一年目の話


「なまえちゃん、今日は早めに切り上げようか。その代わり、夜は歌仙くんに一杯、付き合ってあげて」

とんとん、とカレンダーを指して光忠さんが言う。今日の日付である数字が、赤いペンで丸く囲ってあった。ああ、そうだ。本丸がここのところ、妙に浮き足立っていたのも、この日が近かったからだ。
光忠さんは、口元を緩めて、内緒話をするように私に囁く。

「歌仙くん、随分と浮かれてたみたいだよ」
「……歌仙さんが?」

告げられた言葉に、私は思わず尋ね返した。昨日から泊まりがけで居るが、昨日の様子だと浮かれている素振りなんて一切無かったのに。そう言うと、光忠さんは、「なまえちゃんは、今日の歌仙くんを見てないからね」と苦笑した。そういえば、今日は歌仙さんに一度も会っていない。

「もうねえ、昨夜からだよ。今日は朝からずっと厨番さ。お祝いに出す料理を次から次に作っているよ。手伝う隙も無いくらい」
「そんなに?」

大げさだなあ、という意味を込めて言ったのに、光忠さんは笑顔で頷いた。あ、言葉通りなんだ……。
驚きから軽く混乱する私に、光忠さんは微笑ましげに言った。

「よっぽど嬉しいんだろうね」


成る程光忠さんの言葉通り、歌仙さんはとっても浮かれているらしい。料理の準備が出来たと、呼ばれて広間に行ってみれば、料理を運ぶ歌仙さんの周りにはひらひらと桜の花びらが舞っている。いつもなら戦意高揚の時に現れるものだけれど、その時と比べても遜色ないくらいに機嫌が良い、ってことなのかな。
歌仙さんは私に気付いていないようだ。広間の入り口から、「歌仙さん」、と名を呼べば、彼は私の方を向いた後、ぱっと笑顔を見せた。心なしか、舞っている桜の量が増えた気がする。

「なまえ! 遅かったじゃないか!」
「えっと、うん、ごめんね、仕事してた。歌仙さん、お料理作ってくれたんだってね、ありがとう」
「礼を言われる事じゃないさ。僕が好きでやったことだからね。さあ、たんと食べてくれよ」

君の好きな料理を中心に作ってみたんだ、なんて、ふにゃりと笑って言われれば、もう、こちらも笑うしかない。案内された場所に座れば、広間にいたみんなもめいめいに並んで座る。
全員が着席したのを見渡して、歌仙さんが隣へ並ぶ。座り込んでいるためか、いつもよりも目線は近い。
しん、と静寂が支配する中、歌仙さんは、私の手を取って、目を見つめて、口を開く。

「なまえ、いや、主。就任一周年、おめでとう」

歌仙さんに続いて、おめでとう、という声が広間に飽和する。この声たちが、私が歩んできた一年の足跡だと思うと、思わず涙が溢れそうになった。潤む目に目敏く気付いたのか、歌仙さんが慌てて、それを見ていた誰かが笑い出す。あっという間に、広間は笑い声に包まれた。
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