真骨頂だ。

 五感全てを競技に向けた青峰は、考えるより先に身体が動く。

 テーピングで固定された右足首は、動く度に痺れる痛みが背中まで走った。何度転びそうになったかは分からない。だって、コート内を把握する以外に何も考えていないから……。

 しかし体力の限界が訪れた瞬間、彼はドリブル途中にも関わらず足が縺れ前に倒れた。

 瞬間目に入った味方にパスを投げると、彼は標してやったパスコースに入ってくれ、レイアップでシュートを決めていた。

 固い床に倒れ込み限界を超えた青峰は、もう息さえ満足に続かない。さっきから流れる激しい汗に身体が脱水症状を訴え出し、目の前が白く霞む。情報が目から入って来ないのだ。入ったとしても脳が読み込まず、どれが敵でどれが味方だかも不明だ。

 そんな味方の様子に、ノッポの白人がタイムを取ってくれた。倒れたままの青峰へ駆け寄り、その身体を肩に担ぐ。

「Take it easy.」

 男は心配からそう声を掛けるが、アジア人の彼はただゼエゼエと苦しそうに息をし、左足だけで歩くのだった。

 火神は先程から日本に向けて電話を掛け続けている。出ない相手にイライラしつつ、五回目のコールでやっと繋がった。そして観客席から階段を降り、場所を移動しながら向こうの声を聞いた。

『……何? 誰? こんな時間に』

「カントク!! 今すぐテレビ電話!! 切り替えてくれ!!」

『え? 火神君!? やだ、どうしたの!?』

 リコはそんな風に驚いた声を出したのだが、一秒でも早く見て欲しいモノがある火神は、電話口に向かって怒鳴る。

「早くカメラに切り替えろっつてんだよ!!」

『コレ付いてないわよ! 待って、ねぇ! 順平? テレビ電話出来る? …………あるって、アッチの携た……』

 火神は会話も途中に電話を切り、直ぐ様日向順平に電話を掛け始める。通路をズカズカ歩き、アリーナへと早歩きで向かいながら。

『火神ィ……お前、何がしてぇんだよ? こんな夜中に』

「青峰を診て欲しい。アイツの身体が、あとどれだけ持つか……頼ンます!!」

 受話器を付けたまま火神は頭を下げた。今の自分が酷く横暴なのは分かっている。こんなの、お願いする態度じゃない。自身がカントクだったらキレてソッポを向くだろう。でも日向とリコは、火神のただならぬ雰囲気に協力をしてくれると言った。そして、直ぐにテレビ電話へと切り替えてくれるのだ。

 電話を握り締めアリーナへ入った火神は、パイプ椅子に腰掛け酸素ボンベを吸引している青峰を見た。その吸引部が、息を吐く度に白く曇る。ノッポの白人が彼から吹き出す汗を優しくタオルで拭いていた。目が虚ろで、必死に呼吸だけを整えようとしていた青峰の姿に、火神は再度絶句する。ライバルのそんな姿を見たのは、初めてだった。

 ――それは最早抜け殻に近い。恐らく、青峰の瞳は何も映してはいないだろう。

「カントク……診てやってくれ」

 カメラを立ち上げ青峰を横から撮した瞬間、リコは向こう側で叫んだ。

「何してるの!! 今すぐ止めさせなさい!!! もう駄目よ!!! 身体だって動かないでしょこんなんじゃ!!」

 火神は何も言えない。どれが正しい判断なのか……自信が無い。結局どれも駄目な方向に向かう気がする。男はスマホを強く握るのだが、ボロボロになった青峰を撮す手が震えた。

「時間ですよ? コートに立って下さい」

 通訳の男性がパイプ椅子から動かない選手等に声を掛けた。だが、青峰にその言葉は届いていない。ノッポの白人は、延長を訴える事も出来ずアジア人の身体を揺らす。ボンベから口を離した彼は、手からソレを滑らせ落としてしまった。ガツンと云う音がアリーナに響き、役割を終えたボンベは床に寝そべる。コートから四人のプレイヤーが、パイプ椅子に座る人物を何も言わずに眺めていた。

 ――すると、背の低いチームメイトは立ち上がれない"彼"の姿を見て《クソッ!!》と悔しさを口にした後、審査員に向かって《腹痛でトイレに行きたいから時間をくれ!!》と懇願し出した。腹部をわざとらしく押さえ、痛そうに呻く。それを見たノッポな白人も、自分は吐き気がするから医務室に行きたいと訴え出した。

