「良かったら、メール下さい……」

 華奢でモデルのような少女が、黒いタンクトップ姿の青峰へ小さな紙切れを渡す。目鼻立ちはパーフェクトに近く、サラサラの黒髪は彼女の美貌を全面に押し出していた。

 モテるのだろう。男に困らないどころか、男達は彼女を捕まえる為に躍起になる筈だ。

「……で?」

 差し出された紙を受け取る事無い青峰は、たった一言だけ赤の他人に声を掛けた。

「あの、その……」

 予想外な返答をされた美少女はたじろいだ。青峰はニヤニヤしながら、彼女へ更に質問を続ける。美しく整い、不自由の無さそうな顔の前に自身の目線を合わせると、青峰の胸元からはシルバーアクセが離れ、静かに揺れた。

「だから、メールしたら何してくれんの? ヤラせてくれんの? ならまどろっこしい事無しに今すぐヤラせろよ」

 ――男の頬に鋭い痛みが走った。皮膚を叩かれた破裂音が耳に響き、口をへの字に曲げる。そんな青峰を、近くに居た火神がゲラゲラと笑う。

「オレにしとけよ、可愛がってやる」

 女に近付き調子良くそう誘えば、火神も美少女から張り手を喰らった。

「うおっ?」

 無様なリアクションを取った赤髪の男を、今度は日焼けした男が指を差し笑った。

「「あのオンナ、毒持ってんな」」

 同時にそう言いお揃いの紅葉を顔に付けた二人は、その少女の背中を見送った。


 ………………………


「良かったら、連絡下さい……」

 時代は変わった、連絡ツールも変わった。貰った紙には、あだ名みたいなはしゃいだ名前と電話番号、そしてIDが書かれていた。未だにガラパゴス携帯を愛用している青峰が、スーツの内側から水色の薄い折り畳み携帯を取り出せば、相手は「あっ」と云う顔をする。

「……電話でも、良いです」

 相手はそう言うが、青峰はそのまま無言で紙を見続けた。やがて携帯にソレを挟み、内ポケットに入れた。

「一目惚れです。お友達からでも」

 大きな黒目を真っ直ぐ魅せた美少女は、無言を貫く青峰の反応を待った。だが彼は眉ひとつ動かさない。厳ついが、全体的に薄いその顔は"男前"に分類される。更に、体脂肪率が一桁な彼は羨ましい程に筋肉質。身長は高過ぎるが、そのバランスはしっかり八頭身で、ハンディキャップにはならない。

 ――トイレから先の場所に戻った○○は、青峰の前に可愛らしい少女が立っているのを見た瞬間、柱の影に隠れた。

 ……青峰君、ナンパされてる。

 早鐘のように鳴る胸を押さえながらぼんやりと、ただその"始まりの行為"を眺めていた。その女性は自分なんかより身長が高く、モデルのように小顔で手足が細長い。顔立ちも服装も綺麗に派手で、男前な彼の隣に居たらきっと『お似合いだ』と称賛されるだろう。

 だから、青峰が紙を内ポケットにしまったのがショックだった。"浮気現場"を目撃したらこんな感じなのか……。○○は、チリリと頭が焼けた。

 誰かの彼女で居ると云う事は、こういう事なのだ。相手にとって常に一番で居続けなければいけない。悲惨な事に、どれだけ努力をしても判定をするのは常に向こうだ。

 女性なら何千万人と居る。中には彼のタイプへパーフェクトに当てはまる女性も居るだろう。それがあの彼女かもしれない。もしかしたら青峰を振った女性が、また彼に連絡をしてくるかもしれないのだ。

 暫定でしかない一番は移り変わる。自分にすら自信が持てない人間を誰が永久に愛してくれるのだろうか。モヤモヤした燻りが涙を発生させる前に、青峰の前から綺麗な女性は去って行った。

 今ここに……火神が居たら、もしかしたら○○は泣いていたかもしれない。彼は自分の頭を撫で、『辛いならもう、やめろよ……』と慰めてくれそうな気がした。

「――遅かったな、ウンコか?」

 青峰は相変わらずにデリカシーが無い男だ。ベンチに座り直していた男の肩を叩いた○○は、モヤモヤを内に秘める事にした。どうせ彼は自分と別れたらさっきの彼女に連絡をするに違いない。分かっていても、何も出来ない。

