午睡の話


夏場は、座っているだけでも体力ががんがん減っていく。出陣した合戦の被害状況や戦績を、提出こそしないが今後の進軍のためにと纏めていたが、集中力がぶっつり切れて仕方がない。本丸にもクーラー導入すっかな、と思うが、ついこの前夏の景趣を手に入れて簾に張り替えたばかりだ、簾でクーラーとか冷気逃げてくわ。

「これで気温も高かったら夏の間は来れなくなっちゃうな」

実際、気温は言うほど高くない。むしろ、最高気温だけでも現実世界よりは10度近く低いのだ。けれど、やはり日本と言うべきか、湿度は高く、おかげでじとりと重い暑さが纏わり付いている。

「扇風機かある程度の風があれば何とかなるからまだ大丈夫かな……」

ああ、部隊の再編の仕事も残っていた。池田屋出陣のレベル上げと検非違使対策のフラットな構成も考えないと……。

「……うん、止めよう。暑い」

座っているだけで皮膚を伝う汗を服で拭い、ばたりと背から畳に倒れ込む。い草の香りを吸い込めば、気持ち暑さが和らいだような気がした。

「うー……」

仰向けになったことで、暑さによる疲労が一気に押し寄せてくる。落ちてくる瞼をすとんと落とし、肺腑いっぱいに熱とい草の香りが綯い交ぜになった空気を吸い込めば、まどろみはあっという間に深い眠りへと移ろっていった。


「主ー、博多くん達が万屋で氷菓子を買ってきてくれて……、主?」

時計の短い針がアラビア数字の3を指す頃。この時間になると甘いものを食べていたと、こちらに来た主が言ってからは、自然とみんながこの時間に休息を入れるようになった。大抵誰かが作るか、主が政府から「つうはん」なるもので買うか、今日のように買い出し班が買ってきてくれるかだ。今日は博多率いる第4部隊が買い出し当番に当たり、おやつの購入も請け負ったようで、それを伝えに執務室へと赴いたのだけれど。

「おっと……、すっかりお昼寝だねえ」
「何だ、大将居眠りか?」

簾越しに、畳みに仰向けに倒れ込む主を見て、光忠は苦笑した。穏やかな寝息を立てる女性を見て、共に来ていた薬研が声を潜めて光忠に問う。そのようだ、と光忠は静かに答えた。

「身体冷やさないと良いがなあ」
「そうだね、夏とは言え、掛けるものもなくちゃ風邪を引いてしまう」

けれど、僕が入ったら主は目が覚めてしまいそうだ、と笑う光忠に、薬研は彼が言わんとすることを察した。

「よし、じゃあ俺っちがやろう。燭台切の旦那は、大将は八つ時には来られねえって伝えてくれ」
「ああ、そうしよう。薬研くん、ここは頼んだよ」
「任せてくれ」

静かに、静かに足音を忍ばせて去って行く大きな背を見送ってから、薬研はそろりと室内へ入る。ちかちかと光るまばゆいほどの光を発する四角い画面は、いつも仕事に、過去との行き来に使っているというぱそこん、なる機械だったか。何やら文字が並んでいるが、勝手に覗くのは臣下の領分じゃねえな、と薬研は考え目を逸らした。部屋の隅に、いつぞや主が見せてくれた、……名を、なんと言っただろうか。風呂上がりに使っている大判の手ぬぐいほどの大きさの、「お昼寝するときに使うんだよ、お気に入りだから持って来ちゃった」、と言っていた……。まあ、名が分からずとも支障はない、と薬研は思い直し、畳まれていたそれを手に取る。ば、と広げれば、幅は彼女の身長の半分ほど、長さはちょうど薬研の両腕を伸ばしたくらいだ。これなら、暑くもなく、かといって冷えすぎずちょうど良いだろう。昼寝用だと言った主の言葉は、間違いではなかったのだ。
無防備に晒されている腹部に、そっと手に持った布を掛ける。いきなり物が増えたせいか、少しむずがったものの、眠りを妨げるには至らなかったようだ。薬研は、しょうがないお人だ、と苦笑しながらも、その瞳にたたえる光は柔らかい。

「ま、たまには昼寝も悪かぁないが、やっぱりあんたと八つ時に菓子を食べるの、楽しみなんだぜ?」

蒸すような気温もあるのだろうが、日頃の疲れも相まっているのだろう。この人が、気を抜いて、こうも無防備に寝顔を晒し、午睡をむさぼれるだけの安心と信頼が、この本丸に預けられているのだと思えば、気分は高揚した。しかし、やはり眠る主を見るよりは、何かとくるくる変わる表情を眺めている方がずっと良い。

「早く起きてこねえと、あんたの氷菓子、俺が食っちまうぞ、たーいしょ」

ちりん、と答えるように鳴いたのは風鈴だ。じりじり、庭で蝉の鳴く声がする。夏の午後は、未だ冷める気配がない。
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