 火神は、その姿をただぼんやりと眺めた。その行動に対して、理解が出来なかった。

 ――何を言っているんだ? コイツらは……。

 更に、次々と相手チームの選手達が身体の不調を訴え出す。中にはわざと血を流し、治療を願う選手まで出た。審査員達は唸り、話し合いの末"三十分のタイム"をくれた。

 最初に不調を訴え出したチビの白人が、腹を押さえながらにしっかりした足取りでコチラへ向かって来る。そして彼は、青峰の代わりに言葉が通じそうな火神にこう言い放った。

《時間作ってやったから、早くその馬鹿な男をコートに立たせろ》

 偉そうな台詞の後にフンと鼻を鳴らした白人は、トイレへと向かう。すれ違い様に、こう残しながら……。

《こんなのをラッキーだと思ってたら、勝利の女神に嫌われるからだ》

 他の選手も、アリーナから姿を消す。中には青峰の肩を撫でて励ます奴も居た。全員が全員、彼を再びコートに立たせる為に嘘の申告をした。それがどんな評価に結び付くのか理解して……。

 火神はこの奇跡を信じられずにいた。

 でもきっと、彼等も魅了されたのだ……。こんな僅かな時間で、この海の向こうから遥々やって来た一人の"催眠術師"によって。火神が青峰をこの場所に招いたように、彼等も青峰を華々しいステージへ進ませようとしていた。

『誰が進むべきかは、判っている』

 この会場の選手全員が、きっとそう思っているのだろう。


『――目ェ、覚ませよ? 起きてんだろ?』


 青峰は、内側からの声を聞いた。黒いモノを抱えた自分が『暴れ足りねぇんだけど?』と憎々しく笑う。


 馬鹿、もう動けねぇよ……。

『だったら、諦めて日本に帰るか?』

『そりゃ良い。凡人以下になって、三年間はテキトウに家庭作って借金まみれになろうぜ?』

 ……幸せそうだな?

『幸せだろうな? タイムリミットはあるけど、平凡も悪くねぇ』

 …………嫌だ。

『何でだよ?』

 そんな"平凡"、オレは望んじゃいねぇ。

『なら、立てよ。立たなきゃお前の未来は"只の凡人"並だ』



「――……いだ」

 視界に泣きそうな火神を映した青峰は、彼に質問した。渇いた唇からは、掠れた声しか出せない。

「……青峰、お前」

「あと……何分だ……? テスト終わるまで」

『出来る訳無いでしょ……? こんな身体で』

「できるかできねぇか聞いてんじゃねぇ!! あとどんだけ跳びゃ良いんだ!!! なぁ!!!」

 意識を取り戻した青峰は、電話から聞こえた台詞にそう怒鳴った。彼はもう頭も呂律さえ上手く回っていなかったが、必死に伝わるように日本語を紡ぐ。

『駄目よ。これ以上は……足だって……折れるわよ』

「……あぁ。でも、あと三回は跳べるよな?」

 青峰の台詞に、火神は驚愕の表情で彼の顔を見た。

「馬鹿言うんじゃねぇ!! もう結果は出たようなモンだろ!? 合格すんだよ!! お前は!!」

 そんなの、火神は知らない。でもそうでも嘘を付かないと青峰大輝は諦めない。時として、諦めさせるのも肝心だ。あと数分だ……。無茶なプレイさえさせなければ、彼はまた別な機会に栄光を掴めるかもしれない。

「確信も無いのにテキトウな事言うんじゃねぇよ!!!」

 青峰にも状況が理解が出来ていた。火神の言ったソレは、確定事項じゃない。

 だけど今全力を出せば、もしかしたらあと数分で状況がひっくり返されるかもしれない。そんなの、この競技で何度も経験して来たのだから。

「オレはもっと上のステージに行きてぇんだよ!! こんなんで!!」

 青峰は右足で思い切り地面を踏んだ。ダンッと云う音に続き、焼ける痛みが患部から全身を襲う。でも青峰は顔を歪ませる事無く、真剣な表情で火神大我を見る。

「満足してたら喰われんぞ!! 火神!!!」

 火神はもう青峰大輝を見れなかった。その姿は痛々しくて、とてもじゃないけど視界に入れるのは酷く心苦しい。

 それだけじゃない……。そんなのよりも、ずっとずっと、悔しかった。今までこうやって何度も繰り返すように周りを凌ぐ実力を見せられ、その度に自分は置いていかれる気がした。顔をグシャグシャにして追い付こうと足掻いても、ライバルはまた遠くへ行ってしまう。悔しい、悲しい、嫉妬で胸が苦しい。――でも、絶対に青峰へ追い付きたい。

