「オンナの落とし方を教えて欲しいだぁ!? お前がァ!?」

 ――PM12:57。昼過ぎ。

 暦も十二月に入り寒さが厳しくなってきた、そんな日の事だ。広く洒落たリビングに、家主である火神の大きな声が響いた。赤毛の目立つ男は驚いた顔で、上記のレッスンを依頼しここまで押し掛けてきた人物を見る。思わず握力を込めてしまい、食べようとしていた差し入れのシュークリームからはホイップが垂れた。

「黄瀬に聞けよ。オレに聞いてどうすんだよ」

 テーブルに溢した白い塊を指で掬い、舐めた火神は面倒そうな表情を見せる。掬いきれずに残った砂糖と脂肪の化合物は、置いてあった布巾でサッと拭いた。

「――黄瀬君には、甘いマスクがありますから駄目です。参考になりません」

 抑揚の乏しい丁寧な喋り方で、黄瀬に依頼しない理由を述べた黒子は、火神から視線を外さないで居る。

「その理由でオレに来るって、相当失礼だぜ? 黒子」

「聞かれないよりはマシでしょう」

 その言葉にフゥム……と考え込む辺り、火神大我のおつむは大した事が無さそうだ。少し黙った火神は「酔わせて襲えよ」と最低なアドバイスをする。無論、黒子は「はい、そうします」とは言わずに溜め息を付いた。

「どんなオンナだよ? オレが知ってる奴か?」

6つあったシュークリームを全て平らげた火神は、縦長の円形筒に入った味の濃いポテトチップスへ手を伸ばした。高身長で筋肉質な彼の食欲は、止まる事を知らない。リハビリだと言い訳をし、昼食に宅配ピザを食したばかりである。ちなみに現在はデザートタイムだ。

「教えませんよ。キミ、寝取るから」

 黒子の嫌味に赤毛の彼は反論しない。――そう思われても仕方無い位に、火神大我の下半身は忙しかった。黒子の想い人を知らない火神は、その人物に対してモーションを掛けるつもりは毛頭無い。しかし世間は思った以上に狭く、そんなつもり無くても結果的に黒子が恋しているそのオンナと激しいキスをしていた事を、向かい合い座る両者は知らないでいる。

 高校卒業に必要な分だけの単位を取得後、式にも出ず海外へ飛んだ火神は、一年後……下半身の緩い節操無しになり本国へ帰化した。バスケの無い学生生活に身を置く意味を見出だせなかった火神は、それ程までにその競技へ情熱全てを注いでいたのだ。

 海外で何か彼の貞操やセックスの固定概念を変える強烈な体験をしたのだろう。とにかく性別に拘らず、欲望を貪るようになった。火神に理由を尋ねても、答えてくれない。

 黒子も一度だけ、酔って何も判らなくなった彼にお誘いを受けた事があった。お姫様抱っこでベッドまで運ばれた時は、高校からの友情を壊してまでも本気で抵抗するつもりだった。しかしこうしてまだ同じ空間に居られるのは、火神がベッドに着くなり寝てしまい夢の中で自分を抱いてくれたおかげである。――有り難い事に、現在ポテトチップスを咀嚼する男は何も覚えてはいない。

「こんなトコでオレにグズグズ言う暇あんなら、デートにでも誘えよ」

 加工品を食べる為に動かす手と口を一切止めず、火神は最もらしいアドバイスを送る。黒子は相変わらずの淡白な表情で俯き、更に小さな声量で呟いた。

「……誘いました。本屋に」

 火神はその純情過ぎる答えにポカンとすると「お前、本屋で何すんだよ!?」と大きな口を開け笑った。


 ……………………


 騒がしい駅前通りのアーケード街は、平日の昼間なのに人で賑わっていた。大きな国道を様々な車が走り抜ける。そんな喧騒的な場所の真ん中に店を構えるコーヒーショップで待ち合わせしていた青峰と○○は、青峰の十五分遅刻で無事合流出来た。

「好きなモン、買ってやるよ。こないだのお礼だ」

「いいよ、私が好きで手伝ったんだし」

 あの後、青峰はグチャグチャにした部屋の片付けを手伝って貰った。ガラスで手を切った少女は「大丈夫」と小さく笑い、ポーチから絆創膏を取り出したのだ。

 何でこのオンナは、オレの中に抜きにくい棘を残していくのだろうか……。そして毎回毎回こうやって棘を抜く為に、会う理由が出来る。

 黒子が火神のレクチャーもどきを受けている間、青峰は彼の想い人を電話一本でデートに誘っていた。顔を合わせるのは四回目で、気のせいか会う度に彼女は可愛くなっていく。それは○○の努力の結果なのだが、鈍い彼はきっと気付かない。

