青峰がコートから消えても、火神の隣に座る少女は真剣にゲームの行方を追っていた。だがどこか興味が別の部分にあるようにも見える。先程のように驚き、はしゃぐ事が無くなっていたのだ。

「――バスケの試合って、凄いんだね」

 感激の言葉を漏らす○○に、火神は「プロの試合は魅せてナンボだからな」と教えてやる。

『ダイナミックにプレイしろ』

 スポンサーからはそう言われていた。プロである彼等の役割は、企業の広告塔である。大衆から支持のあるプレイヤーは、上から下まで見えない広告を背負っている。彼等が履くシューズは飛ぶように売れ、愛用する小物にはその選手の名前で宣伝文句が付く。――だから、足首や膝を壊してまでも迫力のあるプレイを要求されるのだ。

 打点がリングを超えて落ちる派手なシュートを得意とする火神にも、一定のファンは存在した。しかし、一生涯自分に付いてくる訳では無い。活躍が無ければすぐ風化する世界に身を置いた赤毛の男は、日々の不安とも戦い続けている。ここが本場アメリカだったら、もしかするとドラッグに逃げていたかもしれない。

 欲しい部分で欲しい画を提供するプレイヤーはどんどん有名になり、ファンが集まる。火神と青峰はとにかくチヤホヤされ目立つのが好きなプレイヤーだ。調子に乗れば乗る程に、こうなる未来は判っていた。それでも二人は止まらなかった。程々の場所で戒め、抑止力となってくれた【相田リコ】そして【桃井さつき】の存在は、彼等からしたら巨大なモノだったようだ。

 試合が終了すると、火神はテレビの電源を切った。コートを映していた画面は暗くなり、代わりにソファーに座る○○と男を映し出す。

「……好きなんだろ? 青峰の事」

 火神は、グラスに残ったシャンパンを飲み干しながら聞く。○○の肩が揺れ、明らかな動揺に目が泳いだ。惚れた腫れたには鈍い火神だが、そんな彼でも目の前の少女が秘める恋心位は判った。それ程に、彼女の行動は酷く判りやすい。

「悪い事言わねぇから、止めとけよ……。アイツ、ろくな男じゃねぇ」

 青峰のオンナ癖の悪さを知っていた火神は【避妊しない】【連絡付かない】【無茶な性交を要求する】と、様々な噂を聞いている。そして『ダッチワイフ』達から暴露される青峰の思い遣りの無さを心から軽蔑した。

 だからこそ、彼があの日自分から連絡先を聞き、電話を掛けていたのには驚いた。――やがて、その電話の相手だった○○に興味を持つようになる。火神の彼女に対する感想は、青峰と同じく【普通】だ。逆に頼りない胸元はタイプに該当しないだろう。それならば、あとはもうアレしか無い……。

 このオンナが、青峰をも虜にしたナニかを持っているのか? 好奇心旺盛な火神は、それが自分の勘違いだとも気付かずに彼女を誘った。

「……黒子君達、遅いね」

 気まずい話題を反らそうと、○○はまだ来ぬ友人の名を口にする。火神はそんな彼女へ本当の事を告げた。

「来ねェよ……? 呼んでねぇもん」

 ○○は、口角を上げた火神から目を逸らしながら足下に置いた鞄に手を伸ばす。少女が席を立とうとしたのと同時に、火神は一人分開けていた間合いを詰めた。僅かに行動が早い火神は、彼女の手首を掴む事に成功したのだった。

 立ち上がった○○を、火神は腰掛けながらも背後から抱き締めてくる。男の髪の毛が薄手のニット越しに刺さった。その固い髪質は青峰の柔らかい毛とまるで違い、背後に居るのが想い人で無いと示す。

「……冗談、やめてよ」

「――ソレでやめたの? アイツ、青峰」

 クスクスと笑いを漏らす火神は、悪戯っ子がそのまま成長してしまったようにも思えた。『青峰君に抱かれました』とは一言も言っていないのに、火神は今までの態度で完全に察したようだ。

 元々力が敵う相手ではない。○○は男により簡単にソファーに引き込まれ、押し倒された。

「首のソレ、青峰が付けたのか?」

 火神は、ずらした少女の襟首から白い首元を見つめる。キスマークも満足に付けられない青峰が足掻き付けた、無様な所有痕だ。目敏く見付けた火神はソコに舌を這わせた。滑った生温い感覚に、彼女は目を瞑る。

「……キスマークは、こうやって付けんだよ」

 ガタイ良い男は、少女に付いていた痕のすぐ隣に唇を押し付け、強く皮膚を吸う。そうやって火神が口元を離した場所には、綺麗な痕が出来ていた。フフンと妖しげな笑いを魅せた彼に、クラスメイトだった頃の面影は無いように思えた。


