笑いが収まった青峰はベッドに腰掛け、部屋の惨状を改めて見渡した。

「ヒデェ部屋だ、ゴミだらけだな」

 そう言いながら手に持っていたタグをその辺に捨て、ゴミを増やす。

「万引きでもしてきたのか? ソレ」

「違うよ! 忘れてたの!」

 青峰は物騒なイメージを彼女に押し付けようとしたが、相手により棄却される。○○は今朝慌てて買った服に、思わぬ伏兵が潜んでいた事を羞恥した。そして青峰の皮肉屋でデリカシーの無い性格へ、ムスッとした態度を見せる。

「いつまでむくれてんだよ。コッチ来いよ」

「……機嫌悪かったの、青峰君じゃん」

 彼女の攻撃的な口調に驚いた青峰は「じゃあオレの機嫌悪かったら、服にタグ付けてくりゃ解決だな」と、同じ内容で少女をからかう。失敗を馬鹿にされた○○は、男の腰掛けるベッドまで移動すると、青峰の肩をパシッと叩いた。

「いつまで言うの? 怒るよ!?」

 眉を上げ怒りの形相をした○○は、「もう怒ってんだろ」とツッコミを入れる青峰の隣に足を揃え、行儀よく座る。「減らず口!」と文句を言われた青峰だが、反省すらしない彼は未だ機嫌を直さない彼女の首筋に手を回した。

「……口の塞ぎ方位、知ってるよな?」

 甘い誘導の後に、もっと甘いキスが始まる。唇を合わせるだけの可愛らしい行為に、口を離した○○は恥ずかしくて俯いた。彼とのこういったコミュニケーションには、未だ慣れない。

 あまり深いキスをしなかったり、キスマークが付けられなかったり……。大人だと思っていた青峰の、時折見せる"不器用な部分"は普段とのギャップとなり、○○の印象に色濃く残るのだ。

 あの日、テレビ越しに観た監督の指示を聞く彼の姿。そして背番号の印字された札を握り締めコートを睨み歩く勇ましさと悔しさを背負った姿が、目の前の男のモノとは思えなかった。それでも部屋の惨状が彼の心中を写し出しているようだ。散らばった雑誌、陶器やガラスの破片、ハンガーから脱げそうな衣服。歪で汚い部屋は、僅か八畳の中で男の葛藤そのものを表していた。

「……明日、片付けるんだよ」

 青峰は散らかした部屋を不安そうに観察され、バツが悪そうに呟く。○○は「じゃあ、今日はベッドの上でしか行動出来ないね」と些細な冗談を飛ばしたつもりだった。それを聞いた青峰は「……そんなに一杯エッチしてぇの?」と彼女の顔を悪戯に覗き込む。


 ――――――――


「今日は、無理だよ……」

 向かい合って座ったオンナの清楚な匂いを嗅ぎながら、男は背中に手を回しブラジャーのホックを外した。彼女がせっかく買ったタートルネックのニットは早々に脱がされ、枕元に丸められている。○○は首に貼られた絆創膏に気付いた青峰へ、先に声を掛けておいた。

「恥ずかしかったから……。あの、キスマークが……」

「あぁ、それにみっともなかったしな」

 自虐したっきりソレを剥がす事も無く、胸の愛撫を始めた青峰の姿にホッとした○○は、性交への拒否を始めた。

「……ねっ、今日は駄目なの。出来ないの」

 『何でだよ』と言いたげな目線を向けた青峰へ、昨日の夜から始まった生理について顔を真っ赤にして教えた。父親も含め、男の人にこういう事を告げるのは初めてだ。

「ふぅん……? じゃ、フロでヤろうぜ」

 ○○は、相手が出したその思い遣りの無い提案に『アイツはろくな男じゃない』と告げた火神を思い出す。

「血、沢山出るし……。タンポン入れてるから、ごめんなさい」

 青峰はその聞き慣れない単語に疑問を持ったのだが、質問はしなかった。男の中では、生理なんて【月に一回股から血が出る】と【妊娠しなかったから来る】と云う知識しか存在しない。そんな彼からすれば、血が出る位で何故セックスを拒むのかが疑問だった。

 このまま強引に進め、後に黒子に泣き付かれても面倒な青峰は、行為の継続を上半身の愛撫で打ち止めしようと決めた。

 男は、すぐ固くなる少女の乳首を口に含む。程よい大きさで口に含みやすい。それに表面がスベスベしている。舌を滑らせ、突起を弾いた。微量の快感のせいか、抱き締めていたオンナの腰がヒクッとする。