 青峰が彼女の中で一番好きなぽってりした唇はグロスで濡れ、今日は特別淫靡さを付加していた。ジーンズに手を入れる青峰は、寒さに背を丸めながら歩き出す。

「駅ビル行きゃあ、何かあんだろ。メンドクセーけど、お嬢サマの為だからな」

 その"お礼"と云う青峰の気まぐれを上手く飲み込めないのか、少女は何も言わず俯き気味に着いてくるだけだ。元気がない彼女へ、青毛の男は怪訝そうな顔で問い掛ける。

「……しまむらの方が良かったか?」

「あっ……! あれは! 急いでて!! しまむらはいいよ!!」

 先日の失態をまた掘り起こされた○○は、大袈裟な身振り手振りで青峰のジョークに反応した。

「万引きして出禁だったな」

「違う! してない!」

 肩を震わせ笑いを堪える青峰の隣を歩きながら、少女は頬を膨らませた。

「お前、ソレ癖だな。都合悪くなると頬っぺ膨らますの」

 青峰は自分の頬をトントン、と叩くと彼女の何気無い仕草を指摘する。そうして彼は「……そういうつもりじゃ」と頬に手を置き膨らみを潰す○○にフォローを入れた。

「良いんじゃね? 分かりやすいし」

 ○○は苦く笑った。だってこんな風にふざけあっても、肩を並べて歩いても、幾度となくベッドで身体を重ねても……自分と彼は一線置かれた関係でしか無い。少しでも干渉すればきっと直ぐに『彼女ヅラすんじゃねぇ』と冷たい目線を投げられるだろう。どこからどこまでが立ち入って良い範囲か判らない○○は、人混みでふと立ち止まる。それにさえ気付かない青峰は、一人先に歩を進めてしまうのだった。

 もし自分がドラマや漫画・小説のように可愛くてスタイルが良くて、歩く度に周りが振り返るような美少女だったら……。青毛の彼は手を取り人混みをエスコートしてくれたのだろうか。○○は特別可愛い訳でも無い、どこにでも居る人間だ。こうやって沢山の人の中に立っていても、誰も彼女を気にしない。随分と遠くを歩く、背の抜きん出た彼でさえも……――。喧騒の中、○○は顔面を両手で覆った。

「……何してんの? お前」

 彼女の目の前には青峰の顔があった。彼は痛む膝を折り、少女と同じ目線にまで顔を下げていたのだ。両手で顔を覆い動かないままの○○は、いつの間にかこんな街中で自分の世界に没頭してしまった。……身を削ぐ恋は、人を情けなく惨めにもするようだ。

「具合悪ィなら言えよ。タクシーでも何でも呼んでやるよ」

 膝を伸ばし元の目線に戻した彼は携帯を取り出し、電話帳から馴染みのタクシー会社を探す。

「タクシーは、いらない……」

「あっそ」

 携帯を閉じポケットへ捩じ込んだ青峰は、オンナのこういう部分が好きじゃなかった。そうなれば彼が不機嫌になるのも当たり前で、段々と表情が冷たくなる。「ごめんなさい」と謝罪を告げる彼女にも「別にいいっつーの……」と雑な口調で返事を返した。お互い大人になりきれていない二人の間に壁が出来る。

「……もうアレで良いだろ? アレ」

 二人が立ち止まっていたすぐ傍、その一角にある店を青峰は顎で指した。彼はショーウィンドウに飾られたマフラーの事を言っているらしい。マネキンが首に巻いているタータンチェックのクリーム色したマフラーは清楚で、確かに可愛かった。

「あれ、好きかも」

 彼女の言葉を聞いた青峰は「決まりだな」と呟き、またしても一人勝手に店内へと進み始めた。


 ――――――――


「いいよ……! 高いよ……!」

 値札を見た彼女は、青峰のコートを引っ張り小声で購入を阻止する。二万なんて、マフラーに掛けて良い値段じゃない。彼女の価値観は、一般的な大学生と同じだ。

「メンドクセーからコレにしろよ。寒ィから帰りてぇんだよ」

 青峰はシックなレジに商品を差し出し、財布からクレジットカードを出した。一括での購入を確認され、渡されたレシートに乱雑なサインを記し店員に返す。これで買い物は終了。僅か一分足らずだ。

 慣れているのだろう、青峰のスマートな動作に改めて大人な部分を魅せられる。学生である○○の周りに、カードで買い物する人間など居ない。居たとしても少額でしか遣わない。こんな風に簡単に何万もの買い物をするのが大人なのか……。彼女は彼との間に"収入"と云う圧倒的な差を感じ、腰が引けた。

