「あぁ……あん……っはぁ……ん」

 ベッドが軋み、敷かれていたシーツが乱れた。少女の虚ろな喘ぎが、狭い室内に響く。

 青峰はガチガチに反り返った性器を少女の一番深くまで差し込み、更に深く入れようと腰を押し付けた。男の根元にクリトリスが擦れた○○は、熱い快感に腰を動かす。

 最大の性感帯とも言われ、子宮口にあるポルチオ性感を太く長い男性器の先端で絶えず擦られる。子宮に届き押し上げる愛しい相手のソレは、彼女の背中にまでビリビリとした感覚を届けた。今までで一番強烈で痛みすらも感じるその快楽は、彼女を怖がらせる。奥の方からじわじわと波が来て、快感に翻弄された少女の背中が浮いた。青峰の性器で塞がれている膣部の僅かな隙間から、愛液が多量に垂れてシーツを濡らすのだった。

 青峰もまた、肉棒を何度も襲う彼女の内部の蠢きに、堪らない快感を覚えていた。イキそうになると抜いては差し、また抜く。彼は枕元にサービスで置いてあるコンドームには手を付けず、性器と性器の隔たりを拒否した。その御詫びと言っては何だが、腰を器用に動かし子宮口を巧く擦り続ける。

「あぁ……やっ、んっ……ぁんっ」

 固くなった男性器の先を、ゴツゴツ膣奥へ押し付けられると、○○の口からは淫らな声が漏れ出てしまう。

 もう長い間激しい快感を与えられた○○は、シーツの上に流した髪を乱して掠れた声で喘ぎながら、顔を左右に振った。

「……逃げんな、○○」

 少女が腰を彼から離そうとすれば、強い力で戻されてしまう。腰を掴んだ青峰の大きな手が、彼女の脱出を何度も阻止した。

 青峰は突如彼女の上に巨体を預けると、激しく腰を動かし始めた。グチャグチャと擦れる結合部分からは、イヤらしい音がした。

「……イキそうだ」

 彼女の耳元で息を荒くした青峰は、そう呟き激しく腰を振る。○○は、相手の背中に腕を回し抱き付いた。性器を抜いた彼は、腹部へ掲げると精液を出す。本日二回目の射精をした青峰は、濡れた○○のヘソ回り一帯をティッシュで拭いてお座なりに後始末をしてやった。

 男は、独特な匂いを放ち汚れてしまった薄紙をゴミ箱へ投げる。見もしないのに吸い込まれるように入っていったそのゴミに、少女は驚いた。

「……ねぇ、青峰君」

 ○○は、汗だくになり肢体をシーツに投げ出した相手の名を呼ぶ。返事は無いが、青峰はボサボサになった髪を掻き上げながらこちらを向いた。

「――私の事、好き?」

「あぁ……そうだ」

 口元が緩んだ青峰は、シーツに流れた髪を撫でてくれた。この世界から、この時間のこの空間だけを切り出せたらどれだけ幸せだろうか。昨年末から経験したツラい体験を思い出し、どこか予防線を張る○○は心から喜べずに居た。

 彼がこの狭いシーツの世界から出たら、直ぐにでも自分の前から姿を消しそうで怖かった……。やがて自分の世界から青峰が永遠に居なくなりそうで――。

「先にシャワー浴びて来いよ」

 再度伸びてきた浅黒い手で頭を撫でられる。頷いた少女は、白いシーツを引っ張り胸元に巻いた。

「持ってくなよ、シーツ」

 ニヤニヤと笑いながら、青峰は白い布の一部を掴む。掛けシーツは○○によりベッドの上から離れた。『仕方ない』と言いたげに、青峰は掴んでいた手を離してやる。

「ありがとう、青峰君」

 立ち上がって微笑む彼女に、軽いキスをした青峰は、その白い後ろ姿を見送った。

 掛けシーツを身体に巻いた○○は、長過ぎるソレをズルズル引き摺りながらバスルームへと向かった。その姿はまるで、背伸びした子供が大人の服を着ているみたいだ。

 青峰は彼女の姿が見えなくなると、大きく溜め息を付く。その表情には曇りが掛かっていた。

 『とにかく日がないんだ。五月にはアメリカ行くぞ。……今のうち、心の準備しろ』

 先日火神から告げられた台詞が本当だと言うのなら、彼女との別れのカウントダウンは始まっている。最後の別れを告げる時、『最初からこうなるつもりで付き合った』なんて言ったら、彼女は顔を覆い項垂れながら泣くに違いない。何度も見たその光景は、青峰の脳裏へ簡単に浮かんだ。

 彼女を誰にも取られたくない。……この感情を"恋"と言ったらそうなのだろう。四六時中傍に置いておきたいとも思うし、隣に居たら楽しい。

 ――でも、桃井の時に感じた胸の高鳴りは無かった。青峰は、胡座をかいて頭を掻き乱す。

 そうして男は、過去に付き合った女性を思い出した。黒子達は知らないが、交際相手は過去に六人程居た。それも正しい数字かは分からない。ちゃんと数えていない。途中からどうでも良くなったからだ。

 だって、どれも長続きはしていないし、最短で四日。一ヶ月も続いたオンナは居ない。顔や身体は覚えているんだ。……だが声や持ち物、服装や癖までは記憶にない。

 顔が可愛いから。
 胸が大きいから。
 セックスに積極的だから。
 コンパで一番輝いて見えたから

 ……あとは、何だっけ?

