「守りたいものを作りなさい」

「……はぁ?」

「"恋人"とか、そういう類いよ」

 相変わらずに愛想も無い年増のスポーツドクターが、いきなり可愛いげのある事を言い出す。青峰が小さく溜め息を付いて「色ボケすんなら十年遅ェんだよ、ババア」と呟くと、リハビリの一環で組み込まれていた有酸素運動の時間が大幅に増えた。……明日からは通常メニューに加え、二時間もエアロバイクを漕ぐ羽目になったのだ。

 『口は災いの元』。本日の教訓である。

「アンタ弱いんだから、守るべきモノでも作って強くなりなさい?」

「……弱くねぇよ、強過ぎんだよ」

「メンタルの話よ」

 スポーツドクターの女性は、青峰のメンタルの弱さを指摘した。彼女なりに、膝を壊したあの日からボールにすら触らず毎日身体を鍛えてばかりいる彼を心配していた。普通の選手なら『具体的にはいつから復帰出来ますか?』と真剣な顔をして聞いてくるモノだが、目の前の患者はソレすら聞いてこない。青峰大輝がこの競技に関して一体何を考えているのか、読めない。楽しいだけで挑む時期は、とうの昔に過ぎていた。

「……あと、頭も弱いわね」

 女医は自身のこめかみを指差しフフフ……と笑った。青峰はこの医師が微笑んだのを初めて見る。仰天した後に、ほんの少し輝いていて"綺麗"だと思った。

「アンタみたいな糞ガキは守らなきゃいけないモノがあれば、嫌でも強くなるのよ」

「……そういうの、面倒くせぇんだよ」

 まだ若い青峰は、自分を守るので精一杯だ。なのに、更に他者の責任まで押し付けられるのを心から嫌がった。それこそが弱さの本質なのに、彼は惨めに目を逸らしてしまう。


 ……………………


 ――避妊せず欲を胎内に出すのは、満足感で満たされた。本能的に在るべき場所に届けられた精液は、やがて彼女の胎内で活動を停止するだろう。本当は……海外にさえ行かなければ、○○との間に子供が出来たとしても構わないとも思っていた。

 射精感を告げた時に、『……怖い』と呟き、背中に回った彼女の両手に力が入ったのを思い出す。それなのに青峰は口付けで不安を逸らしてやる事しか出来なかった。行為を終え、男性器を抜いた瞬間に向こうから溢れてきた自分の体液が、酷く非現実なモノに見えた。例えるならそう、バーチャル的なソレに似ていた。

 自宅に帰った青峰は、サイドテーブルに置いていた卓上型カレンダーを一枚捲ると、油性ペンで五月八日に丸を付ける。雑で大きく分かりやすく印したその日まで、あと二週間。早過ぎる時間の流れに溜め息を溢すと、玄関に誰かが到着したとベルが知らせてくれた。

 彼女がこのサインに気付いたら……その時は別れを告げよう。青峰は、カレンダーを手にしたまま腰を上げ、来客を迎える準備をした。

 日付を戻すと彼女がコレを手に取るよう、わざとその横に四枚の新幹線のグリーン券を投げる。出発は来月五日、帰宅は六日だった。

「――早かったな。オレも今着いたトコだ」

 いつもの笑顔でドアを開けてやると、嬉しそうな○○が立っていた。

「席、取れたんだ」

 テーブルに乗った指定券を見付けた彼女は一枚を手に取る。

「いくらだった?」

「キス五百回分」

 青峰は馬鹿みたいな冗談を告げるのだが、○○は財布から二万円を出しテーブルに載せた。つい最近、微々たる給料が入ったらしい。

「……旅行まであとどの位?」

 ○○がカレンダーに手を伸ばす。暦の左側には振込指定をしていた銀行のキャラクターが花見をしていた。隣に座る青峰が厳しい顔をしていたが、浮かれた彼女はそれにさえ気付かない。四月のボール紙を掴み、捲る――……その直前に大きな黒い手のひらが彼女の手を包み、ギュッと握った。

「……あと十五日だ」

 指摘されたばかりの弱さを露見した青峰は、口元だけを笑わせて彼女を見る。そっか、と呟いた○○は、捲りそうになったカレンダーから手を離した。

「あっと言う間だよね。二週間なんて」

 青峰は、幸せそうにはにかんだ相手を後ろから抱き締めると、そのまま持ち上げベッドに運んだ。二人で寝そべったシーツは相変わらずシワだらけで、端が大きく捲れているのだった。