 それにしても小さいと、青峰は薄い胸元へ物足りなさを感じた。この位なら口に全部入るんじゃねぇの……? そう思ったら試したくなり、口を開け胸へかぶり付く。すぐに口の中が柔らかい脂肪で一杯になった。

 青峰の奇行に驚いた○○は、背中を仰け反らせた。彼の整った歯が肌へ当たる。

「なに、何してるの……っ!?」

 胸へ与えられる快感よりも、その貪られる行為自体に背中がゾクゾクした。男の舌が蠢き、モゴモゴされる度に捕食されている気分になる。

「やっぱ、全部入ったな」

 口を離すと青峰は実験結果を発表した。残酷な事をされていたのを知った○○は、頬を膨らませ青峰の肩を数回叩いく。

「もう、おしまい」

「今日はよく怒るな」

 原因が己にあると気付かない青峰は文句を言う。男は、ブラジャーを着ける為に背中へ手を回す相手に声を掛けた。

「オレの身体も……舐めてくんねぇの?」

 少女は背中越しに、服を脱ぐ擦れた音を聞いた。バサッ……と衣服を放り、逞しい身体を見せた青峰は、左手で短い前髪を掻き上げながらイヤらしい口調で愛撫を催促する。

「お前の好きにしていいから」


 ――――――――


 ○○は、寝そべった男の肩にキスをする。いつもして貰っているようにと、小さく舌を出し唾液の筋を鎖骨に合わせて描いた。肌の上を滑らせても舌がすぐ乾き、まごつく。

 太い腕を枕にした青峰は、そんな彼女の必死な顔を眺める。見られていると知らない○○は、首の薄い皮膚に一生懸命吸い付くが、痣が出来ない事に「付かない……」と落胆の声を漏らしていた。何回も唇を付け、同じ場所を吸う。――だが、依然として青峰の褐色肌に赤い痕が付く事は無い。

「……な? 難しいだろ?」

 ほれみた事かと言いたげな口調で、青峰は○○の頭を撫でた。そのまま彼女の頭を胸元へと軽く押し、そちらの愛撫を要求する。

 彼の乳輪は肌よりも黒く、よく見ないと突起があるのかも判別出来ない位に乳首が小さい。指で黒く広がるソコの中心を押すと、何か固いモノがあるのが判る。指先を回すように弄ぶと、青峰の口からは男らしい喘ぎが漏れた。

「あぁ……いいな……」

 何故か左側の乳首だけが弱い彼は、その焦れったい感覚に目を閉じて難しい顔をする。

 ○○は、微妙に盛り上がった突起を口に含み舌で擽った。その動きに青峰の腰が僅かに動く。彼の小さい乳首は、愛撫に少しだけ膨らんだ。興奮で汗ばむ息を隠しもしない青峰は、半開きの口から小さい喘ぎを漏らし続ける。その声が子宮に響き、○○の身体はムズムズした。

「……そっち、あぁ……そうだ。股間も、頼む……」

 催促されるままに膨らんだボクサーパンツを脱がせると、半勃起になった青峰の性器が現れる。コレでナカを掻き回されているのだと思うと恥ずかしく、また愛しい。少女は迷う事無く先端を口に含み、チュッと吸う。青峰の眉間に皺が寄った。ヌルル……と口をすぼめ、カリ部までを全てナカに招く。ツルツルしたその天辺を飴のように舐めてやった。舌を動かし、溶かすように……。

「な、んだよ……ソレ……。どこで、覚え……」

 青峰は上半身を起こし、○○の頭に置いた右手をゆっくり押し出す。徐々に飲み込まれていく性器の感触に、男の腰は甘く痺れ始めた。柔らかいオンナの唇が竿をゆっくり上下し、ナカで舌がその動きを追う。

 少女が口淫を続けると次第に性器は大きくなり、竿の中を血流がビュルッと走るような感触がした。そうやって何往復も舐め続ければ、青峰の性器は完全に反り勃った。

 青峰はこのまま少女を押し倒し、無理矢理にでも膣内へ突っ込み射精したいと願う。しかし、ソレをグッと我慢した。その代わりに、イヤらしいお願い事を口に出す。

「……口のナカ、出していいよな?」

 彼女が答えるより先に、両手で頭を抱え腰を動かし強引に相手の口内を犯す。ジュポジュポと水音が響き、○○はいきなり始まった苦しくて乱暴な責めに、顔を歪ませた。

「コッチ見ろよ……。なぁ、目線……コッチに……」

 青峰から喘ぎが混じった声で上目遣いを要求される。○○の目には、苦しさにより涙が溜まり始めていた。そんな事をされているのに、彼女は全然嫌とは思わない。もっと責めて欲しくなる……。もっと気持ちよくなって欲しい。ひたすらに、そう考えていた。