 男は一人ずつ元カノの顔を思い出しながら付き合った理由を考えて、途中で忘れた。

 別れた理由なんてもっと覚えていない。唯一覚えているのは、『元カレだったらこうしてくれた』と愚痴を言われて酷く気分が悪くなり、その場で別れてやった事だ。……アレだけは厭だった。

 コイツの為に時間を遣うなら、違う事をしていたい。

 そう感じてしまったら連絡するのも面倒になるのだ。

 青峰は再度溜め息を付くと、黒子テツヤから奪ってまで付き合うべき相手なのか悩んだ。もし近日中に○○を振れば、彼女は火神か黒子の元に行き……泣くのだろう。

 それは、何か厭だ。

 今、シャワーで自分の汗を流している彼女に、他の男の汗が付くのが厭だ。

 他の男の名を呼び、愛を囁くのが厭だ。

 自分以外の男が口付けをし、それに応えるように相手へ腕を回す彼女が厭だ。

 ムカムカする妄想のモデルが全て【火神大我】で、青峰は何も無い空間に枕を投げた。


 ――――――――


 夜の海は寒く、暗闇が広がっていた。波の音は昼間と変わらないが、立ち入るのを拒む程に不気味に黒い波が、寄せては引きながら大地を撫でていた。うっすらと発光するような白い浜辺には、様々な物が落ちている。しかし月明かりしか照らすモノが無く、足元に目を凝らさないと歩くのさえ不安になる。砂浜の柔らかい砂は足を掬う。頭上の星空がここまで綺麗に見えるのは、寒さで空気が澄んでいるからだろう。

