バレた話


「じゃあそろそろ行こうか、遅くなるとみんなが痺れを切らして、」

歌仙さんが促してくれた言葉の途中、一際強い風が吹き込んでくる。思わず目を閉じて、すぐにばしゃりと不穏な音が聞こえた。慌ててふり返れば、机の上に纏めておいていた書類が舞い上がっている。こんのすけがぴょんぴょこ跳ねて取ってくれようとしているが、届いてない。

「あああああっ、書類! うわ、うわわ」

幸い風は一瞬で止んだので、散らかった書類を纏めようと部屋へ駆け込んだ。この惨状に、歌仙さんが手伝ってくれて、外に居た堀川くん達もわざわざ外履きを脱いで手伝ってくれる。

「あー、横着せずに封筒に入れておけば良かったね……」
「ですねぇ。とりあえず、不足が無いか確認しましょう」

みんなが集めてくれた書類を受け取って、こんのすけと確認していく。担当さんの分、管理課に送る分、対策課に送る分……、どれも無くなったものは一枚も無い。

「ようございました。すぐに集められたからでしょうね」
「だね。みんなもありがとうね、集めてくれて。おかげで全部揃ってたよー」

にへらと笑ったのだが、返ってきたのは「どういたしまして」やら「しょうがないな」というお説教などでは無く、歌仙さんからのちょっぴり重いげんこつだった。

「あいたっ!?」
「全く……君は、もう!」

あれれ、声色がめっちゃ怒ってるそれだ。若干痛みで涙が浮かぶ視界で歌仙さんを見上げれば、思い切り眉間に皺を寄せている。堀川くん達は、呆れた笑い方だ。あれれ。

「歌仙さん?」
「……あれは、頑張って仕上げた大事な書類だったんだろう?」
「え、あ、はい」
「だったら、あんな風に適当に置かずに、しっかりと封筒やらにでも入れておくべきだろう」
「そ、う、です、ね」
「全く、最後の詰めを後回しにするから、肝心なところでやらかしてしまうんだよ」
「す、すみません……」

歌仙さんの説教は続く。鶴丸さん達が助けてくれそうな気配は無い。それどころか、「良い機会だ言ってやれ歌仙!」とか応援までしてるし!

「ほら、よそ見しない!」
「はい!」

あの、歌仙様その辺りで……、とこんのすけが進言してくれるが、歌仙さんは聞き入れる気は無さそうだ。

「そうやって気もそぞろだから、気づかないんだろう、なまえ」
「あっは……、…………え゛っ」

聞き慣れた声から聞こえた、耳慣れない言葉に、思わず顔を上げる。ほらね、とでも言いたげな、呆れた表情。

「政府に提出する書類に、偽名は書かないだろう。まして署名が必要なものなら、本名が記載されているのだから、もっと慎重になって扱うべき書類だろう?」
「あ……」

つまり見られたと。拾ってるときにめっちゃ確認されてしまったと。
こんのすけが「歌仙様あああああ!?」とてしてし彼の足を叩いている。たぶんダメージ入ってないよこんのすけ。

「まあ、見てしまったものは仕方が無いからね。しかしこれで、堂々と君の名前を呼べるというものだ」
「ええ……」
「さあ、時間を取ってしまった。いい加減、燭台切に怒られそうだ。広間へ向かおうか」
「ええええ……」

なんてことは無いように、歌仙さんは部屋を出て行く。堀川くん達も続いて出て行くが、「僕たちは靴を片付けてから行きますねー!」と手を振ってくれた。あ、うん。何も触れないけど、そうだよね君たちも拾ったなら見てるよねってか歌仙さんの言葉聞こえてたし知られてるよね。

「……こんのすけ、これ、名前知られたけど大丈夫なの」

遠くなる歌仙さん達の背中を見送りながら、足下のこんのすけに声を掛ける。今まで名前を伏せていたのは、こちらに来るときに政府に指示を出されたからだ。つまり知られれば不都合なことがある、と思っているのだが。

「そうですね……あなた様の場合、兼業であるという点から、名前を伏せるよう指示を出されております」
「うん? ……ということは、兼業でなければ、名前を知られても構わないの?」
「ええ。名を呼ばれる、ということは、存在を認めること。彼らに名を呼ばれ、その存在をこちらに定着されれば、貴方の時代に帰れなくなる可能性がありますので。常駐であればその点の問題はございませんし」
「……お、おう……そうなのか……」

思ったよりも結構重要そうだった。確かに、名前というものは大事だ。某千ちゃんの映画が思い出される。あれは名前を取られて、自身のことも忘れつつあった。途中で自分の名前を忘れ、千という存在になりかけていたわけだけれど。この場合、この本丸で私の名前を呼ばれ続ければ、私は自分の時代のことを忘れて、始めからここに住んでいたと思うようになる、ということだろうか。
もしかして口止めしておいた方が、と考える私に、ですが、とこんのすけは言葉を続けた。

「名前を知られたとしても、あなた様なら、大丈夫で御座いましょう」
「えっ?」

ぴょこり、肩へと乗ったこんのすけの毛が、頬に当たって擽ったい。擦り寄ってくるこんのすけに、言葉の意味を聞き返すと、可愛らしいクダギツネはふんすと鼻を鳴らして、とても嬉しい言葉をくれた。

「彼らは付喪神です。物に宿る思いが形を成した者。何より、あなた様の、なまえ様の、刀剣男士です。あなたが彼らを大切に思っているならば、彼らもまた、同じ気持ちを返してくださることでしょう」
「……っ」
「あなた様を慕うが故に呼びこそすれ、悪意を持って呼ぶものなど居りません。歌仙様と一緒に本丸を支えてきた、このこんのすけが保証致します!」

そうか。大切に思ってくれているから、きちんと自身のことに気を配れと、ちゃんと忠告してくれてるのかなあと、そう思うと心が温まった。歌仙さんに言われたことを思い出して、ひとまず手に持った書類を封筒へとしまう。しっかりと封をして、引き出しへとしまい込んだ。

「まあ、たまに帰ってほしくなくて本丸に引き留められるくらいはあるかもしれませんね! 皆様主さまのことが大好きですから!」
「おおっと、愛が重いのも考えものだな?」

はっはっは、空笑いをしながら広間へ足を向ける。さて、今日は何のおやつが用意されているんだろうか。楽しみだ。





おまけ
「遅いじゃないか、なまえちゃん! もうみんな食べ始めちゃったよ!」

から始まる怒濤の名前呼び。どういうことかと歌仙さんを見やれば、彼は穏やかに微笑んだ。

「それだけ君の名前が知りたかったのさ、みんなね。名前を呼びたくて仕方がないんだ、気の済むまで呼ばれてくれ」

ということで、しばらく名前責めという不思議な現象に苛まれることになったのは、まあ、嬉しくも大変な悲鳴というやつだろうか。
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