おかえりの話


夜もとっぷりと更け、夕飯も既に済んでしまい、広間では酒盛りが始まっている。昼の約束通り、酒の肴を作っては広間に運ぶ。簡単に、かつ大量に作れるものばかりなので、ある程度作ればあっというまに広間のテーブルは皿と空き瓶で埋まってしまった。これ以上作っても、置く場所がないと判断し、宴会に混ざることにする。ちょうどスペースの空いていた次郎さんの隣に座れば、ほんのりと赤く染めた顔でおちょこと酒を差し出してくれた。

「おっつかれー、ありがとねえ、こんなたくさん作って貰っちゃってさあ」
「いやあ、夕飯程手間じゃないから大丈夫だよ。それに、持って行く度にみんなが美味しい美味しい、って言ってくれるから、作りがいがあるわ」
「あっははははは! もう、あんたたち面白いわ!」
「?」

ばしばし、と背中を叩いてくる次郎さんを不思議に思って、どういうことかと尋ねてみれば、次郎さんは酒瓶を煽りながらにやりと笑った。

「この前燭台切も同じようなこと言ってたからさー。『美味しいって言って貰えるから作りがいがある』、ってね。なぁに、あんた達本当に似てるなって思っただけさ」
「べつに特別な言葉じゃないと思うけどなあ……それに、今日だけで何回聞いたかな、その言葉」
「ま、悪いことじゃないだろう。素直に喜んどきなって」

次郎さんは豪快に笑って、また酒をあおった。間に私の作ったつまみを食べては美味しそうに顔を緩ませるものだから、言いたかった文句も消えてしまうというものだ。少しずつ酔いつぶれた人がちらほら出てきたかなあ、というところで、こんのすけが遠征部隊の帰還を知らせに来てくれた。こんのすけを抱きかかえ、次郎さんにお迎えに行く旨を伝えてから、広間をあとにする。空には半月が浮かび、雲も浮いてはいるが星の輝きも綺麗に見えていた。

門には既に、第一部隊のみんなが帰還していて、怪我もなく荷物を下ろしているところだった。おかえりなさい、と声を掛けると、全員がこちらに気付いて振り向いてくれた。ばらばらと聞こえる「ただいま」、に、私は笑顔になる。
戦果報告を聞こうと光忠さんの方へと向かうと、彼はぽん、と私の頭を一撫でして、にこりと微笑んだ。

「ただいま、出来ることはやってきたよ」
「……うん、お帰りなさい。全員無事のようで何より。どうだった?」
「まあ、大成功、ってところかな。資材の他に、お土産もいくつかあるよ」

見れば確かに、山積みの資材と、大きな箱がある。鶴丸さんが笑って、「お礼に金子まで貰っちまったぜ!」と報告してくれた。なるほど、確かにこれは大成功だ。

「みんな遠征お疲れ様。ありがとう。お風呂の用意は出来てるから、荷物を下ろしたらお風呂に入ってね。ご飯の用意は出来てるし、あー、あと広間で宴会してるから、もし広間に行くなら気をつけてね」

このあとの指示を出し、それぞれに別れることにする。光忠さんを除き、部屋に戻るのを少し見送ってから、お土産へと向き直った。

「ええっと……資材数と……あとは小判だね。……これを記録すれば良かったんだっけ?」
「はい、記録が済み次第、保管庫へと自動転送されますよ!」
「そっかそっか。……遠征に出すの久しぶりだから、忘れちゃってたなあ」
「いつでもお聞きください、こんのすけは主様のサポートのために居ますので!」

念のため、部隊長の光忠さんにも確認して貰おうと振り返れば、肩を震わせて笑っていた。名前を呼んでみると、「こんのすけが頼もしくて、一瞬主従逆転したかと思っちゃった」、らしい。……何かツボに入ったんだろう。くすくすと笑いながらも、間違いないよ、といってくれたので、安心してタブレットで登録作業を行う。作業が完了すると、目の前に詰まれていた資材はすう、と透明になって消えてしまった。こんのすけが嬉しそうに飛びついてきたので、大丈夫だろうと考えることにした。

「さて、じゃあ戻ろうか……って、光忠さん、そろそろ笑うの止めてくれないかな?」
「っ、ふふ……ごめんごめん、じゃあ、行こうか」


光忠さんが荷物を部屋に置いて、浴衣持ってお風呂に行く準備をするのに付き合って、一緒に部屋を出る。お風呂に入る前に広間に顔だけ出したいというので、一緒に広間へと赴けば、次郎さんの隣でつまみに手を出す鶴丸さんが居た。

「鶴丸さん、お風呂入る前にお酒入れると危ないよ?」
「おっと、君か。いやあ、先に風呂だと分かってはいるんだが、どうも小腹が空いてなぁ。ちょうどおあつらえ向きにつまみがあると来た。まあ、一つくらいなら構わんだろう?」

許可を貰うつもりはないんだろう、聞いておきながらつまみを口に入れる鶴丸さんに、しょうがないなあ、と笑う。光忠さんは、広間のみんなから「お帰りー」、と声を掛けられていたので、それに律儀に「ただいま」、と挨拶を返していた。

「……ん?」

と、鶴丸さんが不意に咀嚼を止め、こくりと飲み下してから「なあ光忠」、と彼を呼んだ。光忠さんは首を傾げながら振り返ると、なんだい、と鶴丸さんに問う。

「君、遠征に行く前にこのつまみを作ったのか?」
「えっ? いや、作ってないけど……どうして?」
「いや、いつも君が作ってくれる味だったからな。確か行く前に作る暇なんぞ無かったよなあ、と思ってな。……じゃあ誰が作ったんだ?」

堀川も、歌仙も同じ部隊だったしなあ、と首を傾げる鶴丸さんに、次郎さんが豪快に笑って、その答えを告げる。

「それを作ったのが誰かって? 主だよ。いやあ、一緒に生活してると、料理の癖すら、似てくるもんだねえ!」

にやにやと笑う次郎さんと鶴丸さん、呆ける光忠さん、どこか面白そうな広間の面々に、私が堪えきれなくなって、思わず台所へと駆け込むまで、あと、少し。
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