 信じるしかない。どんなに凝らしても目には見えない愛情を――。

「お前にお友達を紹介してやる」

 青峰は内ポケットからピンクの紙を取り出すと、○○に差し出した。人差し指と中指に挟んだらソレはさっきの彼女からの――。

「……青峰君にだよ、ソレ」

「そうか? オレの名前がどこにも無ェけど」

 サラリとそう言い放った青峰は、こちらが受け取るまでその手を引く事は無かった。

「……見てただろ、ソコで」

「可愛かったのに」

「覗きが趣味なら、その辺のババア引き連れて愛好会作れよ」

 紙を受け取ると、彼特有の皮肉で責められる。黙って紙を眺めている○○の頭をわざとワシャワシャに乱す青峰は、一応のフォローを入れた。

「……見た目だけで恋すんなら、オレはマイちゃんの写真でも見てりゃ充分だよ」

 彼は黒子の台詞をナチュラルに取り入れた。あの日黒子が言っていた"この台詞"の意味がやっと判った。数多くのオンナと遊び尽くした彼から言わせたら、見た目なんか中身を取り巻く飾りでしか無い。ある一定のラインさえ越えていれば、付き合うのに何の問題も無い。中身さえ、本当に自分を愛してくれたら……。

 桃井の読み通り、青峰は"器"そのものへの興味が薄れていた。このまま彼が幼馴染みの言った通りになり続ければ、やがて何時かは悲惨な別れ方をするだろう。――その事を彼はまだ知らない。気付く事は勿論、無い。

 チラリと彼女の頼りない胸元を見た青峰は、からかった。

「胸は欲しいけどな」

 ボサボサにされた髪を直す事無い彼女は、デリカシー無い台詞に怒り出す。

「努力はしろよ? 手伝ってやるから」

 男は笑いながら少女の胸元を軽く撫でる。鎖骨から胸のラインをなぞり、ストンと真っ直ぐに股座へ落としたその手はスカート越しにデリケートな部分を引っ掻いた。○○は青峰の手首を掴み、ソレ以上深く潜ろうとするのを咎める。

「……こんなトコでは、やめて」

「さっきはあんなにキスしたのにか?」

「捕まるよ!」

 青峰が唇狙ってまたキスしそうな雰囲気を出すと、口を両手で隠された。男は舌打ちして○○から顔を離す。

「……ホテルまで待てねぇんだよ」

 少女の細ましい右手を掴むと、自身の股間へと導く。ソコは、布越しにもカタチが変わっているのが判った。抑え付けられている拘束を押し上げているその性器。頭部に刺さる青峰の視線は、欲情の色を隠さずに彼女を見据える。その色香漂う眼差しと股間の膨らみに、○○の下腹部が激しく彼を欲しがりだす。

「バリアフリーのトイレにさ、誰か居たか?」

「ダメだよ……。そういうので、使っちゃ……」

 青峰は立ち上がると、スーツを押し上げている股間部分を隠す事無く歩き出す。

「オレは一人でトイレも出来ねぇ」

 口を尖らせてこちらを見た男の顔は子供のようだった。溜め息を付くと歩き出した彼に付いて、再度トイレ側へと向かう。勿論、本来とは違った用途の為に……。


 ………………………


 二重に付けられた鍵を閉めた彼は、スーツの上着を脱ぎ、扉のフックに掛ける。深く息を吐きながらネクタイを右手でほどく姿が官能的だった。手の甲に浮く血管は太く、それが○○の胸をときめかせる。その大人の男らしい手で、コートの代わりに着ていた淡い色のカーディガンを脱がせて貰った。

 一本の紐になったネクタイで後ろ手に縛り上げられた○○は、胸を突き出す形になり羞恥する。まさかトイレでセックスする日が来るなんて……。しかも両手首を後ろで拘束されて、だ。エロ漫画でしか見ないシチュエーション。文句も言えないのは、生理の為に二週間近く我慢させていたからだった。

「ここまで来て抵抗されたら面倒だからな」

 彼女を立たせたままに、青峰は便座近くにあった簡易的な木製ベンチへ腰掛けた。自分でパンツスーツのベルトを外す。

「コレでも縛ってやろうか?」

 悪戯な表情をした青峰は、ファスナーを下ろして窮屈に耐えていた男性器を取り出す。赤黒く伸びたソレは、今日も少女を喘がせるのだろう。

「座れよ」

 反り勃った性器を指差し、ワイシャツ姿の彼は命令する。背く事無くその命令を聞いた○○は、相手の腕に導かれるまま向かい合って膝に乗った。下着越しに互いの性器が擦れる。

 ぐいっと頭を引き寄せられると深いキスが始まった。舌が入り込み、更に深く入ろうとする。何度も顔の角度を変えては動く相手の厚い舌。それを邪魔しないよう、○○は控えめに自身の舌を絡めた。相手の舌が跳ねる度に水音が漏れていく。

 青峰の右手が背中のホックを外す。両手を衣服の中へと忍ばせ、十本の指が彼女の柔肌を上へ上へと滑り出した。焦らしも何もない乳房への激しい愛撫が始まり、少女の背中が反る。小さい胸はすぐに反応を示し、中心が固くなった。