 ――――――――


 大きな手で○○の顎を掴み、相手の動きを封じた火神は、唇を強引に合わせると舌を少女の口内へ侵入させた。入ってきた男の一部で、オンナの口のナカは一杯になる。分厚く、温かく、ヌルヌルした塊で貪られ続けた。開いた隙間から吐息が漏れる。はぁ、はぁ……と興奮し荒くなった火神の息がソファーの軋む音とセットになり、○○の耳へと響く。何度も唇を離しては、その度に"チュッ……"と湿った音がした。そしてまたナカを熱い舌でまさぐられる。

 一切の抵抗をしない彼女の姿に、堕ちた事を確信した火神は、歪に笑う。キチンとした快感さえ与えてやれば、従順になる生き物なんだよ、オンナは。過去の経験から、火神は以上を学んでいた。その時だけでも愛してやれば、相手は自分の虜になる――。

 そうやって火神は見掛けだけの愛を与え、辻褄合わせを後回しにする。青峰大輝とは全く違うアプローチで、彼もまた節操の無さを誇示していた。

 服の下を這う火神の指は焦らすかのようで、青峰の欲を貪る強引なモノとは正反対だった。香水なのか、入浴剤なのか……。甘くお洒落な匂いが香る。それに合わさって、火神自身の体臭も届いた。何もかもが大好きな彼とは違う……。火神が唇をなぶっている間中、○○は目を開けずに頭の中で青峰に犯され続けた。

 火神が唇を離すと「――何で?」と云う相手の短い質問が飛んだ。

「……味見?」

 その解答を耳元で囁いた赤毛の男は、彼女をからかうつもりだったし、恐らく青峰もそう言って相手を唆したと思っている。だからこそ、こうやって酷い事を言って本気の交わりで無い事を教えてやっているのだ。

 そんな悪魔のような男に飛んできたのは、嘆いて行為の中止を懇願する声では無く、もっとねだる甘い誘いでも無く、頬への鋭い痛みだった。それと一緒に乾いた音が耳に届く。

 顔を離した瞬間に張り手を喰らった火神は、その反動で横向いた顔を戻す事もしなければ、表情を作る事もしない。無表情なまま、半開きになっていた生々しい口を閉じ、その下で歯を食い縛るのだった。

「……ちゃんと抵抗、出来んじゃねぇか」

 火神は数秒間黙ったままで居たが、小さく言葉を漏らすと、テーブルに乗った二つのグラスを手に取りキッチンへと向かう。男は目も合わせずに、少女の前から消えた。


 ――火神は明かりも付けず、仄かに暗いオープン型キッチンに佇んだ。リビングの灯りだけが、その場を照らす。男はシンクの前に立ち、グラスを洗おうと水道のレバーを上げた。水が勢いよく流れ、排水口へと向かう。音の割りに叩き方が弱かった為、頬の痛みは消えつつある。

 青峰には出来ず、自分には出来た壁に火神はショックを受けていた。

 ……別に彼女を好きになった訳では無い。単純に『青峰の方が、自分より人間的魅力に溢れている』と告げられた気がして、ショックを受けたのだ。

 火神大我もまた【青峰大輝】に対して強いコンプレックスを抱えていた。負けたくは無かった。あの青峰にだけは……。彼は身長も、飛距離も、プレイスタイルの広さも、その全てが自分より微量に上回っている。……またオレは負けたのか。そう考えそうになり、シンクの端を拳で叩いた。

「――ちゃんと、皆で遊ぶって時は、来てもいい?」

 いつの間にかキッチンの戸口に立った彼女は、家主にフォローを入れる。火神は絶えず水が流れていく排水口から目を離さずに「……また同じ事、するかもな」とだけ呟いた。その言葉が○○に届いたのかは分からない。だって、それと同時に遠くから玄関が閉まる音が聞こえたから……。その瞬間、彼は非力な人間を無理矢理にでも犯そうとした自分を恥じた。

「……どうすんだよ、コレ」

 内に篭って悶々する欲望と嫉妬の塊を発散させたい火神は、拳でレバーを叩き下げ流れる水道を止めた。


 ……………………


 火神のマンションを出た○○は、近場のコンビニでトイレを借りた。男の愛撫と深いキスに下着がじんわり濡れた感触がしたからだ。快楽に抗えない自分が許せない。重い気分を振り払いながら、下着を膝下まで脱いだ。……そこに付いていたのは生理の訪れを知らせる赤い印で、○○は安堵した。だけど同時に寂しくなり、顔を両手で覆い身体を曲げる。

 明日、青峰へ連絡を入れてみよう。あんな事があった次の日だから電話は繋がらないかもしれない。でも……それでも、エゴが強いと思われるかもしれないけど、彼に会いたいと思った。

 ――もし服を脱がされ、さっき火神に付けられた痣について問い質されたら……? 逆に見られたのにも関わらず、何も問い質されなかったら……――?

 ○○はトイレから出てすぐ、整理用品の小さなエリアからタンポンの箱を手に取り、それだけをレジの前まで運んだ。