 支出に大雑把なのか、そんな事を気にも止めない男は、店内から出るとラッピングを断り剥き出しのままだった購入物を雑に投げて少女に渡す。○○はお礼にしては高価なマフラーを首に巻いた。温かくて可愛いソレは、ほんの少しだけ自分をドラマの主人公にしてくれた気がする。

「ありがとう! 大事にする!」

 先に足を進めた青峰に向かって笑顔でお礼を言いこちらに向かってくる彼女。そんな素直な姿に、送った主の口角が上がった。……しかし男はそのまま肩を震わせ始めてしまう。

「タグ取れよ! モノホンの馬鹿かよ!?」

 お洒落な店の前にも関わらず爆笑を始めた青峰と己の失態に、少女は頭を抱え髪を掻き乱す。ブラブラと胸元で揺れる二万円のタグは、また青峰にからかわれる材料となった。恥ずかしそうに唸る彼女へ青峰は言葉を掛ける。

 ――その言葉は、いつもの気まぐれな冗談だった。普通に考えたら酷いモノだったが、彼に強烈な恋心を抱いている○○には深く歓喜が染み渡る。

「――まるで首輪だな。オレのモンみたいだ、お前」


 ……………………


 青峰は部屋に着くなり、買い与えたマフラーを脱ぐ暇も与えずに、少女の頭を抱え込み唇を重ねた。グロスの甘い匂いが美味しそうで唇を舐めてみたが、化粧品独特の薬品臭さが舌に残るだけだ。

「性欲取っといてやったんだから、有り難く思えよ……?」

 寒さに凍え真っ赤になっていた○○の耳元へ酷く傲慢な囁きを落とす。まだ玄関口なのに、我慢出来なかった青峰は、相手の着ていたトップスの中へ手を突っ込んだ。衣服内部に籠った体温が、冷えた指先を温める。それとは逆に、○○の身体は男の冷たさに跳ねた。

 サポーターのお陰で膝の痛みは大分抑えられてはいるが、青峰は無意識にもう片方の足へ重心を置いてしまうようだ。彼女の背中を玄関の扉へ押し付け、ろくに前戯もせずに勃起した性器を押し込んでいく。ぬちり……と悠々入っていく感触に、二人の身体は震えた。扉の向こうにいつもの日常があると思うと、お互いに口から漏れる喘ぎを止めなければいけない気になる。唇を噛み締め、○○は快感に堪えた。

 脱がせるのすら焦れたストッキングと下着は、少女の左足に掛かったままでいる。扉に身体を押し付けられながら太ももを抱えられ宙に浮いた○○は、必死に青峰の首に両腕を回していた。耳元に大好きな彼の吐息と低い喘ぎが響き、くすぐったさに身を捩る。

 行為に没頭している青峰を、前時代的な携帯が着信を告げる。少女は不安そうにジーンズの方を見るが、着信なんかより性欲が上回っていた青峰は「なに気ィ遣ってんだよ……」と彼女の腰を激しく揺すった。しがみついていた両手に力が入った○○は、青峰のコートを引っ張り快感に翻弄される。

 青峰は自分の胸元と玄関の扉で相手の身体を挟み、性器を更に奥へと押し進める。彼は、重力には逆らえず落ちそうになる相手を何度も持ち直していた。その度苦しい程に深く刺さる男の肉棒に、○○の声がより高くなる。

 少しでも外に漏れるであろう甘美の声を抑えようと、お互いが唇を合わせる。青峰はゆっくりと舌を相手の口内へ入れた。最初は舌先を擽る小さい動きに夢中になる。やがて舌全体が絡み合い、入り込んでくる少女の唾液が甘く感じた。

 ――青峰が彼女の"ナカ"で果てるまで、その深いキスは続いた。


 ――――――――


「――トイレ行って、出してこいよ……。悪ィ、ホント……」

 彼女を床に下ろすと、青峰は目を伏せ申し訳無さそうな顔になる。ストッキングと下着を左足から脱いだ○○は、足の間から垂れて濃厚に香る性液の匂いへ辛そうな顔をした。目も合わせずトイレへ向かった彼女を目で追った青峰は、履き直したジーンズから携帯を取り出し履歴を確認する。

 そして着信履歴の最上部に残された【さつき】と云う文字に、心臓が強く跳ねるのを感じた。

 ――ずっと待っていた相手からの着信を取り損ねた事への苛立ち。……そしてトイレで絶望しているであろう少女の事を考え、携帯と目蓋を同時に閉じた。

 静かで寒い玄関に「クソッ……」と嘆いた彼の言葉だけが響く。