 ○○は、こうやって彼と横になるのが好きだった。並んで立つと身長差で相手の胸元しか見えない。横目で彼を見ても、視界に首から上が入らないのは不安を生み出す。でも、こうやって寝そべれば同じ目線になれた。今は目の前にある眉間に深く刻まれた皺が、他の誰よりも頼もしく思える。

「……アレ着て舐めてくれよ」

 青峰が指差した先にはアパレルブランドのショッパー。その中にはバイト先の制服が入っている。マニア受けするのに個人で管理しなくてはいけない。バーコード登録の上に、最終給料は制服返却後に渡されると言うシステムだ。

「やだよ……! 今日だって汗かいたもん!」

「そこにある二万やるよ」

「それ私の出したお金じゃん!」

 両頬を膨らませて抗議する彼女の顔を挟み、口から空気を抜いてやる。

「お前可愛いな」

 わざとらしくそう言えば、○○は恥ずかしそうに胸元を叩いた後にショッパーを抱えトイレへと向かった。素直な女は大好きだ。ドレスアップ中の彼女を待つ間、青峰はよれたシーツをそれなりに直しておいた。

 さっきまで着ていた制服を再度身に付けた彼女は、ベッドで待つ青峰が既に裸でいる事に笑う。こんなにも堂々とその裸体を魅せられるようになるには、一体どれだけの努力が必要なのだろうか。

「メシ食って運動してりゃこん位になるだろ」

 ……その体型も、才能のひとつだった。○○は、肩をすかして答えた彼の膝の上に向かい合って乗る。ブラウスの上から、ゆっくりと掴んだ乳房を捏ねだした青峰は、今回もキスをねだってきた。

 衣服とブラ越しなのに、胸の頂点を爪で引っ掻かれると痺れる快感に○○の腰が動いた。ヘソ下がジンジンと熱くなり、自分でも下着の湿り気が判る。

青峰は、小さく溜め息を付いた○○の口に舌を入れて生温かさの大元を探った。口内を滅茶苦茶に犯しているのに、彼の手は休む事を知らない。男は右手で彼女のブラウスのボタンを外し、ブラと素肌の隙間に手を入れる。熱の篭ったその下着の中で、人差し指を器用に弾き○○の小さく綺麗な性感帯を蹂躙するのだ。

「仕事の格好で犯すのって燃えるな」

 青峰は、ベッドに押し倒した○○の口元に、自身の勃ち上がって固さを増した性器を押し付けた。そして彼女の唇の柔らかさを堪能する。少女は難しい顔をしながら口を少し開き、彼氏の大きく太い肉棒を喰わえ込んでいく。

「……あぁコイツ、普段は真面目な顔して頑張ってんのにって……、そう……思うよな」

 男は変態めいた発言だと自覚はするのだが、こうやって彼女の日常に"自分"を刷り込もうとする。――そうすれば、きっと離れても○○は自分を忘れない。ふとした瞬間に思い出して、青峰大輝と云う存在に胸を焦がして欲しい……。欲を言えば彼女の生活圏内にも自分との痕跡を残したかった。理想は○○の部屋だが、通学に毎日通る公園でも構わない。自分を忘れなければそれで良い。

 ……正直、こんな馬鹿げた考えを持ったのは初めてだ。

 どうせ他に男が出来たらソチラに溺れ、簡単に自分を忘れるに違いないのに。……自分の存在を、他の男で"上書き保存"をされるのが最高に厭だった。

 あぁ、いつからオレはこんなに嫉妬深くなったのだろう。

 メイドのような服装で、青峰が感じる部分を舌先で奉仕する彼女は、見事に"自分向け"に育ってくれた。亀頭を過ぎ、少し窪んだ場所に舌が添うと、その下の竿が固さを増した気がする。

「吸ってみてくれよ……強く」

 彼女の顔上を跨ぐ青峰は、慣れないフェラチオに眉をしかめて苦戦する○○の髪を撫でる。ギュウと口内に密着感が生まれ、思わず腰が引けた。


 ………………………


 彼女の口から男性器を外すと、青峰はフワフワした黒い膝丈スカートを捲る。ドロワーズにしては雑なイミテーションだが、裾に白いレースがあしらわれ、黒の重たさを少しだけ柔らかくする。太ももまで露にした○○の脚の間に自分の大きな上半身を入れ、少女を大股開きにした。

「――っ……青、峰く……ッ!!」

 クンニは苦手……と言うか、出来ればやりたくは無かったが、別にこの女にするのは気が引けない。下着を脱がす事無く横にずらし、濡れて光る一本筋を下からベロリと舐め上げた。