 青峰大輝は愛しているのだ。バスケットボールと云う競技を、心から。それも彼の"強さ"だ。青峰が火神の"純粋に競技を楽しめる事"を羨んだように、火神も青峰の"他の何よりも競技を愛せる姿勢"を羨む。それは自身の事なんかよりも、ずっと強い想いなのだ……。

 リコは電話の向こうで泣いていた。傍に居る男性の胸で、抑えられない涙を彼の服で拭う。通話口から漏れる泣き声が二人の耳に届いた。

 再開五分前だと審判が揃い始めたメンバーへ教える。選考員もバインダーを胸に掲げ先程から何かをずっと話し込んでいるようだ。

《……飲んだ方が良い。脱水症状起こしてる》

 パイプ椅子の後ろから声を掛けられた青峰がそちらを見ると、一番最初に戦ったチームのメンバーがペットボトルのスポーツドリンクを差し出していた。ポカンとしているアジア人に笑顔でソレを押し付けた選手は、右手でペットボトルを飲むジェスチャーを取る。察した火神がキャップを開けてやると、青峰は酷く喉が渇いている事に気付いたようだ。一気に半分を飲み、大きく溜め息を吐く。

 いつの間にか戻って来た青峰と同じ色のユニフォームを着た二人が英語で何かを語り掛けて来る。言語が理解出来ない青峰が火神を見れば、彼は肩を竦めこう通訳した。

「……一人で立てないなら、立たせてやるってよ? だからまたパス回せって」

 内容を鼻で笑った青峰は、ググッと両膝に力を入れた。

「馬鹿言えよ? オレは、天才だ。……余裕過ぎる」

 そう言って青峰はパイプ椅子から立ち上がり、コートに向かって歩き出す。……しかし途中ずっこけた彼を、笑いながら二名の選手が両隣から支え、青峰は再びコートへと立った。


 ―――――――――


「覚えてますか? コレ、キミがくれた」

 黒子はポケットから『合格祈願』と書かれたピンクの御守りを出した。少し汚れてはいるが、今日まで大切にしてきた貰い物だ。

 あれはセンター試験を控えた一週間前の事だった。冬の大会も終わり、結果は、満足いくものか? と聞かれたら「さぁ……?」としか答える事しか出来なかった。それでも、彼等は全力で戦ったのだ。だから悔いはない。そんな時期の、小さな出来事。


 ………………………


「バスケって五人でやるんだよね?」

 その日は雪が降っていたのを覚えている。教室から見える外は空が白く、木々の葉は枯れ、裸の幹が冬独特の寂しさを引き立てていた。そんな日に、一緒に勉学の追い込みを掛けていた彼女が自分にそう声を掛けた。

「……そう、ですね。レギュラーは五人でひとつのチームになります」

「じゃあ、私と黒子君はチームメイトね?」

 彼女はカーディガンから伸びた五本の指で自分達を指し、そんな事を言い出した。

「後は、この参考書も仲間だよ?」

 黒子はそのジョークにクスリと笑うと、自分の使っていた参考書を手に取り「これもです、○○さん」と冗談に乗っかった。これで四人だ。

「……あとひとつは、コレ。黒子君にあげるね? 五人揃ったよ。もう寂しくないでしょ?」

 そう言って○○は黒子の手に何かを握らせる。自分の手を包む柔らかく白い指先に、黒子はドキリとした。彼女は、自分に『合格祈願』と書かれたピンク色の御守りを差し出したのだ。

