信頼の話


今日も今日とて演習場へと向かう。目的は日本号さん探索だ。

「やっぱり相模」
「こら、それ以上言わないの」

演習場開放期間も三週目に入り折り返しだが、一向に新しい槍は見つからない。というか、探索部隊任せるね、って言ってたけど、博多くんの時のステージと違って4構成、しかもレベル制限とか日本号探索は大体50以上推奨とかちょっとあのメンバーでは無理があったかもしれないですね。
小言を漏らせば、光忠さんから小突かれる。そんなことないよ、と光忠さんは言うが、まあ、いわゆるテンプレというやつだ。相模は何かとネタにされがちである。……何で私最初に相模選んだんだろうね。
政府管轄の演習場なので、今回は私も着いていくことが許されている。演練以外では、彼らの戦いを間近で見ることなど無いから新鮮だった。演練では同じ刀剣男士を相手にしている姿しか見ることが出来ないが、ここでは彼らの普段の戦闘に近い様子を見ることが出来る。レベルも高いためか、相手に一切の攻撃を許さず切り込む姿は、惚れ惚れする程だった。

「さーて、それじゃあ今日も張り切っていってみよー。……と言っても、今日ももう時間無いし、とりあえず一回最深部まで行けたら引き返そうか」
「いつもの通りだね、了解。じゃあみんな、行こうか!」

光忠さんの号令に、部隊の面々がおう、と同意の声を上げる。もう幾度も歩んだ道のりだ、迷うことなど無かった。一度目の出陣では、最深部へ行く前に賽の目によって進路を絶たれる。……まあ良い、依頼札貰えたから良い。しかしここで午が出るとちょっとギリィ、ってなってしまうね。

「さて、依頼札見つけちゃったから一度帰らないとね。どうする?」
「うーん……」

と言っても、と部隊を見やる。みんなまだまだ元気は有り余っているようだった。

「高速槍も殆ど出てこなかったし、みんな怪我らしい怪我は負ってないよね?」
「燭台切と太郎太刀がちょっと槍にかすったくらいだろー?」

獅子王くんの言葉に、名を上げられた二人が同意した。まだまだ余裕がありそうなので、と再びの進軍を指示する。

「おや、手当は良かったのかい?」
「うん、とりあえず様子見、かなあ。軽傷でないなら様子を見ながらまだ進軍できるかも。あ、勿論演習場とはいえ、危なくなったら直ぐ引き返すよ!?」
「はは、その点は心配していないさ。君の過保護さは、身に染みてよーく知っているからね」
「うっ」

ははは、と歌仙さんが朗らかに笑う。ああもう、これだから初期刀は!

「じゃあ、二週目行きますよー。一応目指すは最深部で変わりないけど、怪我が酷くなったら引き返すからね」

と、再びスタート地点へ戻り、再度進軍する。先ほどさくさくと進めたのに対し、今度の進軍は少しばかり苦戦した。

「……、ちょっと、今度は高速槍が多いね」
「ええ、僕たちのほうも、無傷では済みませんね」

堀川くんが不安そうな声を上げる。彼らのレベルはカンストしている、故に攻撃を受けても、刀装が傷つくとはいえ剥がれるまではいかない。しかし、槍、特に乙の槍が相手では、それだけで済まないのだ。

「鶴丸さん、大丈夫ですか?」
「ああ、なんてことはない。まだ軽傷だ。相手の攻撃力は把握している、まだまだ戦えるさ」
「……、そう。……じゃあ、とりあえず進軍を続けますね。……ただ、無理は駄目ですよ?」
「ああ、心得ている」

手ぬぐいで軽く血を拭ってから、進軍を再開する。五戦目、先ほど行き止まりへと向かった分岐点での戦い。やはりここにも、高速槍は居て。

「っぐ……!」
「鶴丸さん!」

槍は、容赦なく鶴丸さんを襲う。ただでさえ手傷を負っていた鶴丸さんは槍を避けることは敵わず、更に深手を負ってしまう。

「紅白に染まった俺を見たんだ…後は死んでもめでたいだろう!」

ばさり、破れた着物を翻し、鶴丸さんは一直線に自身に傷を負わせた槍へと向かっていく。彼の一振りで、敵は地に伏した。ぐらり、よろけて片膝を着く彼を、堀川くんが支えに走る。

