差し入れの話


「おや、主がお茶を……ありがとうございます」
「……ありがとう」
「助かりますね、今日はことさら暑かったものですから」

始めに、畑仕事をしている左文字兄弟のもとへ向かってお茶を出す。次郎さんが、「アタシにも感謝してくれて良いんだよ?」なんて言っていたが、左文字兄弟も笑顔なあたり、分かっていて言わないのかもしれなかった。
しかし、と、宗三さんが私をちらりと見やる。首を傾げれば、その綺麗な顔に綺麗なまでの笑顔を浮かべて、とんでもないことを言い放った。

「いえ、昨日は燭台切が持ってきてくれたのですが、彼の不在にあなたが同じことをしているのを見ると、まるで夫の不在を支える家内のようだと、思っただけです」
「……、……っ、そうざさん!!?」

あまりの衝撃に、思わず言葉が拙くなる。隣で次郎さんがすっごい勢いで笑ってる。

「あーもう、アンタにそう言われたから、そうとしか思えないじゃないのさ!」
「ちょっ、次郎さんもなんで同意してるんですか!」
「……お似合いだと思う、よ」
「小夜くんなんで!?」

全く意味が分からない! もう、と拗ねてみれば、宗三さんは相変わらずの綺麗な顔で、「他意はありませんよ」、と笑った。あったら困りますが!
絶対真っ赤になっているだろう頬を、両手で覆ってみれば案の定少し高めの熱が伝わる。まんざらでもなさそうですが、と言う言葉はもう無視することにした。そうですよ、内心まんざらじゃないんですよ、だから困るんですが!

「近侍と、主の仲が良いのは、いいことです……」
「……兄上はもう少しそれ以上の関心を持っても良いと思いますけれどねえ……」
「何か、おかしかったでしょうか……?」

こてりと首を傾げる江雪さんに、毒気を抜かれた気分になる。何でもありませんよ、と笑う宗三さんは、本当に楽しそうだ。ことり、お盆に三つの湯飲みが上向きに置かれる。

「ごちそうさまでした、主。お茶、ありがとうございます」
「とても、助かりました……。よければ、また、是非」
「ありがとう、主」

三人がお礼を言って、揃って畑の方へと向かう。その後ろ姿を見送って、嬉しさから顔をほころばせた。

「さ、次は厩に行くかい」、次郎さんの言葉に、こくりと頷いた。


「わぁ、主がお茶を持ってきてくれたの? ありがとう!」
「やったー! ちょうど喉が渇いてたんだよね!」
「ああ、主。助かったよ。もう少ししたら休憩に行こうか、って話をしていたんだ」

彼らもそれぞれの湯飲みを受け取り、次郎さんが麦茶を注いでいく。ぷはー、と一息に飲み干して、おかわりをねだるのは乱くんと浦島くんだ。次郎さんは笑顔で注ぎ足してあげているが、その表情は飲み会のそれに近いと思う。少しだけ呆れながら彼らの様子を眺めていると、青江さんが隣に並んで声を掛けてきた。

「何で今日は主が、って思ったけれど、燭台切くんは遠征だったね」
「うん、そうなんだけど……何か可笑しかった?」

不思議に思って尋ねてみると、青江さんはそれはもうお手本のような笑みを浮かべた。

「いや? 彼が居ないときに彼と同じような行動をするってさ、もうすっかり染まっちゃってるよねえ」
「……染まって?」
「まあ、分からないなら良いのさ。無自覚というのもまた、そそられるからねえ」
「なんだか私に原因があるような気がしなくもないけれど、君の言い方が非情に残念なのは分かったよ」
「おや」

青江さんはふふ、と笑ってから、私に湯飲みを返してきた。ごちそうさま、とほんのり妖艶に笑って。

「今度は燭台切くんと一緒に来て貰いたいね」
「……」

その言葉の真意は掴めないが、まあ、光忠さんが居るときに今度は一緒にお茶配りしても良いかもしれない。「主、ありがと!」「主さん、ごちそうさま!」と駆け寄ってきた二人から湯飲みを受け取って、そんなことを思った。


最後に道場の方へ回る。かん、かんと打ち合いの音が鋭く心地良い。そう言うと、「最初は真剣を抜く音にも肩を震わしてたあんたがねえ」、と次郎さんに笑われた。人とは慣れるものなのだ。

「おじゃましまーす、お茶の差し入れに来たよー」
「あっ、主! マジで? お茶の差し入れ? うわあ有り難う助かるー!」
「ちょっとちょっと、アタシも居るからね!」

休憩に入っていたらしい清光くんが、真っ先に気付いて駆け寄ってくれる。すると、それぞれ手合わせをしていた面々が手を止めて、こちらへと向かってきていた。真っ先に湯飲みを手にとった清光くんに、次郎さんがふてくされながらも麦茶を注いであげていた。

「ありがとー。ちょうど飲み物欲しかったんだ」
「ああ、こんだけ暑いと汗の量も尋常じゃねえからなあ」
「天の恵みのようじゃあ……!」

手ぬぐいで汗を拭いながら、安定くん、和泉守さん、陸奥守さんが湯飲みを取っていく。それに遅れて、蜂須賀さんと長曽祢さんが湯飲みを取っていった。

「すまない、主。少々本気で打ち込んでしまってね、暑さで倒れるところだった」
「つい熱中しちまってなあ。良いときに来てくれたもんだ」

それぞれ次郎さんに注いで貰った麦茶を堪能しながら、思い思いに話に花を咲かせている。みんなの嬉しそうな顔を見ていると、お茶を配って良かったと、心から思った。

「次郎さんもありがとうね、一緒に来てくれて」
「なあに、気まぐれさ。燭台切の居ない今日くらい、ちょーっと主の力になろうかなって思っただけだし」
「それでも、凄く助かったから、ありがとう。お礼に次郎さんのおかず一品増やしてあげようか。あ、それとも酒の肴作った方が良い?」
「おっと、主手ずからの酒の肴だって? 期待しちゃうよ?」
「ふふーん、期待しててよね」

にやり、挑発的に笑う次郎さんに、私も同じような笑みで返した。と、私が食事を作るということに反応したのか、清光くんや和泉守さんが、俺も食べたいやら、俺にも作れやら言ってくる。おつまみくらいなら数を作れるかなあと返すと、いつの間にやら話が膨れあがって、「今日は主のつまみで宴会だー!」なんて話になっていた。おいおい、と呆れつつ、まあでもたまには良いだろう。……ただでさえ実家では食っちゃ寝しかしてないし、ここで料理くらい……しておかないと……!
何やら上機嫌な次郎さんやみんなを見て、今日の夜なら遠征部隊の帰還にも間に合うなあと、ぼんやり考えた。
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