「……コレ、キミのじゃないですか? 筆箱に入ってる」

「御守りってね、他人から貰う方が効果あるんだよ?」

 そう言って○○は横髪を耳に掛けると、チームメイトの参考書に視線を落とし勉強を再開する。黒子は思わず彼女に見とれ、お礼さえも忘れていた。

 それは、窓の外に雪が舞う寒い日の放課後。数年じゃ忘れもしない。青春の一頁の出来事。その日、黒子は明確に彼女への愛情を胸に抱いた。


 ………………………


「キミも、ボクの光だった」

 黒子は、ポケットからもうひとつ御守りを取り出す。ソレは新品で、白い紙袋に入っていた。赤い字で神社の名前が書かれてある袋を真っ直ぐに彼女へ差し出す。

「御守りは、人から貰った方が効果ありますよ?」

 そう言いながら。

 袋の名前は恋愛成就で有名な神社の名前が書かれてある。中を覗くと、可愛く小さな鈴状の御守りが入っていた。それは青く、綺麗な音色を奏でた。

「青峰君は、必ず戻って来ます。……彼はああ見えて一途な人ですから。好きなアイドルは昔から変わりません」

 手のひらで御守りを包んだ○○は、励ましてくれた黒子を見る。少女は瞳が潤み、目頭が熱くなるのを感じた。

「不安なら、またチーム作りましょう。今度は更に頼もしい仲間が居る。まずは、キミにボク……」

 右手のひらを正面に向けた黒子は、メンバーを紹介する度に指を折る。

「それと、火神君だ……。あと黄瀬君も仲間なんですよ? 彼は、キミと青峰君を正しい方向に導いている」

 悔しい事に黄瀬は全て計算して動いていたようだ。自分達を試し、出した結果を予め判っていたかのように次に繋げる。彼はそれが楽しいのだろう。掌で相手を自在に転がす『未来予測ゲーム』に興じていたのだ。さて、これで四人が揃った。

「最後は、その御守りがキミを助けてくれる。最強メンバーです」

 黒子は人差し指で彼女が握った青い御守りを指差す。自分の失恋を抱え、フラれた相手の為に『恋愛成就』の"ソレ"を買いに行くのは少しだけ悲しかった。

「……ありがとう」

「キミに泣き顔は似合わない。……って、青峰君も言ってましたよ? 出国の前に」

 黒子は愛しかった女性の頭を優しく撫でた。通路を歩く周りから見たら、彼女を慰めるバカップルにも見えるだろうか? でも、それで良い。他人から今の自分達が"恋人同士"に見える……。最後にそれだけで、自分は満足しよう。

 古くからの友人を信じるのは黒子も一緒だ。"彼"はアメリカで最高の結果を出し、最高の笑顔で目の前で泣く彼女を迎えに来るに違いない。


 ………………………


 九月中旬。アメリカ。

 赤毛が目立つ彼はその日、朝からスマホを持ちソワソワしていた。だって、今日は先日行われた選考テストの結果が通知されるからだ。

 じっとしていられなかった火神は、意味も無いのに川沿いをブラブラ歩く。古い煉瓦を積んだ橋はノスタルジックで、カラッとした天気の良さも合わさりまるでクラシックの世界だ。

 青峰が全治一ヶ月と云う、思ったよりも軽傷な事に安堵してから十日が経った。今日は結果をアレックスから聞き、その足で病院へ行き二人で祝う予定だ。勿論、NBAへ動き出す"最初の一歩"を祝っての祝杯だ。

 正直、青峰なら受かると思っている。そりゃああんなに会場をひとつに纏めたんだ。彼には言葉もコミュニケーションも必要無かった。プレイだけで周りを魅了し、味方に付けた。

 火神は嫉妬する余地も残っていない事に大きく溜め息を付き、頭を掻く。美容院に行く暇もなく四ヶ月を過ごせば髪だって伸びた。火神はそうして次のヘアスタイルに悩んだ。

 そんな事に意識を捉えていれば、ジーンズのポケットに入れていたスマホが自分を呼び出した。火神は慌てて着信に応答する。

「よぉ、どうだ? アッチの様子は?」

 予想通りの待ちに待った相手からの電話。挨拶もソコソコにアレックスへ結果を報告しろと急かすと、彼女はひとつ溜め息を付き口調を重々しくした。彼女の口が、短的に結果を紡ぐ。

「――……は? 選考に……漏れた?」

 目を大きく見開いた火神は、その結果を理解するのに時間が掛かった。しかし、その後に続いた彼女の言葉へ更に驚愕した彼は、息をするのも忘れてその場に立ち竦む。川に乱反射した太陽の光がチカチカと視界の端に眩く入り込んだ。

 少し冷たくなった風が火神の伸びた髪を撫でると、彼は病院に向かって全速力で走り出した。