 上半身を纏っていた衣服達は、色黒い片手で持ち上げられる。

「噛んでろよ」

 そう指示され、着ていた服の裾を口に含む。胸からヘソ下までが丸裸になり、青峰の視線の先に晒された。

「綺麗だ……」

 青峰は、皮膚に一切の荒れが無い彼女の乳首へ賞賛の言葉を、賞品として頬へキスを贈る。唇を離し、ほんの一瞬だけ飢えた瞳を彼女に向けると、胸へとしゃぶり付いた。男は揉むにも足りない乳房を出来るだけ強く、指が食い込む程に揉みしだいてくる。その痛みも彼に求められている実感となり、今は気持ちが良い。

 ヌルリとした舌が敏感な場所を擽り、そして捏ねる。空いている側の乳首を捻られた瞬間、口から声が漏れそうになった少女は強く衣服を噛んだ。

 ――突如、個室の扉をノックされる。身体が跳ねた○○は青峰に支えられ、そのまま胸元へともたれた。息を押し殺していると、外で会話が始まる。

「……入ってるよ、誰か。鍵掛かってるもん」

「えぇー? まぁ、いっか」

 そう扉の向こうから少年らしい高い声が聞こえた。次第に遠ざかっていく二つの足音に胸を撫で下ろした青峰は、額に皺を寄せ呟く。

「……声出したらバレんな」

「ちゃんとしたトコ行こうよ……」

 後ろで縛られ、一人じゃ立ち上がる事も出来ない○○は、青峰の速くなっている鼓動を聞きながら場所の移動を提案する。

「だから我慢出来ねぇんだって」

 ちょっとしたアクシデントにも怯まない彼の性器は、尚も固いまま上を向いていた。

「ほら、動けるようにしてやるから抵抗すんなよ?」

 ネクタイをほどいて相手の両腕を自由にしてやると、その手はすぐに自分の首元に巻き付いてくる。彼はその素直さの御褒美に、首筋へキスを落とす。彼女の髪からはシャンプーの甘い匂いがした。

 下着をずらされ、指先で濡れているのを確認された。意地悪な笑みを貼り付けた彼は、わざとらしく顔を覗いてくる。○○が頬を膨らませながら跨いで、挿入しようとすると、濡れそぼっているのに彼女の入口は彼のソレを拒む。

「またキツくなってんじゃねぇか」

 文句を言われ尻を叩かれた。

「早く慣れろよ」

 そう言われても、どうにも出来ない彼女は裂くような痛みに耐えた。入り口を過ぎれば、痛みは柔らいでくれる。しかし、彼の常人より一回りも大きな性器は膣内を満たし、子宮を押し上げてくる。その感覚に慣れていない○○の身体は、快感よりも先に『苦しい』と認識した。ワイシャツを掴み、ヘソの内側を押す感覚を逃がそうとする。しかし、待っていればジワジワと気持ちよさがやって来た。○○は喘ぐように溜め息を漏らす。

「……誰の為に開いてるんだ? この穴は……」

 吐息混じりに耳元で囁かれる。アッチも久々の交わりに興奮しているのか、息が汗ばみ始めていた。腰も動かせず黙って固まると、ワガママ男の催促が始まる。

「……言えよ」

 傲慢な男に下から軽く突き上げられる。こんな少しだけでも、奥を突かれると声が溢れそうになった。

「――青峰君の……」

「ソイツの名前は?」

 小さな声で呟けば、恥ずかしい質問が始まる。黙って胸元に額を付けると頭上から批難が降って来た。

「教えただろ。名前」

 ○○は、あの日火神の部屋で見たテレビを思い出す。初めて観たバスケの試合はスタイリッシュで格好良く、自在にゲームを操る青峰は液晶の向こうで輝いて見えた。そして、画面に映し出されていた目の前に居る愛しい人の漢字四文字が浮かぶ。

「……大輝君の」

「――大輝で良いよ」

 そう笑った青峰大輝は、真っ赤になった○○を両手で思いっきり抱き締めると、下から何度も突き上げた。


 ………………………


「……火神君から連絡来てる。会いたいって」

 ひとまずの欲望を放出した青峰は、ネクタイを締めながら眉を潜めた。クリスマスに見た光景が横切って、少しだけ胸が痛い。どれだけ彼女を信用しても、まだ"ソレ"を消化しきれてはいないみたいだ。

「青峰君の事も呼んでるよ?」

「何考えてんだ……? アイツ」

 呼び方が元に戻っている事に突っ込みもしない青峰は、掛けていたスーツの上着を肩に担ぐと、鍵を開け先に出て行った。イカ臭さで行為の余韻を残したソコへ取り残された少女は、火神に返事を出してからその場を後にする。