「つ、るまるさん……!」

慌てて私も駆け寄り、彼の状態を確認する。肩に大きな傷跡、血がだくだくと流れ、白い着物にじわりと淀んだ赤が広がっている。
真剣必殺まで出したのだ、鶴丸さんは中傷になっている。これ以上、無理はさせられない。

「光忠さん」
「……一応聞くけど、なんだい」
「撤退を、」

「……いや、待ってくれ、なまえ」

私の指示を止める言葉は、直ぐ隣から聞こえてきた。見やれば、にやりと笑みを浮かべている。何を、何を言おうとしているのだ、この人は。

「ここは、分岐点、だったな?」
「……、ええ、そうですけど、鶴丸さん、ちょっと」
「だったら簡単だ。少なくて一戦、次に道を違えれば二戦。道を違えずとも、戦いは多くて三度だ。……敵の攻撃の威力は見切っている。それに、三度も俺に攻撃が来るとは考えにくい。……な?」

あまりにも楽観的すぎる考えに、一気に頭に血が上って、けれど、鶴丸さんの表情を見てしまえば、その怒りもすぐに霧散してしまった。彼は本当に、心の底から信じている。このまま、三度の戦いをくぐり抜けられることを。だけど、しかし。
残り三戦。たった三度、されど三度。彼の傷と戦いの展望がぐるぐると渦巻く。ここから先の戦いで、高速槍はどこでも出てくる。確かに、あと少しならばきっと耐えられるだろう。一度ならば。では二度は、三度目があったら。

「…………」
「っはは、いや、すまん、無茶を言っている自覚はあるがなあ」

鶴丸さんは、静かに笑った。しかしまあ、大丈夫だろう、と、呑気に言って立ち上がる。大丈夫ですか、と尋ねる堀川くんに、ああ、と返事をする声はしっかりとしていた。

「大丈夫だ。自身の刀のことなら、俺が一番よく解っている。まだ戦えるというのも本当だ。……それに、何、俺一人で戦うという訳じゃあないからな」

に、と唇の端を釣り上げる鶴丸さんに、はあ、とため息をついたのは、部隊長である光忠さんだった。

「あのね鶴丸さん、僕たちのことを信頼してくれているのは嬉しいけれど、それは無茶していい、って訳じゃあないからね?」
「……、みつただ、さん」

呆然と名前を呼んだ私に、光忠さんはその手を私の頭上へと乗せた。

「君の不安はよく解る。でも、僕たちだって、鶴丸さんにばかり攻撃を許しはしないよ。だから、良ければ僕たちを信じて、進軍指示を出して貰えるかい。……もちろん、これ以上鶴丸さんが傷を負ったら、必ず帰還する。どうだろう」

せめてあと一戦。それで鶴丸さんが傷を負わなければ、もう一戦。最深部までもう少し。

「……本当に、これ以上傷ついたら帰りますからね」
「ああ」
「…………、約束、してくださいね」
「ああ、必ず、君と本丸へ帰ろう、なまえ。その約束だけは、違えない」

血が散る頬を緩ませて、鶴丸国永は笑みを浮かべた。
ならば進軍するとしよう。私は審神者だ。彼らの主であり、今、ここでは、軍師だ。


「いやなに、本当見事に当たらないものだな!」
「僕たちが庇ったからだけれどね!」
「ああすまんすまん、無茶を聞いて貰って悪かったな」
「そう思うなら大人しく治療を受けてくれるかな鶴丸さん!」
「ははは、世話を掛けるなあ光忠。ああ、帯は自分で外そう」
「……なまえさん、しばらくあの方の進軍を取りやめるのはいかがでしょうか」
「はは……」

太郎さんに背負って手入れ部屋まで運ばれ、歌仙さんと光忠さんになされるがままにぼろぼろの服を脱がされている。結局、あの後鶴丸さんは本当に(遠戦以外では)一撃も貰わなかったし、庇いに入った光忠さんと歌仙さんと太郎さんが軽傷になる結果となった。
そして。

「何だ、俺は随分大変な本丸にでも来ちまったか?」
「……まあ、確かに、大変と言えば大変だろうし、変わっている本丸かもしれませんが」

歌仙さんが鶴丸さんの頬をつねるのを苦笑して見やった後、隣に立つ背の高い男性へ向き直る。

「この本丸に来てくれたことを、感謝します、日本号さん。私は、この本丸の審神者を勤めています、みょうじなまえと申します」
「……ああ、よろしく頼むぜ、嬢ちゃん」

ニヒルな笑みが、私を見下ろす。この本丸は、まだまだ賑やかになりそうだ。
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