「大丈夫だと思う、生理昨日終わったばかりだし……」

 トイレから出てきた○○は、静かにそう告げた。排卵日に疎い彼女は、漫画で得た知識から"大丈夫だ"と自分自身へ言い聞かせた。そうでもしないと不安で足元から崩れ落ちそうになるから。

 そんな彼女が姿を見せるまで、青峰はワンルームの前で先程の着信についてぼんやり考え立ち尽くしていた。背の高い彼は、直ぐに少女を自分の身体で包む。

「……全部、出たか?」

「――まだ、入ってるかも……」

 そう言って○○は口元で無理矢理に笑みを作った。個室の中でどんな葛藤があったか、青峰には判らない。

「……身体冷えただろ。風呂、入れてやるよ。そんで、ナカ洗ってやる」

 その行為に果たして意味があるのか、青峰には判らない。だが、綺麗な彼女に汚れきった自分の一部を注入してしまった事が堪らなく嫌だった。

 青峰は彼女にお茶を渡すと、自分はシャワーでしか使わない小さなバスルームを開ける。そしてスポンジを手に取り浴槽を洗い出した。


 ――――――――


「小さいお風呂、だね」

 ワンルームアパートのバスルームなんてたかが知れている。一軒家で家族と住む○○からしたら、一人分の為に作られたそのサイズは新鮮だった。狭い一畳程の洗い場に図体のデカイ青峰と入ると、立っていても窮屈さを感じる。こんな白色灯で照らされた場所に、お互い生まれたままの姿で向かい合うのが堪らなく恥ずかしい。彼女はそう思い、肌を隠す。

「湯加減、見てねぇから」

 白い浴槽には、透明のお湯が並々と入っている。光の加減で少しエメラルドグリーンに反射するソコに、青峰は自身の腕を付け根まで浸した。

 ―――が、すぐ腕を取り出し「熱ッチぃ!!」と叫び、驚いた顔をする。ほんのり赤くなった茶色い腕を振り、熱を逃がしている。それを見た○○は声に出して笑い、二人きりの浴室に響いた。

 彼女は青峰のこういう"何も出来ない部分"が見える度に、彼が近い存在だと実感するのだ。最初会った時は大人で落ち着きがあって、どこか遠い人である気がしていた。でも今の彼は少し情けなくて、時々子供みたいで、周囲にまで気が回らない程不器用で……。彼を知れば知る程、彼女はその人間らしさに恋をする。

 家主は青い印が付いた蛇口を捻り、浴槽に水を追加する。狭い空間に濁流のような音が反響した。

「……最低だな。オレ」

 青峰はしゃがみ込み、水音に流され消えそうな声量で呟く。さっきの"アレ"は、気付いた時には精液がナカへと漏れていたのだ。

 ――いや、彼は込み上げる射精感に気付いていた。ただ、腰を引くのが嫌なだけだったのだ。理由は、男自身も知らない。

「もう良い温度だよ? きっと」

 隣の彼女が手首までを湯に付ける。こうやって責めもしない○○の存在に、青峰の中で罪悪感が積もった。その罪の意識を洗い流すかのように男はシャワーを浴び、先に浴槽へ身を沈ませる。張っていた湯の殆どが溢れ、排水溝の四角い蓋が浮いた。

「水、勿体無いね」

 彼女は笑いながら浮いた蓋を元の場所に戻し、水が捌けるまで押さえ付けた。

「ホラ、入れよ」

 青峰は足と足を広げ僅かに空いたスペースを指差す。太く長い腕を縁に投げだし、窮屈そうに浴槽へ納まっている。

「早くしろ。のぼせそうだ」

 彼はそんな乱暴な言葉で、胸元を隠しモジモジする○○へ催促をした。

 青峰の足で挟まれた形で体育座りをする○○は、身体の両側に伸びる相手の脛を見た。毛がポツリポツリとしか生えていない。

「剃ってるの?」

「周り、皆剃ってる」

 彼女の後ろに腰を下ろしているアスリートは、首から上の以外は陰毛位しか生えていない。○○がその膝から下を撫でると、生え始めた脛毛が手のひらを刺した。

「脛毛は青じゃ無いんだ」

 不思議そうに呟いた彼女の何気無い一言の後、青峰の笑い声が狭い空間に響く。

 ○○の腰と尻の丁度真ん中、ソコに青峰の性器が当たる。まだ柔らかいソレは、勃起していなくても重たそうな質量だった。

「……お前はさ、乳首弱ェの?」

 日に焼けず白い脇腹を通り、青峰の手は彼女の乳首を捕らえる。親指と人差し指でグニグニと潰されると、○○の胸元に芯からピリッとした快感が生まれた。

「……ホラな? すぐ固くなる」

 低い声がバスルームに響く。反響し、少しのエコーがイヤらしさを演出した。

「なぁ、コッチとコッチ……。どっちが気持ち良いんだ?」

 褐色の人差し指は乳首を数回弾き、そして握り潰す。どちらも同じ位の焦れる気持ち良さを感じた○○は、「……おんなじ、くらい」と正直に答える。

「変態だな、お前は」

 男は、そんな風に意地悪で少女の身体が熱くなるような言葉を囁いた。

「違っ。そんな……」

 先の事件を忘れたのか、青峰は彼女に執拗な愛撫を始める。うなじにキスをし、少女の乳房は既に彼の両手で形を変えていた。○○が逃げようと身を屈めると、お尻に少しだけ膨張して固くなった性器が当たり、興奮の主張をしていた。シチュエーションと湯槽の温度に身体が溶けそうになった二人の額からは、汗が吹き出ていた。

