夜戦の話


「薬研くん、新しい場所はどう?」
「ああ、問題無いぞ、なまえ。むしろ鎌倉よりも随分と立ち回りがしやすいな。俺たちのように身体が小さいやつの方が相手の懐に潜り込めるし、不意を打つことも出来る。相手さんも太刀以上になると動きが目に見えて鈍るから、日中戦よりもこっちの方が向いてるな」

自信を持って笑みを作る薬研くんに、私は安堵の息をついた。もう少しレベルを上げて挑むべきだったろうかと思っていたが、実際データとして見ても、鎌倉時代に出陣していたときと比べると、京都への出陣の方が被害は少ない。刀装も壊れることがなくなった。

「……ま、あの速い槍は、ちっとばかしやっかいだけどな」
「それだよね……」

敵編成はランダムだ、高速槍に連続して当たったときなど、体力をごっそり持って行かれる。上限99のステージに対し、こちらのレベルはまだまだ70前半。もっとレベルが上がればダメージを抑えられるのかもしれないが、今は一撃のダメージが結構大きい。戦場も広く、連戦の続くステージではダメージ量が進軍に大きくかかわる。

「一応、全員お守りは持たせているけれど」
「ま、そのお陰で俺たちも安心して進軍が出来るんだ、そう気に病むな、大将」
「……ありがとう、薬研くん」

ぽすぽすと、肩を叩いて慰めてくれる。今からレベル上げに鎌倉に戻るとしても、むしろ被害が増えるばかりなので、ならばダメージリスクを負ってでも京都を巡回した方が、安全に彼らを鍛えることが出来る。
難しいところだなあ、とため息をつけば、薬研くんは「やっぱり気になるか?」と首を傾げた。嘘を言っても仕方がない、というか、この流れで嘘をついても意味がないので、素直に頷けば、彼は困ったように微笑んだ。

「俺たちが、もっと強ければ、どこに進軍してもなまえを安心させてやれるんだが」
「……ううん、私の采配の部分もあるよ。きちんと采配できたら、怪我も減るんだろうけれど……」
「実は、そのことなんだが、大将」

薬研くんは私を正面から見据えると、編成について話がある、と切り出した。

「夜戦に強いのは、何も短刀と脇差だけじゃないだろう。打刀も、夜戦で戦える」
「……うん、そうだね」
「俺っちが何を言いたいのか、分からない訳じゃ無いだろう、大将。……歌仙と堀川の旦那を、編成に組み込め」

そうすりゃあんたはもっと安心して戦える。薬研くんは言い切った。確かに、レベル上限に達している2人が居れば、戦況は大きく変わるかもしれない。
けれど、それよりも。

「彼らを入れるということは、代わりに貴方たち兄弟の誰かが抜けなければならない、ということだよ」
「承知の上だ。だが、編成を変えるだけで勝てる戦いをむざむざ捨てるなんざ、おかしいだろう」

抜けるのならば、実力が足りなかったまで。鍛えればいい。薬研くんの言葉に、迷いはない。彼は、理解している。部隊で一番力不足なのが、彼であることを。抜けるのならば、真っ先に自信であることを。それでも私が生半可な感情論を提示したところで、意見を変えたりはしないだろう。意固地なところは誰に似たのだろう。一期さんだろうか、それとも信長公だろうか。

「……大将、決断してくれ」

薬研くんが、一際強い声で言う。うん、そこまで言うなら。

「変えないよ」
「大将!」

滅多に聞かない薬研くんの叫び声が、なんだか微笑ましく思えてしまう。肩を掴む、思いの外力の強い両手に、私の手を添えて、薬研くんの藤色の目を捉えるように見つめた。

「変えない。……誰かが抜けるのが可哀想とか、そんなんじゃないよ、薬研藤四郎」
「……、大将」
「もし今、歌仙さんと堀川くんを入れたら、もしかしたら戦況は変わるかもしれない。戦いは、楽になるかもしれない。だけど、彼らと今の部隊のみんなのレベル差は、そう簡単には縮まらない」
「そりゃあ、そうだが」
「今、京都市中を回って貰っているけれど、ここの敵将を倒したら、次は三条大橋だよ。落ちないと有名な明石国行を捜すのに周回して、検非違使が出るようになったらどうする? その時までに歌仙さん達とのレベル差は無くなってる? 少なくとも、歌仙さん達に合わせて出てくる検非違使は90台だよ。……賽子運は確かに低いからもしかしたらその時までにさんざん進軍してレベル差が埋まっている可能性も、まあありそうだけれど、そうじゃなかったら。手負いのまま格上の検非違使に遭遇して、むざむざ折られに行くつもり?」

ひゅっ、と、薬研くんが息を飲む音が聞こえた。高速槍のダメージは大きい。そのうえ検非違使にまで遭遇したら。瞼の裏に、血まみれで倒れる彼らの姿が映り、すぐに振り払った。

「今勝てても、その先がある。この前池田屋の一階も解放された。これから先の夜戦、君たちを主力にずっと戦っていきたい。だから、今の編成のまま、進軍する。……反対意見は?」

尋ねると、薬研は口を噤み、目を伏せ首を左右に振った。するり、肩に置かれていた手が離れる。

「すまん、頭に血が上っていたようだ」
「大丈夫。……ちょっと冷静じゃない薬研くんが見られて嬉しかったよ」
「あのなあ……。そういうのは、男の面子にかけて黙っておくもんだぜ、なまえ」
「ふふ……」

うっすらと頬が染まっている薬研くんは、なんだか見た目通りの少年のようだ。彼が、ひとたび戦場に出れば、ばっさばっさと敵をなぎ倒す刀剣男士だとは、この目で見ていなければ信じられないくらい。
にこにこと薬研くんを見ていれば、彼は少しだけ拗ねたように、上目遣いで私を見上げて呟いた。

「なまえも、結構自分の意見は意地でも曲げないよな」
「!」

その言葉に、私は目を見開いて、言葉の意味を噛み砕いて、感じた嬉しさに頬を緩ませた。

案外、彼の意固地なところは、前の主でも、一期さんでもなく、もしかしたら、顕現させた私に似たのかも、しれない。
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