年始めの話


たった一日、日を跨いだだけなのに、お正月と言うだけで気分は高揚するのだから、何とも面白い。
刀剣たちと迎える、初めてのお正月。彼らに新年の概念はあるのだろうかと思っていたのだけれど、どうやらこちらの杞憂らしく、めいっぱい満喫しているようだ。
ちゃっかりお年玉なる文化も存じ上げていたようで、どこか期待のこもった目で見上げられれば、年幼い見目に、しょうがないなとついつい甘くなってしまうのは、もうしょうがないと思う。ただでさえ、長い時間を共に過ごしている訳で、そんな彼らに可愛らしくおねだりされては、懐の紐も緩むというものだ。……若干名、年下と言う訳にはいかない面々も居たけれど。
まあ、とはいえ、全員分のお年玉を用意していたので、問題は無い。普段頑張ってくれているみんなへの、ささやかな労いにもならないだろうけれど、意欲に繋がってくれれば良いと思う。

羽子板やカルタなど、デジタルゲームに埋もれた自分からすれば、懐かしいおもちゃが散らかっている。たまに書き初めを見せに来てくれる子たちを相手にしつつ、こたつの天板に乗っているおせちに舌鼓を打った。

「あー、美味しい……」
「きっとみんなで頑張ったからだろうね。それにしても、ごちそうの食べ過ぎには気をつけないと駄目だよ、なまえちゃん」
「はーい」

光忠さんの言葉を曖昧な相づちで流しつつ、重箱から好みのものを小皿へと取り分ける。……おせちを重箱に詰める文化って、割と近現代のものだと思うんだけど。まあ、この際細かいことは気にしない。美味しければ何でも良いや。

「なまえっ、お屠蘇どうだいっ?」
「ああ、次郎さ……うっわ、まだ朝だよ、もうべろんべろんじゃない……。次郎さん連隊戦組んでるんだよ、大丈夫、出れる?」
「だぁーいじょうぶだってぇ! ほら、飲みな!」
「うわっ、とと……」

ぐい、と押しつけられた朱塗りの杯に、次郎さんがどくどくとお屠蘇を注ぐ。あの独特の苦みが思い出されて、思わず顔をしかめた。一応、おせち食べる前にお屠蘇頂いたんだけどなあ。しかし、せっかく次郎さんが注いでくれたお屠蘇。意を決して少し、口に含めば、思ったほどの苦みはなく、それどころかまろやかな後味が思わず癖になりそうで、もう一杯、と言いそうになった。

「……お屠蘇?」
「ああ、お屠蘇さ。なんだ、お屠蘇飲むのは初めてかい?」
「いや、そうじゃないけど……」

自分の知っているお屠蘇とは違うな、とぼんやり思った。お酒自体が違うのか、いやでも、味自体はお屠蘇のそれだったし。首を傾げていると、「燗を付けてるからだろ」、と背後から低温が響く。

「燗を付けると、屠蘇は飲みやすいらしいぜ?」
「へぇ……。そういえば、温かいかも」

日本号さんの言葉に納得をして、もう一度、残りのお屠蘇に口を付けた。成る程確かに、飲みやすい。空になった杯に、さらに次郎さんが注ごうとするので、流石にそれは断った。出陣を前にべろんべろんは勘弁していただきたい。

ほんのりとお屠蘇でふわふわした気分の中、お腹も十分に膨れたので、お茶を飲みながら茶菓子をつまんでいると、いつの間にか自分のお茶を持ってきた鶯丸さんが隣に陣取っていた。

「正月はいいな。こたつでのんびり茶をすする暮らしは、最高だろう?」
「……まあ、確かに、毎日こうしてごろごろ過ごせたら、幸せですよねぇ……」

だが、そうも言ってられないのが役目でな! と、内心で彼の言葉を借りてみる。戦局は未だ変わらず。どころか、今日も出陣せねば膝丸さんは遠のくのである。期間限定イベントに精を出す審神者に正月休暇などないのである。むしろ休日こそ稼ぎ時。
それに今年は念願の大包平実装……、実装、来ると良いなぁ。貞ちゃんもください!

「そうだ、なまえ。初日の出は拝んだか?」
「いえー、起きたときにはもう半分くらい日は出てて……、……三日月さん?」
「はっはっは」

おい、いつの間に。空いていたはずの私の正面は、いつの間にやら青い狩衣姿が陣取っていた。じじい包囲網かな?

「完全に日の出、という訳ではないですけど、まあ、見たに近い、でしょうねえ。三日月さんは、見ました?」
「ああ。俺はじじいだからな、早起きしてしまったよ」

三日月さん、じじいを自称してはいるけれど、見た目が見た目なだけに、生活リズムまでじじいだとはとうてい思えないんだよなあ。でも、彼が言うならじじい故早起きしちゃったんだろうな。

「初日の出、どうでした?」
「ああ、綺麗だった。日の出は何度も見ているが、年の始まりだと思うと、一際神々しく見えるものだな」
「そっかぁ。私も来年は早起きして見ようかなあ」
「ならば、俺が起こそう」

来年は、共に見よう、なまえ。そうお誘いを受けたので、私は二つ返事で頷いた。

「なら、俺も同伴させて貰おうか」
「おっ、じゃあついでに俺も行くぞ!」
「わぁ、鶯丸さんに鶴丸さんもかぁ、楽しみ……うわっ鶴丸さんっ!?」
「おお、驚いた驚いた。今年初驚きだな、なまえ!」
「ええええ……」

はっはっは、と愉快に笑う真っ白な彼は、ひとしきり笑った後、鶯丸さんと反対側の、私の隣を陣取った。じじい包囲網だな!

「しかし、正月は良いもんだな。みんな、表情が明るい」

やはり、年の始まりは、神様でも嬉しいんだろう。石切丸さんや、太郎太刀さんは、なんだか慌ただしかったけれど、彼らの表情には、笑顔が浮かんでいた。
きゃっきゃと、庭から聞こえる、正月遊びに興じる刀剣たちの声を聞きながら、私は頬を緩ませた。

「ま、何はともあれ、今年も頑張りましょうかね」

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