「……掻き出すって約束だろ? 立てよ」

 青峰は○○の肩に顎を乗せ、彼女の耳元に命令を吹き込む。


 ――――――――


 全面が白で統一された狭い空間には、先程から水音が響いている。それは湯槽の中の沸かされた水道水が揺らめく音では無くて、口を抑え小さく喘ぐ少女の膣の中から漏れていた。

 彼女は湯槽に身を沈めた逞しい男の前に立ち、羞恥に耐え続ける。その小さな背中には、固く冷たい壁が貼り付いていた。

「……あっ、ん。はっ……」

 必死に声を出すまいと息を荒げる彼女のナカには現在、二本の浅黒い指が忙しなく出入りしている。その指が抜かれるのと一緒に、泡立って白濁した体液がグチュグチュと音を立て溢れた。

「んっ……ん……」

「やっぱ、精子くせぇな」

 青峰はその匂いに顔をしかめ、真っ赤な女性器に自身の指が入り込む様子を眺めていた。下腹部の内側を掻き回すように太い指を動かせば、相手の腰が震える。器用で激しい愛撫に、泡立ち垂れ出る多量の愛液と少量の精液が、行為の生々しさを露見させた。

「……エッチ、してぇ」

 ストレートな気持ちを口にした青峰は、彼女のヘソを舐める。濡れた少女の身体を男の舌が滑り、水滴を掬い取った。より圧迫した刺激が欲しい○○は、青峰の欲望に賛同する。

「……んっ、いいよ?」

「そんな声も出せるんだな」

 思った以上に艶っぽい○○の声をからかった青峰は、不適な笑みを見せた。

「……じゃあオレ、ゴム買ってくる。すぐソコにコンビニあるしよ」

「どうしたの? 珍しいね」

 青峰も反省をしたのだろう。その意外な提案に○○は思わず笑う。口をへの字に曲げた相手は、汗に濡れた頭を掻いた。

「お前が我慢出来なさそうな顔してたからだ」

 青峰は、まるで少女の方が淫乱なのだと主張したげな言い訳をする。スケベ女にされた○○は、男の身体を押し退け湯船に浸かり頬を膨らませた。

「小せぇからヤなんだよ、コンドームとか。感度悪ィし」

「それって言い訳?」

 ○○は巨根を自負したようなその文句をからかいながら、男の顔面にお湯を掛ける。いきなりの攻撃に両手で顔を拭った青峰は、反撃に彼女の胸を掴み揉みしだいた。全身を真っ赤に染めた○○は「のぼせそう」と呟き、青峰の手首を掴む。

「はいはい。サッサと買って来ますよ、お嬢サマ。身体洗ってろ」

 青峰が湯槽から脱出すると、ザパリと水面が一気に下がった。

「水、無くなっちゃった」

 まるで彼が水を吸いとったかのような一瞬の浮遊感に、少女は目をパチパチさせる。男は巨体を隠す事無く浴室から姿を消した。

 青峰はバスルームの扉を開け、嫌いなコンドームだけを購入する為ひとっ走りする事にした。用意していたバスタオルを手に取り、それで髪の毛を乱雑に擦る。そしてロクに拭かずに、濡れたまんまの身体で部屋に戻った。


 ……………………


 ワンルームに戻ると、テーブルの上に置いた携帯が着信を知らせている。青峰は先程取れなかった相手を思い出し慌てて携帯を開くが、その瞬間に切れてしまった。急いで履歴を確認すると、再度同じ名前が一番上に表示されている。男は直ぐ様リダイヤルを始める。

 呼び出し音が3コールだけ鳴り、それが途切れたすぐ後……半年振りに聞く声に青峰の胸は高鳴った。

『……大ちゃん?』

「あぁ」

 わざとぶっきらぼうに聞こえるよう返事をすると、相手は自分に甘えて来た。

『迎えきて? 飲み過ぎたのぉ』

 半年前と何一つ変わらない甘い声は、青峰へ急な依頼を告げる。彼は、その誘うようなお願いへ皮肉めいた口調で返した。

「ご自慢の彼氏に頼めよ。もしかして、アッチがテスト期間中でほっとかれてんのか?」

 青峰は、心の中で素直じゃない自分の性格を小馬鹿にした。――本当は今すぐにでも迎えに行きたいのに……。そうやって彼は行動に移す切っ掛けが掴めずにいるのだ。こんなにも情けない男に、電話の相手はある事を告げる。

『別れたよ! 一週間前に!』

 彼女は酒の力を借りているのか、台詞とは裏腹にむくれた声を受話器越しに響かせた。

『ねぇ、大ちゃん? 早く来てぇ……』

 小さな頃からの馴染み深い声が、甘く男を誘い出す。

 ――別れた? 彼氏と……?

 青峰がその言葉の意味を飲み込んだ瞬間、心臓が掴まれて奇妙な感覚が彼の胃を圧迫した。

 さつきが戻ってくる、オレの元に……!

 いつも隣で長い髪を靡かせていた彼女の姿が、男の頭を支配する。いつの間にか彼から性欲は消え、くすぐったい感情で一杯になった。

 それから先の通話内容は覚えていない。気付いたら彼は、自身の所有するバスルームで泡まみれになっていたオンナへこう告げた。

「用事が出来たから帰ってくれ」

 何も知らない彼女は上半身を洗う手を止め、「そっか……」とだけ呟く。最後に小さな手で蛇口を捻ってシャワーを出した。