Ferris Wheel



橘香る、五月晴れの日。
雲雀さんに会ったあの日以降、何かあったのかと聞かれれば、何もなかったと答える。
特に目を付けられることもなく、ただ平凡に、今日という日を、

「なまえちゃーん!今度の三連休遊園地行こうぜ!」
「ゴールデンウィークは終わったよゆうこ」

過ごすことは出来そうに無さそうである。


4th.Ferris Wheel


やけにハイテンションなゆうこの話を適当に流していたら、いつの間にか遊園地に来ちゃってました。
…どうしよう。これからゆうこの話流せない…!

「なまえ!早く入るよ!」
「…はいはい」

真夏の太陽のように輝く笑顔は私が直視するには眩しい気がして、少しだけ目を細める。

「えーと、メンバーは武くんと隼人くんとツナくんと私となまえだから、中学生五人だよね」
「自分だけ小学生料金払うなよゆうこ」
「払わないよ!」

軽口の応酬をしながら、私たちは遊園地に入る。いつぶりだろう、遊園地なんて。

「最近忙しかったからなぁ」

ぽつりと呟いたその声を、

「じゃあ、今日はいっぱい楽しもうよ!」

ツナが拾ってくれて、嬉しくなった。


「おい野球バカ!てめーゆうこから離れやがれ!」
「おいおい、俺がどこに居ようが俺の勝手だろ?」
「あー、ダメだよ二人とも喧嘩しちゃ!」
「…ちっ」
「さんきゅ、ゆうこ」
「だからてめー馴々しいんだよ!」

忠犬の彼がツナ以上に溺愛するとか珍しいよなぁとか思いながら、ゆうこ含めた三人組を見やる。ゆうこを中央に挟んで、それを護る騎士のように両側を歩く山本と獄寺。
…声掛けないほうがよさそうだ。

「…なまえちゃん、どうする?」

考えてたことはツナも同じようで、どうしたものか、と唸る。

「とりあえず、別行動?」
「が、よさそうだね」

苦笑しか出てこないのは、もういつものことだ。


「ツナ、絶叫系はダメだよね?」
「あ、うん、あはは…」
「私もあんまり得意じゃないんだよね、絶叫系」
「え、そうなの?」
「うん。あとホラー系とか」
「そっか…。じゃあそれ以外のアトラクションまわろっか」
「うん。あ、パンフレットあるよ」
「え、ホント!?わ、助かる!」

二人で適度にぶらぶら歩く。さっきゆうこ達にはメールで連絡を入れておいたからいつか気付くだろう。
で、ツナと私で遊園地のアトラクションを回る、と言ったら、自ずと行く場所は限定されてきて、ああ、似たもの同士だなぁとか思ってしまう。でも、その分楽しさが共有できる気がする。

「あー、面白かった!」
「えぇ!?ちょっと恐くなかった!?」
「んー、予想より少し恐かったくらいかな。でもまだ平気」
「マジで?…俺は無理かも」

いくつかアトラクションを回って、一息休憩を入れる。ゆうこ達はゆうこ達で楽しくやってるんだろう、メールが今にも踊りだしそうな文面で返ってきた。

「あはは。…そういえばツナ、喉乾いてない?」
「…言われてみれば…」
「じゃ、私ジュース買ってくるよ。何がいい?」
「えーと、オレンジ」
「了解。じゃ、そこのベンチで待ってて」
「うん。ありがと、ごめんね」
「大丈夫大丈夫!」

先ほど見かけた自販機を探して歩きだす。
…ちらりと学ランが見えたのは気のせいだ。きっと気のせいだ…。


「ツナー!」
「なまえちゃん!」

ジュースを二本買ってベンチに行くと、そこにはちゃんとツナが居た。

「はい、オレンジ」
「ありがとう!… なまえちゃん、これからどうする?」

プルタブをあける前に、ツナの言葉。

「そのことだけどね、さっきゆうこからメールが来て、もうそろそろ帰ろうか、みたいな話だったから…。あと一つ、かな」
「…そっか」

楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、始めは乗り気じゃなかった私も、今日という日が終わって欲しくないとさえ思えて。

「じゃ、観覧車乗ろう!まだ乗ってなかったし!」

ツナが選んだそれは、計算されたものではないのだろうけれど。今ここで、この選択を出されて、否定など出来なかった。


ゴンドラは静かに動いて。窓から見える町並みが、だんだん小さく遠くなる。夕焼けに照らされた小さな町は、いっそ幻想的で、思わず息を呑む。

「綺麗ー…」

私と向かい合わせに座っているツナは、窓から見える光景に感動しているようで、さっきからずっと同じ言葉を繰り返している。
そうして街を見下ろす横顔が、夕日に照らされてとても綺麗で、
ふい、とツナから目を逸らした。
ツナと反対の窓を覗くと、遊園地が見渡せる。ちょうどこの観覧車の行列のところに、ゆうこと山本と獄寺と、雲雀が見えた。

(あ、やっぱ気のせいじゃなかったのか)

相変わらずトラブルメーカーだ。罪作りな女め。(天然とも言う)

「ツナ、あれ見て」
「え、何…え、ヒバリ、さん?」
「うん。来てたみたい」
「…もしかしなくても?」
「たぶんツナが考えてることで合ってると思う」
「あはははは…」

もしかしなくても、ゆうこを探してきたのだろう。…まわりの客が怯えてるよ…、雲雀さん。

「あ、なまえちゃん、見て見て!頂上だ!」
「え、あ、ホントだ…」

前方にも後方にもゴンドラは見えず、まるで他に誰も居ないような錯覚に陥る。
世界から、切り取られたような。

「うわ、高ーい…」

ツナの言葉に、はっと我に返る。…またトリップしてたみたいだ。
それにしても。

「…空が近いね」
「わ、凄い!」

大空に、こんなにも近い。

ふとよぎる、過去の記憶。
少し時間が経って薄ぼんやりとはしているが、まだ思い出せる。

これからツナは、骸やXANXUSといった強敵達と戦うことになる。これは、それまでの休息期間。
ツナ達と出会って、まだ一ヵ月も経ってない。それでも、傷ついてほしくないと思う。…きっとゆうこも同じ気持ちだ。
この笑顔が、消えないように。

私は、ふっと笑った。

「ツナ、」
「ん、何?」
「帰りにアイス食べない?」
「あ、いいね!…じゃあアイス代は俺が出すよ」
「…いいの?」
「うん。さっきジュース奢ってもらったし」
「じゃ、お言葉に甘えて」

やっぱり私は、君のことが好きらしい。





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