「サーフィンしてぇな……」

 そう呟いた火神は、パンツスーツのポケットに両手を突っ込んで足元の黒い革靴を眺めていた。

「すれば良いじゃないですか。海開きしたらまた来ましょうよ」

「……出発はG.W.明けだよ」

 火神の返事に、黒子は深いショックを受ける。

「あ、そうですか……」

 予想より大分早くなった別れに、黒子の言葉は詰まってしまった。

「十一月に一回チョロッと戻ってくるからよ。そん時に遊んでくれよ」

「……その後は?」

「――さぁな」

 火神はテキトウな返事の後、砂場に腰を下ろして座り込む。男は打ち寄せる波に消えそうな声で、更なる驚愕を呟いた。

「青峰も連れてく」

「……え?」

 自分も腰掛けようとしていた黒子は、またしても一人大事な親友が居なくなる事に深い衝撃を受けた。

 ――青峰君まで……。

 あの日、火神に告げられた『二人で祝え』の意味が、今になってやっと分かった。

「あのままじゃ青峰……アイツ、バスケ辞めるぜ? だから連れて行く」

 火神の判断は正しく、それは現在の青峰への救済になるだろう。判ってはいるが何も言えない黒子に、火神は静かに謝った。

「……悪ィな」

 謝られた彼は、粒の細かい砂を撫でながら、相手に僅かに届くであろう声量で言葉を紡ぎ出す。

「火神君、次は青峰君の光になるんですか」

「お前、ソレ好きだよな?」

「キミによく似合う言葉です」

 ハハハ……と空笑いをした火神は、少し黙ると目元を拭った。肩を震わせ、何度も何度も顔を拭うスーツの彼に、黒子は声を掛ける。

「――砂が目に入りましたか?」

「……あぁ」

鼻を啜った火神は震える声で呟いた。その弱々しい声は、波が何処かへ運んでくれた。無限にも等しい無言の時間は、暗闇の静寂と海岸独特の安らぐ音が包んでくれる。

 彼がこんなにも弱い部分を見せてくれるから、黒子もつい弱音を吐いてしまった。

「……そうやって皆、ボクの前から居なくなる。火神君も、青峰君も」

「○○も、か」

 いつの間にか泣くのを止めた火神の言葉に、パーカーを着た少年はギクリとする。

「……ツラいな、失恋って」

 黒子は黙って、ただ此方に来ては戻っていくだけの波を見ていた。そのアンバランスな動きは見ていて飽きなかった。

 ――誕生日のあれから、黒子は彼女を意識的に避けている。それに向こうからも避けられている。色素薄い少年は膝を抱え、落ちていた木の棒で意味もなく穴を掘った。

「……失恋って言ったら、オレも似たようなモンだ。チーム辞めるのにも書類一枚出されて終わりだ……。引き止められるかと思ってたのによォ……」

 立ち上がり、砂の付着した尻元を叩きながら、火神は小さく言葉を漏らす。

「……情けなくて、嫌ンなるな」

 遠くを見て寂しそうにする火神は、驚く程に男前だった。どれだけ惨めで情けない現状に立たされても、衰える事のないその顔付きに、黒子は『女だったら惚れていたかもしれない』と考えてしまった。そして自分の"失恋"なんて云うちっぽけな悩みを、"契約解除"と同じレベルに考えてくれる昔からの相棒に感謝した。黒子は、彼のこういう同じ目線で考えてくれる優しさが好きだった。何度も手を引き、立ち上がらせてくれた。

 ――もう、五月からは差し伸べる手さえ……目の前から消えてしまうのだ。

 黒子も立ち上がり、火神と同じく接地面に付着していた砂を払い落とした。

「帰るか。身体も冷えた、し……――!!? !!!」

 言葉も途中にして、突如火神の肩が勢いよく跳ねた。周囲に明かりが無い為よくは見えないが、火神のその視点は自分の後方を指していて、口をワナワナとさせている。

「ヤベェ……!」

 緊迫した声を出した火神は、回れ右をして向こう側へ走り出す。砂に足を取られながらも、部活の合宿で散々走らされた為に常人よりは早い。

 黒子が振り向くと、視界の向こうから何か白い物体が走ってくる。最初はオカルトの類いかと思い、黒子も駆けようとした。だが目標物が50M程まで近付いた時、それが大型の野犬だと判った。舌を出し、嬉しそうに尻尾を振り向かってきたソレと、真面目に走り出した火神の後ろ姿に黒子は笑った。腹を抱え、ハハハハ……と云う彼の笑い声だけが海岸に響く。

 黒子に駆け寄った雑種犬は、人に会えたのが嬉しいのか、前足で彼の厚手なパーカーを掻いた。頭を撫でると、応えるように尻尾を振る。

「火神君! 大丈夫ですよ! 噛まないです!」

 黒子は豆粒大にまで離れた火神に声を掛けた。そしてそちらに向かおうとすると、雑種犬も同じ歩幅で付いてくる。少年は激しく手を降って拒否する元相棒を無視して、彼の元へ足を進めた。

「よし、行け!」

 黒子が背中を叩き火神を指せば、犬はキャッキャとスーツ姿の男目掛けて走り出した。

「うわああぁぁぁ!!!」

 向かい側から絶叫が轟いた。

 逃げ走ろうとして砂に足が掬われ転んでしまった火神に、やがて野犬が追い付いた。腕で必死に顔を隠すスーツの男に『構いはしねぇ!』と言わんばかりに、露出した肌部分をベロンベロン舐め始めた。

「ヒイィィィィ!!」

 恐怖にまみれたガタイの良い彼の声を聞いた黒子は、ここ最近で一番笑った。そして人差し指で涙を拭いながら、携帯でその一方的なスキンシップを撮影する。瞬いた光に犬はこちらを振り向いたが、またしばらくしたら火神の肌を好き勝手に舐め出すのだった。

 やがて火神も、自分の状況を客観視したのか、大声で笑い出した。

「……起こしてくれ」

 砂浜に寝転がった火神が、真っ直ぐ少年に手を伸ばしてきた。『やれやれ……』と言いたげな黒子がその腕を引っ張れば、相手は上半身だけ起こしてくれた。

 ――巨体を引っ張る為、中腰になった水色の髪の少年は、自分の身体が手前に倒れるのを感覚で知った。火神は相手の顔が胸元に埋まると、せっかく起き上げて貰った身体を再度寝そべらせた。波の音と、耳に響く鼓動が、黒子の意識に潜り込んだ。

「……一緒に来いよ、黒子。お前も」

 抱えられた頭を、火神の五本指が撫でる。プロポーズに似た言葉に、黒子は何故か顔が熱くなった。

「火神君、それって女性に言うからロマンチックなんですよ?」

 慌てて取り繕う黒子だが、ずっと空を眺めている火神は気にせず言葉を続けた。

「――どっちでも良いんだよ。オレは」

 二人と一匹しか居ない空間で、元相棒からそう甘く囁かれる。

「じゃあ、考えておきます」

 黒子は寝そべった身体を起こすと、少し笑って彼にまた手を差し伸べた。

「星が綺麗だ……」

 宙を眺めていた火神がそう呟くから、つられて空を眺めた黒子は、また伸びてきた手に導かれ彼の胸元に頭を落とした。

 ――そうして二人は、暗闇の中でも明るく笑うのだった。