「やだ……っ! そんなトコ……や……汚いよ!」

 ○○はスカートを引っ張り必死に抵抗するが、股間に潜り込まれたらどうしようもない。

「あぁ、ちょっとメス臭ェかもな」

 鼻で笑った青峰は、そんな意地悪を言う。『キレイだ』と言ってくれた火神とはまるで逆の対応だ。それでも彼の責めは終わらない。青峰の舌が割れ目のラインをなぞると、そのナメクジのように軟体な動きに○○の背がゾクゾクする。

「……んっ、ぅ……ぅん……っ」

 少女は口を閉じ声を我慢するが、彼の舌が性器の周りをじっとりと這い出すと、焦れったさに鼻から甘い声が漏れた。舌先を固くした青峰は、彼女の性器片をなぞり、抉じ開けるように膣の中に入れる。ヌルヌルした愛液が口回りに付着した。もっと激しく舌を動かしたくて必死に喰らい付けば、鼻の先に固い芯が当たる。恐らく彼女の敏感な部分だろう。わざとソレに擦れるよう顔を動かすと、少女の口を開き喘ぎを発した。

「ふ………あぁ! やっ、だめ……ソコ……!」

「ソコってドコだよ?」

 青峰は目線を上半身に向け、下着を足の間から外してやる。そしてすっかり濡れた布を床に落とした。ぱっくり割れたソコから溢れた愛液と、青峰の唾液が行為の潤滑油となる。

「この下って、いつもは何も履かねぇの? パンツ丸出し?」

「………っ、履くよ! ハーフパンツみたいなの……あの袋に入ってる」

「何で今は履かねぇの?」

 ○○の太ももが小さく痙攣した。チャンスの如く、男は少女を言葉で蹂躙する。

「早く入れて欲しいだからだろ? 淫乱」

 青峰は、黙り込む相手を言葉で責め続ける。

「お仕置きされるの好きだもんな。本ッ当ドMだよな……」

 S気味な青峰は、舌の先で彼女のすっかり固くなったクリトリスを弾き出す。そうして被った皮を剥くように力を入れ、下から掬うように何往復も責めた。熱く感じる程の愛撫に、シーツを掴み堪える○○の口からは、やがて言葉にもならない大きな喘ぎが発せられていた。


 ―――――――――


『――眠り姫は夢を見ていたのか?』

 青峰はそう同級生に聞いた事がある。あれは確か中学の英語の授業だ。その一環で『眠れる森の美女』を観せられた。青峰の見た目と反する質問に、同級生かは大笑いをした。だが、彼からしたらソレは純粋な疑問だ。

 だって、もしお姫様が家族や友人、理想の恋人に囲まれて毎日を過ごせる長い長い"幸せな夢"を見ているのなら、王子様に起こされた世界を見て絶望するのでは無いか?

 百年後と云う世界に自分だけを取り残された眠り姫は、何を思うのだろう? 肉親や友人は死に、現実世界はきっと様変わりしているのに。果たして"運命の相手"とは、それさえも凌駕する程の強大なモノなのか……?

 『何時までも過去の栄光にすがるな』

 そう野次を飛ばされた彼も、恐らくは変化した世界に取り残された内の一人だ。

 ――オレが王子様だったら、きっと起こした事を後悔する。

 絶望に引き摺り込むかもしれないキスを愛の口付けと呼ぶのなら、なんて甘いエゴイズムにまみれた話だろう。

 青峰は、自分の下で目を閉じ喘ぐ○○の、額に浮かぶ汗を拭った。眠れる彼女が幸せなら、無理に起こす事はない。

 例えそれが儚い夢だったとしても、絶望を身に纏い泣き伏せるよりはマシに決まっている。

「……好きだ」

 珍しくそういう感情を直球に告げた青峰を、○○は両手で包んで気持ちに答えた。


 ………………………


「……何してるんですか? こんな時間に」

 社会人バスケの夜間練習から帰宅した黒子は、自宅前に背も身体も大きな人物が立っているのに気付くと足を止めた。

「……お前、メールしても返してくれねぇんだもん」

 腕を組み塀に寄り掛かっていた火神が、体勢も崩さずに返事をした。

「……家族が見たら飛び上がりますよ」

 黒子は文句を言い、祖母が火神を見たら『外人さんが来た』と騒ぐんじゃないか不安になる。現在時刻は夜の十時を軽く超えていた。

「ウチで映画でも観ようぜ?」

 火神はラフに相手を誘う。それが"友情での誘い"なら黒子も喜んで行くだろう。でも、きっとそうじゃない。

 ……信じられない世界に片足を突っ込んだ火神は、両側から引っ張られたとしても、きっと揺らぐ事なくその間で仁王立ちをしているのだろう。『どっちでも良い』とは、そういう事だ。

