真っ暗の話


本丸へと出向いたら、どんよりとした空模様が私を出迎える。部屋には近侍の光忠さんも居ない。しかし、本丸全体が慌ただしいのは何となく感じ取ったので、とりあえずと部屋の外へと踏み出した。空は重く、纏わり付く空気は湿り気を含んでいて蒸し暑い。その割に、風は簾に叩きつけられるように力強く吹き荒れている。

「……こっちも台風ですかね」
「あっ、なまえちゃん! ごめんね、お迎えできなくて」
「光忠さん、忙しそうだね。台風でも来てるの?」
「そうなんだよ、だから僕たちも対応に追われてて」

時空間を隔離されているはずの本丸でも、台風はやってくるらしい。不思議なものだ。木の板やら工具やらを持って、補強にでも行くのだろう光忠さんを見やり、どこか手伝えそうなところはないか、尋ねる。

「じゃあ、畑の方をお願いしても良いかな。短刀の子達に任せきりになってしまってね」
「あー、そうだね、ここ力仕事出来そうな人多いから、むしろそういうところが手薄になっちゃうか」
「あはは……。まあ、とにかくお願いするね。よろしく、なまえちゃん」

光忠さんの言葉に頷いてから、ジャージに着替えて台風対策の手伝いをしてまわる。畑に向かったり、厩に向かったりと、あちらこちらを行き来して忙しくはあったが、自分の目で粗方確認を出来たので、安心は出来たと思う。
翌日の仕事が休みでもあったので、今日は本丸へと泊まる事にした。外の全ての台風対策を終えたのを確認して、最後に雨戸を閉めて回る。流石に本丸の刀剣男士全員で掛かれば、あっという間に閉め終わってしまった。

外からの光が全く届かないと言うだけで、本丸の雰囲気はがらりと変わる気がした。夜半過ぎには本格的に雨風が強くなり、雨戸に打ち付ける雨の音が耳に付く。うっかり目が覚めてしまったものだから、この音の中では眠れそうになかった。
眠れないならいっそ起きてしまおうかと、厨へ水でも飲みに行こうと起き上がる。いつもなら月明かりや星明かりでも歩ける廊下は、雨戸によって光を遮られている。明かりを付けて他の人を起こしたくはないので、懐中電灯を使って厨まで向かうことにした。
厨には明かりが付いており、私よりも先に誰かが居るのが分かった。手元のスマートフォンで時間を確認するが、いわゆる丑の刻だ。となると、先にいる誰かも、眠れずにここへ来たのだろうか。懐中電灯の明かりを消し、扉に手を掛ける。果たしてその先にいたのは、鶴丸さんだった。

「……おはようございます?」
「よう、なまえ。おはようにはまだ早いなあ。……どうした、雨音が怖くて眠れないか?」

グラスを傾け、悪戯がばれたような子どものような笑顔を浮かべる鶴丸さんに、私は違いますよ、と笑いながら答えて、自分のグラスと麦茶を取り出す。お茶を注いでから、鶴丸さんの隣へと座ることにした。

「一度眠ったんだけど、目が覚めてしまって。眠りが浅かったんでしょうかね」
「ああ、この音じゃあ、一度起きたら寝るのは難しそうだなあ」

そう言って彼はグラスに口を付ける。じ、と見ていると、「ただの水さ」、と笑われた。

「鶴丸さんも、眠れなかったの」
「……、まあ、な」

少し間を空けて、鶴丸さんは答えた。どこか気まずそうな答えに、私も口を噤むほか無い。しばらく二人、黙ったままちびちびと飲み物を消化していると、ぽつりと、独りごちる声が聞こえた。

「慣れたと、思っていたんだけどな」

暗い部屋も、眠ることも。まるで言い聞かせるように呟く鶴丸さんを見やると、彼もこちらを向いていた。ぱちり、視線が合う。

「雨戸のせいで光が無いもんでな、うっかり墓の中に居た頃を思い出してしまって、目が冴えてしまった」
「……」

まあ、今日くらい眠らなくても、と笑う鶴丸さんは、どこか痛々しく見える。それが放っておけなくて。

「だからほら、君もそれを飲んだら部屋に戻って、」
「ううん、せっかくだしここに居る」
「は?」

言うが早いか、茶箪笥からお茶菓子の詰め合わせを取り出す。深夜だが、まあ今日一日だけだ。明日ちょっと食べる量減らす。頑張る。

「おい、なまえ、何をして」
「ここで一人じっと居る方が長く感じてしまうし、どうせ部屋に戻ったって眠れないだろうからさ」

お茶を飲んだせいで私の目も冴えてしまったのだ、ならば部屋に戻る道理はあるまい。

「だから、眠くなるまでお話付き合ってよ、鶴丸さん。一人より二人の方が話も盛り上がるよー」

ね、と笑うと、鶴丸さんは少しぽかんとしたあと、くしゃりと表情を緩めた。白い頬が、うっすらと赤く染まっている。

「っ、はは、そうだな、君が、そんなに話がしたいというなら、付き合ってやろうじゃないか!」
「ふふー、言ったね? 職業柄話題は多いぞー、私」
「ああ、どんと来い、なんなら夜が明けるまで付き合おう!」

いつの間にやら空になっていた鶴丸さんのグラスに麦茶を注ぎ、かちり、軽い音を立てて乾杯をすれば、二人だけのお茶会が始まる。
翌朝、朝食の準備だと光忠さんが厨の扉を開くまで、そのお茶会は続いていた。
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