 ストップする事のないイラマチオは続き、青峰は目を瞑り快感に身を投げていた。

 ○○が涙で滲んだ瞳を青峰へ向けた瞬間、二人の視線が重なる。少女が恥ずかしくて目を逸らすのと同時に、男の股間からは大量の精液が放出された。

 口一杯に独特の香りが広がる。ソレは○○の鼻へと抜け、彼女は噎せる。ティッシュを差し出す青峰から柔らかい紙を受け取ると、精液を吐き出した。ヌトッとした白濁液は外へ出しても尚、少量が口内へ留まりへばり付く。

 飲み込めなかった彼女は吐き出した事を謝るのだが、青峰は何も言わず冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを持って来てくれた。


 ……………………


 唯一散らかっていないベッドの上で後ろから抱え込まれた○○は、射精してからまた黙り込んでいる青峰を心配した。恋人同士ならば、こういう時に愛の囁きなどがあるのだろう。しかしセックスでしか繋がりがない関係は、終わってからが一番気まずい事を知る。

 ○○は何かしらの話題を提供しようと思うのだが、会話の切り出し方が見付からずに結局無言が続いた。こんな状況を打破するのは、決まっていつも青峰の方だ。

「――お前さ、運命とか神様とか……信じるか?」

 青峰は彼女の髪の匂いを鼻孔で感じながら、小さくそう呟いた。

 ○○は男の口から出た意外な台詞に驚きながらも、やはり何も言えずに散らかった部屋を眺め、相手の続きを待った。

「オレはさ、ガキの頃から今日まで……ボールいじる事しか知らなかったんだぜ?」

 一人の男は、ポツリと呟き始めた。自身の生い立ちを、まるで独り言のように。今日までの事を、誰かに言い聞かせるように……。

 青峰は大人に混じりストリートバスケをした少年時代から、黒子と出会い、キセキの世代として活躍した中学時代。そして初めて敗北を経験した高校時代までを簡潔に、でも一気に語った。そして彼は高校を卒業し、迷う事なくプロの世界へ飛び込んだ。

 プロ入りし一番最初にサインを求められた時は、緊張で自分の漢字を間違えてしまった事。

 『今日からお前は全国に居るバスケット選手の目標だ、目立ってこい』と監督に背中を叩かれ立たされたコートは眩しく、生まれて初めてユニフォームを着てコートに立った時を思い出した事。そして「ここからまた始まるんだ……」と両手を広げ拳を握ったら、それが写真となり翌月の雑誌に載った事。それを見た黄瀬が「浮かれてる」と馬鹿にしてきたのが、未だに腹立つのだと文句も言った。

 彼の人生はバスケットボールと云う競技で彩られていた。まるで恋人のようにバスケと出逢い、仲を深め、倦怠し、また違った魅力に気付き愛し始める。

 興味なさそう且つクールな振りをしたその水面下で、青峰大輝と云う選手は様々な感情を抱えてきた。

「……神様が居たらよ、『オレからバスケを奪わないでくれ』って……そう、頼むな……」

 背中に付けられた相手の額が震えていた。歯を食い縛り、嗚咽を堪えた反動が身体の震えとなり彼女に届く。カーテンから漏れた月明かりが部屋を照らし、黒から群青へのコントラストを作った。

 泣きたいのだろう、叫びたいのだろう。乱暴で、身勝手で、口を開けば皮肉ばかり、スケベで、エゴが強くて――そして強い。そんな彼が、身を震わせていた。この祈りは、諦めなければ届くのだろうか。

 どれだけの時間が経ったのか。気付くと背中に響く震えは消え、寝息になっていた。


 ――――――――


 神様は残酷だ。

 幼く無邪気だった彼に才能を与えた。与えられた彼は、ソレを磨いて磨いて自分の全てを注いだ。光った才能は誰よりも眩しく、周囲が羨むような宝物へと変わる。

 やがて月日は過ぎ、突如現れた神様はそんな彼の宝物を優しく微笑み何処かへ隠した……――。

 絶望した彼は、宝の地図も開かず塞ぎ込んでしまうのだった。

 そんな童話のような話はまだ途中で、塞ぎ込んだ彼の物語は果たしてハッピーエンドになるのだろうか……。

 それは彼の大事な大事な宝物を隠してしまった神のみぞ、知る。