 誰も居なくなったバリアフリー用トイレは静かに明かりを消し、次の利用者の来訪を待つ。

 一緒に添付されていた写メは体育館の見取り図だった。アプリか何かで「ココ!」と雑に印された場所へ向かえば、辺りに誰も居ないのが伺える。廊下に並ぶ第1から第3までのミーティング室。経費削減の為か、半分以上の蛍光灯が外された薄暗い廊下は、二人で居ても心元無い。

「火神バカだから場所間違えてんじゃねぇの?」

「……私が間違えたのかも」

 シュンとした○○は、背後から"誰かの腕"が伸びてきたのに直前まで気付かなかった。肩を掴み、強引に身体へ巻き付いてきた逞しい両腕はそのまま【第2ミーティング室】へ彼女を引き摺り込んだ。

 腕の犯人が判った青峰はソレに眉を怒らせると、続いて部屋へと入る。こちら側は建物の日陰に当たるのか、大きな窓はあっても室内は暗い。廊下から伸びる光も、薄ぼんやりと向こうに立つ相手の輪郭が見える程度しか無い。青峰は、入り口近くにあったスイッチで蛍光灯を付ける。照らされたその室内には、犯人の他にも黒子テツヤが居るのが見え、誘い出された二人は同時に驚く。

「……火神君、悪趣味ですよ? 人をこんな風に呼び出して」

 犯人に叱咤を始めた黒子の台詞に、青峰はひとまず安堵した。どうやら彼は、誕生日から先の自分達の関係を何も知らされず此処に居る……。彼の眼差しを見る限り責められはしないようだ。

「……役者は揃ったな」

 太い腕が背後から伸び、厚い胸板との間で抱き締められている○○は、自分の頭上から聞こえてきた声と、鼻へ通った柔軟剤の香りに覚えがあった。確かめる為に相手の巻き付けていた腕を振りほどき、後ろを向いた。

「よぉ、また会ったな」

 予想した人物がそこには立っていた。

「火神君……?」

 彼女は疑問系で男の名を呼んだ。そして口調と目付きがまるで変わってしまった相手に驚き、目を見開く。

 『アレならオレの方がまだマシだ』……さっきそう言って笑った彼と、今自分を見下している男の瞳は輝きが全然違う。ドロドロに汚れた視線から目を逸らす。男のニヤけた口元も、醜く歪んでいた。

「そんな顔すんなよ。傷付くだろ……?」

 また○○に抱き着いた巨体からは、汗のツンとした臭いまでした。ソレは、柔軟剤の強い匂いと混じり合わず互いが主張し合う。きっとその鼻に突く雄臭い香りは、やがて柔軟剤の明るい香りを消し去るだろう。

 "二重人格"。頭の中に、ある精神疾患の病名が浮かぶ。それならばこの現象もしっくり来る。彼女が今まで知っている火神は、現在この男の中で眠っているのかもしれない。じゃあ、いつスイッチが切り替わった――? 彼はこのメンバーを集めて何をしようとしている? ○○は答えの出ない質問への解答を模索した。

 そうやって彼女を玩具にされている青峰は、頭に血が昇りそうになる。その怒りは、純粋に"ソレ"だけに向けられているモノだけでは無い。思い出してしまう。アレを……。

 火神のあのゆったりとした話し方が始まった時から、青峰は更に険しい顔をしていた。

『三年後、君がどっちに転んだとしても……俺には金が入る』

 ……厭だ、本当に厭だ。あの男を思い出しイライラし始めた青峰は、せめてもの威嚇にパンツスーツのポケットへ四本指を突っ込み、片足に体重を掛け立つと、口を真一文に閉じ火神を真っ直ぐに睨む。

「火神君……離してあげて下さい」

「――終わったら離すよ。ちゃんとな……?」

 火神は黒子の意見も取り入れず、丁度良い高さにある彼女の両肩に肘を置き、頭の上で指を交差させ顎を乗せた。乗せられた体重分、肩に肘が食い込んだ○○の顔までもが、痛みで歪む。その顔を見た黒子は、眉を吊り上げ怒鳴っていた。

「離せって言っているんだ!!」

 そんな彼の咆哮が消えたこの静かな室内にも、アリーナから響く音楽が届いた。最近バラエティー番組でも耳にするキャッチャーな洋楽。火神のウォークマンにも入っていたし、今日もココに来るまでにカーステレオで聴いた。

 三位決定戦前のインターバル。これが終われば黒子と"山下大輔"は決勝戦へ望む。"山下"は口元だけをニヤけさせたまま、覚えているそのリズムと歌詞を聴いた。そして男性ボーカリストの声に合わせて同じ調子の同じタイミングで同じ歌詞を呟く。

 Here we go.

 さぁ、愉しいショウの始まりだ。