うっかりの話


さて、今日も日課の出陣を終わらせ、自分の部屋に帰ろうかと、パソコンを起動させる。指定のページを開き、政府から渡されている帰還コードをいつものように打ち込んだが、実行をクリックしても何の反応も無い。

「……あれ?」
「どうしたんだい、主?」

かち、かちかちっ、と、軽い音が何度も鳴るが、反応は全く変わらなかった。どういうこっちゃ。

「んー……どうしよう、帰れない……」
「ええっ!? だ、大丈夫、じゃないよね、それ」

改めて紙媒体で発行されているコードと、打ち込んだ文字列を見比べてみても、間違っている箇所は何一つ無い。まさか、連絡もなしに現世に帰る手段を断ち切られた、などでは無いよなあ、とは思うが確証は全くない。

「うーん、私が一人で考えるよりも、直接聞いた方が早いかな……」
「直接?」

光忠さんが疑問計で尋ねた言葉に、私は頷いて、とある一つの名前を呼ぶ。

「こんのすけー、こんちゃーん」
「はい、なんでございましょう!」

間を置かず、ぽんっと軽い音を立てて出てきたクダギツネ、もといこんのすけ。抱きかかえてもふもふを堪能してから、本題に入ることにする。

「これ、コード打ち込んでも帰れないんだけど、何か不具合でもあった?」
「いえ、特にそういう話は聞いておりませんが……確認するのでお待ち下さい」

とてとて、小さな足を動かして、パソコンのディスプレイの前に立つこんのすけ。ふむふむ、と一通り画面を確認した後、「あー」、となんだか苦い声が聞こえてきた。

「何かわかったのかい?」

光忠さんの言葉に、こんのすけがふり返ってはい、と頷いた。その表情はどちらかというと顰め面だ。

「システムにもこちらにも異常はありません。ただ、その、主様のお部屋にあるパソコンが、ネットワークから遮断されているようでして」
「…………、マジで」
「マジです」

こくり、頷くこんのすけ。私は思いきり頭を抱えた。ここ最近、確かにネットへの接続が不安定だなとは思っていたのだ。繋がってもすぐ切れるし、何かとエラー起こすし。その割に大した問題は無かったりするし、再起動であっさり解決したりするし。しかしその些細な不具合が、今重大な問題に発展しようとは。こんなことならネットの繋がってるうちに本丸出勤じゃい! とか無理しなきゃ良かった……!

「こっちから向こうのパソコン再起動とか出来ないの?」
「難しいですね……過去干渉規定に抵触しないかどうか」
「帰れなくなる方が過去改変にならない!? もしや私の行方不明が史実だったりするの!?」

不安がごろりと言葉になって零れる。こんのすけは、政府に掛け合ってみます、と言って、出てきたときと同じような、ぽふりと軽い音で消えてしまった。

「……一生帰れなくなったらどうしよう……」

情けないことに、うっすら涙まで浮かんできた。俯く私に、光忠さんは優しく触れてくる。

「とりあえず、こんのすけの報告を待とう、主。今色々考えても、事態は何も変わらない」
「……うう」
「そうだ、ホットミルクでも作ろうか。きっと落ち着くよ。ね?」

小さく頷いて、立ち上がる。手を引いてくれる光忠さんのぬくもりに、縋るように力を込めた。


光忠さんにホットミルクをいれてもらい、何とか気持ちを持ち直したところで、こんのすけが軽快な音を立てて帰ってきた。私を見つけるなり、ぱっと顔を輝かせて抱きついてくる。うん、もふもふ本当に癒やし。たまんない。

「……それで、どうだった、こんのすけ?」
「はい、確認したところ、何とか帰還手続きを取って頂ける、とのことでしたので! ご安心下さい!」
「っ、そっかー……、良かったぁ……」

安堵が、大きなため息となって現れる。良かったね、と光忠さんが頭を撫でてくれた。ああ……、もふもふと光忠さんの手でこのまま眠れる……。

「本日はこちらの本丸に泊まって頂くことになりますが、明日、書類にて手続きが済み次第、通信を繋げるとのことでしたので」
「ああ、書類書かないといけないんだ」
「ええ、こういう事例でこうなりました、と、審神者様からの報告がありませんと、悪戯に過去に繋ぐものが出ないとは限りませんので」
「なるほどなあ……」

こちらのミスで大変なご迷惑を掛けてしまっている。仕事増やして本当済みません……! 今度来るときはちゃんと接続確認して、そんでお礼に菓子折持ってきます……!

「じゃあ、とりあえず今日はもう寝よう。気を張って疲れたんじゃない?」
「ん……そうさせて貰う……ごめんね光忠さん、こんな時間まで付き合わせて」
「良いよ、大丈夫。君の近侍だからね」

先ほど飲んだホットミルクも相まってか、睡魔がじわりと寄ってくる。寝落ちてしまう前に、布団を敷いてしまわねばと、重い身体を引きずって、泊まるときに使っている自室へと向かった。
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