冬支度の話


「たーいしょ……、なまえ? 朝だぞー、ほら、起きろよー?」
「んんん……」

本丸に泊まり込んだはいいものの、あまりの寒さに布団から出る気が起きない。せっかく起こしに来てくれたらしい後藤くんだけれど、思わず引きずり込みたくなる。

「……なまえ? もしかして、具合、悪いのか?」

あまりにも不安そうに声を掛けられてしまうものだから、片手を布団から出してひらひらと振る。大丈夫だと、伝えるように。

「んー……おはよう、後藤くん……」
「ん、おはよう! ちっと寒いけど、良い朝だぜ!」

もぞり、顔を少し出せば、眩いほどの笑顔がそこにはある。短刀たちに寝顔を見られるのは、恥ずかしいのだが慣れてしまった。前田くん曰く、「主君をお守りするのが、ぼくらの本分ですからね」、とのこと。朝起こしに来るのも、無事に起きているかを確認したいから、と言われれば拒むことは出来ない。今日は後藤くんの当番だったようだ。
寒さを堪えて布団から身体を出せば、「ちょっと失礼するぜ」、と一言入れて、後藤くんの手が頭に触れる。どうやら手櫛で髪を整えてくれているらしい。その手つきが心地よくて甘えたくなってしまう。
あまりお世話になりすぎるのも恥ずかしいなと、段々覚醒してきた頭で考える。もういいよ、と言うと、後藤くんは満足そうにはにかんだ。
立ち上がって一度伸びをすれば、眠気はおおよそ吹き飛んだ。寝間着の上から半纏を羽織り、部屋を出ようと障子戸を開く。途端、突き刺すような空気が頬を刺していく。

「さっむ……」

寝起きの擦れた声で、正直な感想を呟いた。言葉と一緒に吐き出した吐息は白く染まり、視界をぼんやりと霞ませる。と、真っ先に視界に入った池に、違和感を覚えた。

「……」
「なまえ?」

寒さをぐっと堪え、足を踏み出す。沓脱石に置いてある突っかけを履いて、とたとたと池に近づいた。後ろから、後藤くんが慌てて追いかけてきているのが、声で分かる。

「わー……」
「ちょっとなまえっ、いきなりどうしたんだよ?」
「ん、ほら、これ」
「これ……、って」

思った通り。違和感は確信に変わった。成る程これは寒い訳だ。隣を見れば、後藤くんが池を覗いてきらきらと目を輝かせている。
可愛いなあ、と表情を緩ませていると、自分の名前を呼ぶ声を聞いた。

「……、なまえ、後藤も! そこで何をしているんだい!?」

声がしたのは自室の方だ。見れば、歌仙さんがこちらを見て叫んでいる。もしかし、なくても。遅いから呼びに来てくれたんだろう。ああもう、なまえってばそんな薄着で、なんて言葉が聞こえてくる。
私は興奮冷めやらぬまま、この感動を伝えようと、叫んだ。

「歌仙さん! 氷、氷張ってるよ!」
「見るならせめて厚着してくれ! また風邪を引いて寝込むだろう!」

ごもっともな指摘を頂いた。私寝間着のままだったわ。


「というわけで、炬燵を出したい」
「こたつ、かい?」
「うん」

私がこの本丸を訪れたのは初夏。この本丸自体は冬から稼働しているものの、稼働初期の生活を私は知らない。しかし、炬燵は使ってないだろうなあ、と推測している。朝食を頂きながら、先ほどから考えていたことを提案すれば、案の定歌仙さんは、「炬燵なんてこの本丸にあったかな……」と首を傾げていた。

「無いなら探そう、これだけ人手はあるんだもん、あるなら見つかるよ。無いなら注文しよう!」
「……全く、思い切りが良いね、なまえは」
「好きなことには労力を惜しまないだけですー!」
「ああ、そういう人だよ、君は」

ふ、と歌仙さんの手が軽く頭を撫でていく。歌仙さんの時折見せてくれる小さな甘やかしが、くすぐったくも嬉しい。

普段広間で使っている机が炬燵机であることはすぐに分かったので、みんなで炬燵布団を探すことにした。それぞれ自分たちが使っている部屋や、その周辺を調べて貰ったけれど、午前を費やしても炬燵布団は見つからない。多分本丸には無いのだろう、という結論に達したところで、タブレットを取り出した。

「じゃあ、炬燵机の数は結構あるから、それぞれ相談して好きな柄選んでくださーい。あっ、布団のサイズ気をつけてねー」

みんなをいくつかのグループに分けて、それぞれで炬燵布団を選ばせる。楽しそうにタブレットを覗き込みながら頭を寄せて話し合う姿はとっても微笑ましい。私凄い満足。

「……君は、選ばなくても良いのかい?」

歌仙さんが私の隣で、伺うように言った。答えは肯定だ。

「みんなが選んだ方が、この本丸らしさが出るかなー、って。それに、みんなが選んだ物なら、多分私も気に入るだろうし!」
「……、そうかい」

歌仙さんは、ほんの少し眼を細めて、私を見て笑う。それじゃあ僕も、選ばせて貰おうかな、と言い残し、歌仙さんは振り分けられたグループへと戻っていった。


未来の技術で注文後すぐ届いた炬燵布団を、午後の日差しにたっぷりと当て、傾き始めた頃に回収する。みんなに手分けして炬燵を作ってもらい、スイッチを入れれば魔性の暖房器具の完成だ。
初めは暖かさを感じられず、首を傾げていた人たちも、しばらくすれば足下から暖まる感覚に頬を緩ませ、場所によっては酒盛りになっていたり、静かに寝息を立てていたりと、思い思いに満喫してくれているようで何よりである。

「なまえ、なまえ……、凄いね、足がぽかぽかだよ!」
「ふふ、蛍くんは短パンだから余計温かく感じるよね」
「うー、俺もう出たくないー……!」

隣の炬燵から、蛍くんが弾んだ声色で喜びを伝えてくれる。「蛍落ち着けよー」、と、愛染くんが苦笑するほど、蛍くんははしゃいでいる。まじ可愛い。蛍くんの隣では、小夜くんが無言で目を輝かせている。そんな小夜くんを両側から、これまた無言で可愛がる宗三さんと江雪さん。……隣の炬燵が聖域だと真顔で言えば隣からチョップが落ちてきた。

「歌仙しゃん……痛い……」
「君が変なことを言うからだろう……」

正面では鶴丸さんが涙目で笑っている。くっそう、そんなに笑わなくても!
叩かれた箇所を抑えつつ、広間をぐるりと見渡す。どこもかしこも、笑顔で一杯。

「……うんうん」

今日も私の刀剣男士達がこんなにも可愛い!
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