「次は無いって言いましたよね?」

「相変わらず頑固だよな。黒子お前って」

「……信用出来ないんです」

「変なコトするから?」

 微妙に肩が震えた黒子は、火神の言葉に僅かな恐怖を感じた。それは昨日まで仲良く出来たライオンが、突如自分に牙を剥くのと同じ感覚だ。

「『しない』とは言わないんですね」

「嘘付いてどうすんだよ」

 その返答に、黒子は怖い程に無表情だった顔を綻ばせ笑った。

「正直な人だ」

「変なコトしないからドライブしようぜ? 青峰も誘ってあるからよォ」

 火神が親指で少し離れた場所に停めてあるワゴン車を指せば、車内には駐禁防止に肌の黒い厳つい顔をした男が乗っていた。


 ―――――――――


 後部座席を占領していたサーフボードは既に売られていた。

「持っていくより買った方が安いからな」

 そう火神は教えてくれる。やがてこの車もオークション代行を頼むと言う。黒子ひとりが後部に乗ろうとすれば、青峰が助手席から降りた。

「派手に十円キズ付けてやろうぜ?」

 ポケットから十円玉を取り出したその青峰のお茶目を超えた意地悪に、火神は本気で怒り出した。つまらなそうな顔をした青峰は、後部座席に居る黒子テツヤの隣に乗り込み、声を掛ける。。

「……久し振りか? テツ」

 黒子は、その中学から成長を見てきた強面寄りの顔がもう見れなくなると思うと、彼女を奪われた憎さよりも寂しさが積もるのを感じた。

「……黙ってるつもりは無かった。許してくれ」

 ストレートに話題を出された黒子は、仕方無いと溜め息を付く。火神もそうなのだが、この二人は"結果"をすぐに求めたがる。でもそんな曲がりっ気無しな所があるから、彼等と気持ちよく友情を続けられるのだろう。

「好きなんですか? 彼女の事」

「……あぁ」

 少し悩んだ表情を見せた青峰は、簡潔に答える。その返事だけで黒子は十分だ。もしココで前回のように答えを濁されたら、その時は彼を車内から叩き出すつもりだった。

「言ったんですか? ちゃんと、アメリカに行くって」

「冗談か何かだと思われてるけどな」

 不器用な彼は何か伝え方を誤ったのだろう。未だに○○は来たるべき別れを本気にしていない。黒子は、ソレ以上何も聞けなかったし、聞きたくなかった。青峰も、恐らく何も聞かれたくないのだろう……黙ったまま足を広げ座っている。

 火神は重くなった後部座席を少しでも明るくしようと、カーステレオを付けた。ブラック系の洋楽がバスを響かせながら車内に流れる。

「うるせぇ馬鹿」

 青峰から文句を言われた持ち主は、口を尖らせボリュームを絞る。そして運転席の火神は、二人にある提案をするのだった。

「このまま海にでも行くか?」

「……また海ですか? 野良犬にじゃれつかれますよ?」

「じゃあ犬が居ないトコ行く」

 黒子は穏やかな顔で、火神は声を上げゲラゲラと笑い出した。青峰は二人の会話にキョトンとしながらも、たった今思い付いたプランにニヤリと笑う。

「馬ァ鹿。春って言ったら花見だろ! 酒飲もうぜ!」

 前座席に身を乗り出した青峰が、そう提案をする。寒さが厳しかった今年は、きっとまだ桜が咲いているだろう。

「今夜は車内泊でも良いか?」

 自分も飲みたい火神が今晩の宿を決める。青峰は顔をしかめるが、黒子は縦に頷いた。

「黄瀬も居たら楽しいんだけどよォ」

「……やめろよ。アイツ話題にすっとマジで連絡くんだよ」

 青峰が嫌そうな声で黄瀬の悪口を言った瞬間、彼のジーンズから着信音が響く。

「マジキメェ」

青峰はサブディスプレイに記された名前に陰口を言い、横に居る黒子へ携帯を投げた。

「……もしもし、黄瀬君? 自宅に居ます? 今からお花見行きませんか? はい。四人で、です」

 久々に四人揃うのが嬉しいのか、捲し立て気味な黒子の様子を、青峰は鼻で笑った。

 火神は、返事を待つより先にナビを立ち上げ黄瀬の居るマンションへと進路を変更するのだった。